かくもあらねば/11/04


「助かったぞ」とMarcusが破顔してSiたちを出迎えた。つるんとした顔面がに大きな皺が刻まれる。

Marcusが頼んできたのは、町を荒らすNCRの傭兵らしき人間をなるたけ穏便に追っ払うことだった。彼はなるべく穏便に物事を解決するために、人間であるSiに調停を頼んできたのだった。
「ほんとにNCRだったのかよ」と役目を終えて戻ってきたSiが言う。
「さぁね。知らんよ」
さぁねってな……」
「大事なのは、彼らがわれわれに死ぬか、そうでなければここから立ち去って欲しいと思っていたってことさ。そんなわれわれの窮地を救ってくれた、きみはヒーローだ。今日はパーティーだ」

自称NCRを追い払うために2500Capsもの大金を払ったにも関わらず、Marcusは金で物事が解決したと心の底から喜んでいるように見えた。
交渉している間、Siがいつ銃を抜くんじゃないかとはらはらしたSumikaだったが、そんなMarcusの態度を見て心が安らいだ。

「そういえばHenry先生に用事があると言っていたが、どういう用件だったんだ?」
ロッジへ戻り際に興味を示してきたMarcusに対し、隠すことでもないと思ったのか、SiはRexの治療のために来て、代わりの犬の脳が必要であることを説明した。
「なるほど、手近なのはFiendsの犬だな」とMarcusはすぐに言った。「このFiendはここからそんなに離れていないところにコロニーを作っているはずだ。Novacじゃ遠すぎるし、Legionなんかにゃ手が出せないしな。それに、Fiendsが退治されれば犠牲者が減るだろう。みんな喜ぶ」
Siは少し逡巡していたが「そうだな」と頷いてくれた。Sumikaはほっとした。
「Fiendsと戦うとなれば危険だろう」とMarcusはわざとらしく手を打った。「そうだ、良い考えがある
「Super Mutantの良い考えなんて、聞いたことない」
「本舗初公開だ」
「厭な予感しかしない」
助っ人だよ。心強いぞぉ」
「Super Mutantの助っ人はいらん」
「安心しろ、Super Mutantじゃない。NightkinだLillyだよ。知っているだろう? あのサングラスをかけた」
「なおさらいらん」
「ただでとは言わんさ」
「ふつう、ただではとは言わんというのは、頼みごとをするときに代価を仄めかすの使う言葉だと思うんだが」
「うん。だから頼みがあるんだ」
「頼み? またか」
まただ。詳しくはHenry先生に聞いてくれ。Lilyにはこっちから話を通しておくからさ」
「待て、話を聞くとは言ってない」
「帰ってきたらパーティーだ。飲めや歌えやだ。さぁ、頑張ろう」
そう言って陽気にMarcusは立ち去ってしまう。

てっきりそのままFiendsの犬を捕まえに行くものと思っていたが、Siは舌打ちしてからHenry医師の研究室へ向かった。
「Marcusの頼みを聞くの?」とSumikaは肩から尋ねる。
「いつも人の手助けはするようにって言うのはおまえだろう」
「そうだけど、珍しく素直だから………」
「Super Mutatnt相手に逆らおうなんて考えられるか」
Siはそう言ったが、Sumikaにはその言葉が彼の本音とは思えなかった。Marcusという人物の強引さは、どこかSiとSumikaの共通の知人に似ているような気がした。
研究室を訪ねてMarcusから話を聞いた旨をHenryに伝えると、「手伝ってくれるのか」と医師は意外そうに言った。

「NightkinたちはStealth Boyの副作用で、度合いの差はあれ、精神が不安定になっている。彼らの治療のために、いまはStealth Boy Mark 2の解析をしているが……、これを応用する方法はリスクが大きすぎる。自然起源でステルス効果を持つに至った変異生物、つまりNightstalkerだな、その研究もしたが……、頼みたいのはそれについてだ。Nightstalkerの変異について調査をしてほしい。彼らの巣に入って、本当にステルスフィールドを持つに至った変異の原因が自然起源なのかどうかを確かめてほしい。もし彼らの迷彩効果が自然作用によるものであるのなら、それが治療に応用できる」
「それは……、他のSuper MutantやらNightkinに頼めば良いんじゃないか?」
「何度か頼んだ。だが彼らでは見つけられなかった。彼らでは駄目なのさ。どうにもNightstalkerを誘き寄せるには人間が必要らしい

妖精の目がいる、か」
Siが小さくつぶやくのが聞こえた。妖精の目。それはSiのRangerとしてNCRに登録されたときの、Siのもうひとつの名だ。妖精が見えるという彼を、揶揄するためにつけられた渾名。McCarran駐屯地でもRanger Silasの名は伝わっていなかったが、もうひとつの名のほうでは通じた。

調査のための道具の整備がまだ整っていないということで、先に自分の用件を果たしてくれとHenry医師は言った。Rexの代わりとなる犬を見つけて戻ってきた頃には、調査の準備が整うらしい。

装備を整えてロッジを出ると、LilyとMarcusが待っていた。Lilyは乗り気で、SiのことをJimmyと呼びはしたものの、手伝いを快く請け負ってくれた。

最初は体良く利用されたのかと思ったが、確かにLilyは役に立ってくれた。彼女の振り回す巨大な刀は変異生物やFiendを簡単に切り裂き、彼女の皮膚は銃弾にびくともしなかった。おまけによく気がつく。Sumikaでは力が足りなくて縫えないような革のズボンやジャケットも縫ってくれた。ご飯も美味しい。態度の悪いSiにも怒らない。

(おばあちゃんってすごい)


思えばSumikaの祖母もこんな感じだった気がする。いつもSumikaを愛してくれた彼女も、Vaultが開けられた日に殺されてしまった。

LilyおばあちゃんがFiendsも、その犬も、まとめて首を叩き切ってくれた帰り道、彼女はこう言った。「ところでJimmy。おばあちゃん、さっきから気になってたんだけど、あんた、どうしてこんな可愛らしい妖精さんを連れているんだい?


Siは息が止まりそうになった。
「Jimmyは妖精さんとお友だちになったのかい? 良かったら、紹介してくれるかねぇ。おばあちゃんも久しぶりに妖精さんを見るから、なんて話しかけたら良いのかわからないの。耳が遠くなったせいか、声は聞こえないし」

Siはすぐに言葉を発せなかった。今までSumikaが見える人間は、Si以外にいなかったのだ。彼女はSiの脳みそが作り出した幻覚なのではないかといわれていた。自分でもそうではないかと思うときがあった。自分自身を慰めるために作り出した、都合の良い存在なのではないか、と。

「あんたには、見えるのか?
Siはようやく、それを尋ねた。Sumikaの顔を見る余裕もなかった。
「えぇ、もちろん。こんなに可愛い妖精さんを見逃すもんですか。ちっちゃくて、髪の短い、黒い髪の妖精さん

Siは息を吐いた。
Sumikaの髪は栗色だ。黒ではない。NightkinはStealth Fieldは精神が不安定なのだ。妖精のひとりやふたり、見えてもおかしくはない。

「Si……、元気出して」Sumikaが肩に乗って言った。
本当に苦しいのは、彼女だ。そうはわかっていたものの、Siは泣きたくなった。


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