「すみません、駄目でした」
Canturbury CommonsのDot Dinerに戻ったLynnは、期待した眼差しで彼を見つめる住人たちに正直に告げた。

「そうか………」
そう言ったのはRoeと同じくらいの年齢のDominicという恰幅の良い中年男だった。彼はかつてSchottの親友であったということで、今も心底残念そうな表情だった。
「残念だったな……」とRoeが変わらぬ早口で言う。「しかし、ありがとう。うん……、駄目だったのは、仕方ない。ありがとう」

「一応、もう一人のほうも当たってみます」
「もう一人って?」とRoe。
「AntAgonizerです」

Lynnがそう言うとレストランにいたCanturbury Commonsの住人たちは驚きの声をあげた。
「やめときなって」と言ったのはMacleteという若い女だった。「あいつら、つるんでるんだよ。片方当たって駄目だったら、もう一方も無駄だって」
「うん……、Schootは少なくとも住人を傷つける意思はないはずだが、AntAgonizerのほうは危険すぎる。人食い蟻もいるからな」と早口でRoeが言う。「だいたいAntAgonizerはどこに住んでいるかもよくわかっちゃいない」
Derekが知っていますよ」と言ったのはレストランの店主であるJoeだった。「あの子は以前にAntAgonizerの後をつけたことがあると言っていましたから」


「なんてこった………」とRoeは大袈裟に首を振った。
 動作は大袈裟だったが、しかし彼の心を体現したものであろうということは想像できた。DerekというのはCaturbury Commonsの数少ない子供だ。彼はコミックヒーローに憧れているらしい。
「あの年頃の子供は平気で何でもするからな……」とDominicは言った後、Lynnに向き直った。「Lynnさん、本当にあんたが行ってくれるというのなら、お願いできないだろうか。彼女を止めてくれとは言わんが、せめて話し合いに応じてくれるように頼んでくれないだろうか?」
 Lynnは承諾した。

 Canturbury Commonsの少年DerekにAntAgonizerの居場所を訊いたLynnは翌日、朝日が昇るとともにAntAgonizerの根城へ向かった。AntAgonizerが普段どんな生活を送っているのかはわからないが、少なくとも朝方ならいてくれるだろうと思ってのことだった。
 AntAgonizerの居住はCanturbury Commonsのすぐ傍の岩山らしい。Derekが言うには岩山の中に扉があり、そこから彼女は棲家に戻ったのだという。まずLynnはその扉を探すことにした。

あ……」という声がして、Lynnは振り返った。立っていたのは豊かな金髪を携えた若い女だった。女は振り向いたLynnを見て、僅かに後ずさった。
 これは不振人物と間違われているのだろうか。LynnはCanturbury Commonsの住人すべてと顔を合わせたわけではない。こんな早朝から、こんな人気のない岩場で何かを探している男がいれば、不審に思うのは当然だろう。

「えー……」とりあえず警戒を解こうと思ってLynnは声を発した。「Canturbury Commonsの方ですか?」
 女は一歩引き、それからゆっくりと頷いた。
「おれは怪しいものではありません。Canturbury Commonsの方々からAntAgonizerを説得するように頼まれたもので……」
説得?」と女が言う。
「はい。それでここに来ただけで、決して怪しいものでは……」

 Lynnは言葉を止めた。背後から何かの気配を感じたからだった。何かの気配。動き、匂い、唸り声。


 振り返ったLynnに飛び掛ってきたのは、藪を掻き分けて飛び出してきた凶暴化した野犬だった。 Lynnは喉笛を食い千切ろうとしてきた犬の歯から、首を腕で防御する。噛み付かれる。背後で女の短い悲鳴が聞こえる。

 武器も何も持っていない。不味い。腕を振るが、犬の牙はLynnの腕にがっちり食い込んで外れない。太い血管を傷つけたのか、腕からは真っ赤な鮮血が噴出している。
 犬の腹を殴るが、野生化した犬の皮膚と筋肉は想像以上に硬い。びくともしない。何度も殴る。だが外れない。


 Lynnを救ったのは巨大な黄緑色の腕だった。その腕は野犬と同じように藪から飛び出してきた。
 腕はLynnに噛み付く犬の頭を掴むと、無理矢理Lynnの腕から犬の牙を引っぺがした。犬は暴れたが、巨大な腕はびくともせずに犬の身体をぶん投げた。放物線を描いて犬は岩山の向こうへと飛んでいった。

「ほ、本物………?」

 背後で女がそう呟くのが聞こえたが、Lynnには振り返ることができなかった。目の前の怪物に圧倒されて。

 腕は腕だけで存在していたのではなく、胴体も足もついていた。藪から全身を現したその身体は腕と同様に巨大だった。身長は軽く三メートルを超えているように見える。頭髪はまったくなく、黄緑色の体躯を申し訳ばかりの布や皮鎧で覆っている。巨大な顔についている小さな目はLynnを真っ直ぐに見つめていた。

「大丈夫か?」と人間の形をした、明らかに人間ではないとわかるその生き物は化け物は不明瞭な声で言った。見た目から想像できる通りの野太い声だった。
「あ、あぁ………」Lynnはなんとか頷いた。「ありがとう」

 化け物は全身を震わせる。

 Lynnは思わず一歩足を引いた。が、すぐに化け物が笑っているのだと気付いた。肩を震わせて。化け物は声をあげて笑い始めた。

「いやぁ………。おれを見て、銃も向けず、礼を言うやつがいるとはな」と化け物は言った。「しかもこんなことをおれが言える日が来るとは………」
 化け物は首の運動をするようにゆっくりと左右に動かし、それからもったいぶった口調で言った。
「あんた、なにものだ? 人間じゃあ、ないだろう?


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