アメリカか死か/03/04 The Superhuman Gambit-4

 Lynnの腕に穴は開いていなかった。

 正確に言えば、開いている可能性はあるかもしれななかったが、Lynnにはそれが見えなくなっていた。
 Lynnの腕は黒々とした素材よって覆われていた。犬に噛まれた右腕だけではない。左腕も。足も。胴体も。Lynnは自分の頭に触れようとしてみた。触れない。何かが頭に覆いかぶさっている。にも関わらず、視界はまったく悪くなっていない。


 何かが全身を覆っているというのに、身体はむしろ軽かった

「戦前のStelth Suitってやつに似ているな……」と黄緑色の化け物が言う。「あれよりは随分のほっそりしているがね」
「これは………」Lynnは両腕を見つめて呆然としていた。「いったい、いつ、こんな服に………?」
「おいおい」と化け物が肩を揺らす。「おれに自己紹介をさせてくれよ。普通はおれのことを見たらさ、おまえはなにものだ、って言うんだから」

 その黄緑色の化け物は自分の名をLeoであると言った。「いまいち現実感のない名前だがね。どこかで読んだり見た名前かもしれん。あと、見ての通りのSuper Mutantだよ」



「Super Mutant?」聞き慣れない単語をLynnは上の空で繰り返した。
「なんだ、知らんのか? あぁ、そういえばあんたのさっきまでの服はVaultのものだったな………」と、言ったLeoのくしゃくしゃの表情の中に驚きが現れた。

 Lynnは自分の身体を見た。全身を覆っていた漆黒の素材が剥がれ落ちるように消えていく。仄かな青い光を発しながら。黒い素材の下からはLynnのもともと着ていたVaultの作業着のようなスーツが現れる。

 Lynnは自分の頭に手をやる。今度は髪の毛の感触があった。すべての部位が元に戻った。犬に噛まれた右腕に目をやると、Vaultスーツは破れていたその下の皮膚には傷ひとつなかった。

「ううむ、不思議だな……。今のはどうやったんだ?」とLeoが言う。
「わからない………」Lynnは心の底からの思いを述べた。「おれはいったい、いつからあの姿になっていたんだ……?」
「おれが犬の頭を掴んだときからだよ。やっぱり青い光が出てた。そのときは今とは違って一瞬でさっきのスーツに包まれたがね」

 両手を見る。人間の手だ。そう見える。しかし本当にそうなのか。自分はなにものなのか。

「あんた、Vaultの実験体かい?」とLeoが訊いてくる。
「実験体?」
Vaultじゃあいろんな非人道な実験が行われていたって聞いたがね。噂じゃあ、人工的におれみたいなSuper Mutantを作る実験をしていたVaultもあったって話だ」
「わからん………」
「わからん、ね。ま、あんたにわからんのだったら、おれにもわからん。おれには関係ないことだしな」とLeoは頑強な肩を大きな動作で竦める。「ところであんた、連れの人は行っちまったが良いのかい?」
「連れ……?」
「一緒にいた金髪の子だよ」
「連れってわけじゃあないが……」Lynnは振り返る。確かにあの女性はいなくなっていた。Canturburry Commonsに逃げたのだろうか。

 そうではない。Lynnは気付く。岩山の一箇所、風景が変化していた。鼠色の岩山の中に同色の金属製の扉が出現していた。AntAgonizerの住処があるという岩山。そこに彼女が逃げたということは、彼女がAntAgonizerか、そうではなくともその関係者であるということだろう。


「あの岩山のところの扉の中に入っていったよ」Leoは野太い指を突き出して扉を指し示す。
「すまない。ありがとう」LynnはLeoに礼を言う。

 Leoは笑う。

「一日に二度も礼を言われることになろうとはね」Leoは心底嬉しそうに言った。「気をつけなさい。特におれみたいなやつと出会った時にはな


「あなたは……、本物なのね」
洞穴の中、AntAgonizerは震える声で言った。


 岩山の扉の向こうは発電所になっていたが、奥に進んでいくと洞窟に繋がっていた。Lynnは発電所の中で見つけたStealth Boyという身を隠す道具を使い、蟻に出くわすことなく安全にAntAgonizerのところまで辿りつくことができたのだった。



 AntAgonizerの声はやはり岩山で出くわした女のものと同じだった。あの金髪の女が、AntAgonizerだったのだ。

「本物?」
「あなたはわたしの目の前で変身してみせた……」AntAgonizerは一歩Lynnに近づく。「そしてあのSuper Mutantを無傷で倒した。そうでしょう?」
「違う」Lynnは首を振った。「彼は無害だった。気をつけろ、と言ってくれたよ」
無害なSuper Mutantなんかいるはずないじゃない。どうして嘘を吐くの? あなたは……、超人なんでしょう? わたしと同じ、人間ではないもの。人間より、進化した生き物
 彼女の足元に巨大な蟻が擦り寄ってくる。

 おれは人間だ、とLynnは言いかける。だがそんなことを主張したってどうだと言うのだ。人間であるならば、わざわざそんなことを主張せずとも人間のままでいられる。そもそもLynnには自分が本当に人間なのかどうかわからなくなりつつあった。自分の身体に起こった変身現象。治癒。あんな現象が人間の身体に起こるものだろうか。

「おれには」

 Lynnは人間ではないのかもしれない。それなのに自分は人間だ、と嘘を吐くことはない。嘘は見抜かれる。思ったとおりのこと、本当のことを言わなくては彼女には通じない。

きみは人間に見える。か弱い人間に」

 AntAgonizerはLynnの返答を何かしら予想していたのだろう。きっと自分は人間だと主張する、と。だからLynnの予想外の言葉にうろたえる様子を見せた。

Canturburry Commonsの人々はきみを殺そうとなんてしてはいない。きみは町を破壊したが、人間は誰も傷つけてはいない」Lynnは畳み掛ける。「だから話し合おう、と言っている。Roeさんも、Dominicさんも……、きみを傷つけようとしている人はいない。だから許せる。まだ許せる。もし被害者が出たら許せなくなるだろう。Derekという少年がきみを追って、この近くまでやってきたことがある。そのときは大丈夫だったが、いつもいつもそうだとは限らない。さっきみたいに野犬に襲われることもあったかもしれない。そうなったら、きみのせいでその子は死ぬことになる。きみの、責任で、だ。きみが今まで誰も殺してはいないのは、誰も殺す気がないせいだろう。人間を殺したいのだったら深夜に出向いて殺せば良い。それなのにきみは真昼間しか襲撃をしかけない。しかも町の入り口から、堂々と。殺したくないと思っているからだろう。傷つけたくないと。だったら素直になりなさい。きみは人間だ。きみは、弱い」

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