アメリカか死か/03/05 The Superhuman Gambit-5
意外なほどあっさりとAntAgonizerは兜を脱いだ。比喩ではなく。鎧も一緒に。
Challenge: Speech, 14% → SUCCEEDED
改めてよく見ると彼女はかなり若く見えた。まだ十代かもしれない。
「Canturburry Commonsには戻れない」とAntAgonizerであった彼女はTanyaと名乗り、そう言った。「もう一度、考え直したい」
だから、とTanyaはLynnにAntAgonizerの鎧を押し付けてきた。これは持っていてくれ、と。もうこんなことをしないように。
洞穴を出て行く彼女の表情は決して晴れやかなものではなかった。むしろ思い悩んでいるというふうだったが、それはそれで良いことだろうと思う。悩んでいるということはこれからどうするか決まってはいないということで、普通の人間らしく生きる可能性もあるということだ。
あまりにもあっさりとAntAgonizerの説得が済んだため拍子抜けしたが、LynnはCanturburry Commonsの住人に報告するために町に戻った。
もう夜は遅かったため、レストランDot DinerにいたのはRoeとDominic、それに店主のJoeだけだった。AntAgonizerの鎧を見てLynnの話を聞いたRoeは喜んだ表情を見せた。
「そうか……。ありがとう。本当に、ありがとう。きみのおかげで町は救われた。ありがとう」Roeは彼特有の早口で言った。「何か欲しいものはないか? この町は行商キャラバンで栄えた町だ。他よりは物資は豊富だ。何か欲しいものがあれば言ってくれれば、調達できるものならば渡そう。金でも良いなら、多少都合できる」
「いや……」
LynnにしてみればAntAgonizerとは話に言っただけなのだ。ほとんど思ったことをべらべら喋っただけだというのに、彼女は応じてくれた。Lynnの功績などないに等しい。それにLynnはCanturburry Commonsの住人から食料や寝場所など十分に施しをしてもらっている。これ以上は貰えない。
「そうは言われても、こちらの気が済まない」とLynnの言葉を聞いたRoeは言った。「何か受け取ってくれ」
とはいってもLynnには欲しいものなどない。
否、あるにはある。自分がなにものなのか、それを説明するものが欲しい。しかしそれはRoeに頼んでも無駄なものだ。知っているのはLynnが目覚めたとき傍にいた人物だけだろう。そう、Vaultで出会ったJamesならわかるかもしれない。
「人を探しているんですが……」とLynnはJamesについての情報を貰うことにした。
「どんな人だ? 性別は? 年齢は?」Roeは矢継ぎ早に訊く。
「ええと、顔は見てはいなくて……、Jamesという名の中年の男性なんですが」
「James……」RoeはDominicとJoeに目をやる。二人とも首を振った。「知らんなぁ……。その、名前と性別しかわからないのか? その、人種とか」
「いや……、すいません」Jamesと会話をしたとき、Lynnはまだ目を開けられない状態だったのだ。だから彼とは会話をしただけの関係に過ぎない。「えっと、Vaultの出身らしいんですが……」
「Vaultの? あんたと同じ?」
「Vaultの方だったら」とカウンターの中でグラスを拭いていたJoeが口を挟んだ。「Hoffさんが言ってませんでしたっけ? ほら、久しぶりにVaultスーツを着た男を見たって」
「ああ、そういえば言っていたな……。うん、ちょっと呼び出してこよう」Roeは椅子から立ち上がった。「すぐにじゃあないが、明日には良い報告ができると思う。だから今日も町に泊まってくれないか?」
Lynnは承諾し、Roeとはレストランの前で別れた。
宿泊所でLynnは何かが動く気配とともに目を覚ました。ドアが閉じられる音がする。Lynnはその人物を追って外に出た。外は薄明かりに包まれていて、まだ姿を見せていない太陽の到来を告げていた。
「あぁ……、すまんな」と追ってきたLynnを見てDominicは言った。彼は背にライフルを携えていた。「Lynnさんはゆっくり休んでいてくれ」
「どちらへ?」
「ちょっとScottのところへな」Dominicは小さく笑った。「今ならおれの話を聞いてくれるかもしれないし……。Lynnさんがロックを解除してくれたから、おれでもたぶんScottのところまで辿り付けるだろう。一人でも大丈夫さ」
Dominicはそうは言ったが、一人で行かせるつもりはなかった。セキュリティはLynnが解除したが、Scottの手で再起動されているかもしれないのだ。Lynnはついていく旨を告げた。
「Canturburry Commonsではキャラバンを任されるっていうのは昔から名誉なことでな」と一緒に歩きながらDominicが言う。「今は4人しかキャラバンをやっているやつはいない。物資も牛も限定されているから、行商を任せられる人間は限定されるんだ。おれもScottも昔はキャラバンになりたかった……。二人で町の周りを探検して歩いた。Scottは機械を直すのが昔から得意で、だが身体が弱かったのでよく身体を壊した。おれは、まぁ、見ての通りでな、あんまり物を直したりとかは得意じゃないし、交渉も上手くなかった。だからおれは町の警備員になったし、Scottは町の修理屋になった」
Scottの住む修理工場の扉を開く。
「でもおれもScottも、ずっとキャラバンになりたかったんだなぁ……」Dominicは噛み締めるように言った。「町のヒーローになりたかったんだなぁ………」
「もういいだろう、Scott」
Dominicは町を守る超人MechanistことScottに相対して静かに言った。
「AntAgonizerは……、Tanyaはもう迷惑をかけないと言ってくれたよ。考え直すと言って出て行ったらしい。だからScott、おまえは何もしなくて良いんだ。町に戻って良いんだ」
「騙されてはいけない」Mechanistは仮面越しに言う。「それは悪しきAntAgonizerの策略だ。彼女は逃げたと見せかけてまた町を襲撃するつもりだ。わたしはそれを防がなくてはならない」
「Tanyaだ。わからないか、Scott。Tanya Christoffだよ。若い頃町にいただろう? 一家で独立したキャラバンをやっていたChristoff家の、あの小さなTanyaだ。風の噂で両親がRaiderに殺されたことは聞いたはずだ。だが彼女は生きていたんだ」
「誰であろうと、悪しきものは殺さなければいけない。悪はいつか蘇る。正義はそのために備えなくてはならない」
「Scott……、きみはキャラバンを羨んでいたんだ。ヒーローになりたかっただけだ。そうだろう?」Dominicが必死に言っているのがLynnにはわかった。「でもなれなかった。良いじゃないか。ヒーローじゃなくたって、それでも生きていられるんだ」
「わたしには町を守るという使命があるんだ。一般市民は出て行きなさい」
もう止めるべきだ、とLynnは思った。Scottは武装している。Dominicもライフルを肩に提げている。銃撃戦になる可能性もある。
「Scott、きみはヒーローじゃない。その対極だ。もう倒すべき悪はいないんだ。敵はいないんだ。だからもうやめてくれ」
「黙れ」
Mechanistはホルダーからレーザーピストルを抜き撃った。発射された見えない弾丸はDominicの右足の甲を撃ち抜いた。彼は叫び声をあげて崩れ落ちた。
「連れて帰りなさい」Scottはホルダーに銃を戻してLynnに告げた。「弱きものよ」
これ以上刺激しても良いことはない。Lynnはそう判断してDominicを連れて帰ろうとした。
だがDominicは背中に提げたライフルを構えていた。
「Scott……、もうやめよう」Dominicの声は傷のせいか震えていた。「帰るんだ」
「銃を下ろせ」
Scottの恫喝にもDominicは怯まなかった。
「帰るんだ、Scott。おれたちの町に……」
LynnにはScottが腰の銃を抜くのが見えた。その瞬間は酷くゆっくりしていて、不思議な光景だった。
Scottが引き金を引くのもわかった。そしてLynnにはScottの射撃の腕前がそう良いものではないということも、先ほどDominicを撃ち抜いたときにわかった。たまたま足の辺りを狙ったら当たっただけなのだ。否、むしろさっきは当てる気はなかったのかもしれない。しかし今度は当てる気だ。胴体に。どこに当てるかは考えていないだろう。心臓や重要臓器に当たるかもしれない。
LynnはScottの工作室のワークベンチの下に置いてあったコーラの瓶を手に取った。その中身が加圧されているのがわかった。中に入っているのが単なる飲料水ではないこともなぜかわかった。これは火炎瓶のようなものだ、と。投げつければScottは焼かれて死ぬだろうということもわかった。だが他に投げつけるものがなかった。Dominicを庇うには他に手段がなかった。
Lynnの投げた瓶をScottは目前で撃ち抜いた。
爆発した瓶はScottを焼き散らかし、工場の壁を切り裂いた。壁は崩れて日射が差し込む。青い光。
Lynnはその爆発の中、一瞬でDominicの前に立ち塞がって彼を爆発から庇った。傷を負ったDominicを担いで外に出た。Dominicは呻いてはいたが、彼の足の撃たれた傷は、そう深いものではなさそうだ。
「Lynnさん……、あんた………」
工場の外に出たDominicはLynnの姿を見て絶句した。Lynnも、自分の姿を確かめる。黒光りする歪な皮膚。彼の身体は再度謎のスーツに包まれていた。
「いや、いい………」Dominicはそう言うと項垂れる。「すまん、すまんなぁ………」
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