アメリカか死か/05/04 Following in His Footsteps-4
LynnはMegatonの診療所に来ていた。
「完璧じゃないが、まぁ、医者にかかっておけばとりあえず生きられる。ここの医者は、そこそこ良心的な価格設定だって話だ。多少金欠でも大丈夫だろう」とHarithは言った。
Megatonの診療所は他のMegatonの建物と同じく、仮ごしらえのプレハブか森の中に作った住居のように不安定に見えた。木組みの壁には罅割れ、隙間が開いていて、外の光や風が入ってきている。中はそう広くはなく、清潔感のない汚れたベッドには汚れた服装のままの患者が寝ているのが見える。まったく病院らしくはない。
「次、座れ。腕を出せ」
目の前にいる白髪の男が一番診療所らしからぬ人物だ。彼が医者なのだという。
しかし彼、Churchはまったく医師らしからぬ風体だ。汚れたシャツとズボン、いつ洗ったのかわからないような煤けた髪、表情は厳つく、Lynnを睨んでいる。
「早く出せ」
「どっちを?」
「おまえはいちいちそう何でも他人に尋ねるのか。右腕でも左腕でも同じだろう。違うのか。確かに利き腕というのはあるが、それはおまえの問題だ。おれの問題じゃない。つまりおれにとってはおまえの左腕がなくなろうが右腕がなくなろうが同じだ。おまえが、自分で、判断しろ。良いか、ここまで言ってわかったか」
Lynnは黙って左腕を出した。一応、利き腕とは逆の腕にした。
Churchは無造作にアルコール綿でLynnの左腕二の腕を拭い、注射針を突き立てた。一瞬、この注射器の衝撃で変身して注射針を通さないのではないかと心配したが、そんなことはなかった。そうなってしまったら一切物理的な手術は受けられないことになってしまう。
Lynnから吸い上げた血液をChurchは別の容器に移し、それから他の容器に入っていた薬品と混ぜ合わせた。試薬らしきその薬品の色が変わる。
「軽度の放射線障害だな。まぁ珍しくもないレヴェルだ」とChurchは容器の中の液体を捨てながら言う。「別にすぐに治療が必要なほどじゃあない。とはいえ放射能塵はすぐに溜まるからな、別口で治療のあてがあるんじゃなければ治療しておいたほうが良いだろう」
「じゃあ……、お願いします」Lynnは少し迷ったが、治療を頼むことにした。
「放射能除去治療は100capsだ」Churchは手のひらを上にして片手を出す。「前金で払え」
幸い、Moriartyに情報料として渡す予定だった100cpasがあった。
「よし、すぐ終わる。腕を出せ」
Lynnは今度は右手を出した。二度も連続して針を通されたらなんとなく左腕が可哀想だと思ったからなのだが、Churchは顔を顰めた。
「なんで今度は右腕なんだ」
「いや……、なんとなく」
「面倒臭ぇやつだな……。右腕と左腕じゃあ使い方が違えば血管や筋肉のつき方が違う。そうするとわかりにくい。献血じゃねぇんだ。一回左腕に注射したんだから、今度も左腕にやったほうがわかりやすい。だから左腕を出せ。くそぅ、面倒臭いな、本当に。屑か、おまえは」
罵倒されつつLynnは左腕を出した。ここまで言われるとは思わなかった。
Churchは無造作に注射器を突き立てる。今度はやや肩の付け根寄りで、注射器も太い。しかし大して先ほどと痛みは変わらなかった。二度目なので痛みの感覚に慣れたのか、それともChurchの腕が良いためか。ここまで罵倒されたのだから、後者と思いたい。
今度は注射器の中の液体がゆっくりと押し込まれていく。まるで点滴のようにゆっくり押し出されていくので、注射というシステムは非効率的なのではないかと思うが、おそらく現在は点滴に使うような清潔で細長いチューブや台などが手に入らないため、とりあえず消毒すれば何度も使えなくもない注射器だけでやりくりしているのだろう。
そんなふうに考えていると、この診療所の存在そのものが奇跡的なものに感じられる。100capsという金銭はこれまでLynnが見てきたCapital Wastelandの金銭感覚では比較的高い料金だが、治療道具や薬液にも必要経費がかかっていることを考えると、医者であるChurchの利益を考えると微々たるものだろう。それでもこうして患者の面倒を見ているのだから、たいしたものだ。核戦争から200年経った現在では医療について勉強するのも難しいだろうに、彼はいったいどうして医者を志すようになったのだろうか。ふとLynnはそんなふうに思ったので、素直に尋ねてみることにした。
「この病院は、どういう経緯で建てられたんですか?」
「うるせぇ。気が散る」
にべもなかった。
注射器の中の液体がすべてLynnの身体の中に吸い込まれる。長かった。痛みもあるが、精神的に疲れた気がする。
「採血する」と言ってChurchが別の注射器でLynnの腕に三度目の針を突きたてた。すぐに血は採れる。
「抑えてろ」Churchは脱脂綿の切れ端を寄越す。
Lynnが傷口を押さえている間、Churchは採取した血液でなにやら検査を始める。おそらく薬物の効果があったかどうか確かめるのだろう。
「あ?」
Churchが声を発した。また恫喝されたのかと思ったが、そうではないらしい。彼は渋い顔でLynnに向き直ると、新しい注射器を取り出す。
「なんですか」とLynnはちょっと仰け反って訊く。
「もう一回採血させろ」
「どうしてですか」
「知るか」
結局、もう一度採血された。
「なんなんだ……、おまえは」Churchは二回目の血液検査を終えた後、そう言った。何度も聞いた台詞だ。「そうか、Vaultから来たって話だったな。おまえは、身体改造者か」
「違いますが……。えっと、なぜ?」
「放射能除去治療が効かない」
「効かない?」
RP: Masked Raider → 放射能除去治療とRad Away禁止
「まったく、効果がない。理由は知らんがな。どうにもならん。遺伝子に問題があるのか………。身体改造者じゃない? そんなわけがないだろう。おまえはVault101の出身か?」
なぜVault101の話題が急に出てきたのか。Moriartyの話ではJamesもVault101出身だというが。疑問に思ったが、それを尋ねようとするとまたいちいち言われそうなので止めておいた。
「いえ……、Vault」Lynnの口から自然と言葉が出た。「Vault 121出身ですが」
「121? 聞いたことがないな。しかし、Vault出身なんだったら知らないうちに身体改造くらいされているだろう。Vaultっていうのはそういう施設なんだから……」
「Vaultはただの核シェルターですが……」
「それはVaultの中に入った阿呆共の認識だろう。実際は違う。VaultはVault-Tecが作った人体実験施設だ。今じゃ常識だ。知らんのか。まったく、外に出てきたんだったら外の常識を多少は勉強しろ」
「人体実験施設?」
「200年前の、核戦争のときの、な。軍事用の実験施設だ。Super Mutantとかが蔓延るようになったのもVaultに原因があったって話だ……。Vaultはな、決して核から人間を守るために作られたわけじゃない。守るためじゃない。逆だ。人間を閉じ込めるために作られたんだ。実験のシャーレから逃がさないように。自覚があろうとなかろうと、おまえは何かの実験による人体改造者なんだろう。どういう実験かは知らんがな。放射能汚染除去ができなくするっていうのは意味がないから、あるいは低レベル以上の放射能汚染にかからないようになっているのかもしれない。代わりに汚染の治療もできない、だとか。とにかくおまえの治療はできない。代金もいらんよ。治療はできないんだからな」
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