かくもあらねば/11/03
3
低い声でそう呟いたSuper MutantにSiが視線を向ける。巨体のSuper Mutantの中でもひときわ大きい、青黒い肌のNightkinだ。
「なんだ?」とSiは彼に喧嘩を売るような口調で言う。
Sumikaははらはらした。いくらSiが強くとも、Super MutantやNightkinと戦うのは簡単にはいかないということは、Black Mountainで証明済みだ。あのときはNightkinたちの司令塔を最初に倒せたことと、Raulという協力者がいたからこそ、命からがら逃げてこられた。現在の同行者であるArcadeやRexはRaulほどに頼りになるようとは思えない。Arcadeはいまだにロッジの外でMarcusと食事について談義しているほどだ。
「おまえのことなんざ、ここじゃあどうだって良いんだ」巨躯のNightkinがSiを睨み返して言う。「ここで死んでも、誰も気にしないだろう」
「じゃあ気にする人間はどこにいるんだ」
大柄なNightkinは玄関から見て右手側の部屋に視線を一瞬動かした。どうやらあの部屋にHenryという人物はいるらしい。
都合良く目当ての人物の居場所を知ることができた、がそのためにわざわざNightkinに喧嘩を売る必要はなかった。Siの中で苛々が募ってきたのかもしれない。Sumikaは心配になった。
「彼に用事があるんだったら、こんなとこにいないでさっさと行け」自分の視線で目の前の人間の手助けをしてしまったことに気づいたのか、大柄なNightkinは言って手を払った。「目障りだ」
Siは肩を竦めもせず、言われたとおりに足を進めた。
Henry医師がいるという部屋には白衣を着た女性のGhoulがいた。彼女は人間とサイボーグ犬という来訪者の組み合わせに驚いているようだった。
「村に訪問者があったって聞いたから、てっきりSuper Mutantだと思ったけど……、違うのね」と彼女は穏やかな声で言って手を差し出した。「よろしく」
Siは一瞬躊躇したように見えたが、すぐに気を取り直してか彼女の手を握った。「Silas Makepieceだ。こっちはRex」と足元の犬に視線をやる。「あんたがHenry?」
「いえ、わたしは先生の助手で、Calamity。あら、もしかしてあなた………」
Calamityと名乗ったGhoulの女性が何か言いかけたとき、Siは素早く彼女の手を振り解いて右腰のホルスターに収まっていた.357口径回転式拳銃を抜き、後ろに振り返って構えた。
「この尻の固さ……、あんた、NCRか」
Siの背後に屈み込んでいた初老の眼鏡の男性が言った。
「言いたいことはそれだけか」
「初めての訪問客があったときには相手の素性を確かめることにしているんだ」眼鏡の老人は銃口を突きつけられても動じずに言う。「尻を触ればわかる。ふつう脂肪がつきやすい部位だ。NCRはよく鍛えられている」
「ごめんなさいね。先生、ちょっと頭がパーなの」
Calamityがおっとりとした口調で言った。
どうやらこの初老の男性がHenryという医師らしい。本当に彼にRexを診てもらって大丈夫なのだろうか。Sumikaは心配になった。
そのときちょうど部屋に入ってきたArcadeが呟く声が聞こえた。「その手があったか………」
ないと思う。
Henryという男には非常に問題がありそうだったが、いちおうCalamityなるGhoulのほうは信用できそうだったため、Rexを診てもらった。
「神経がやられているな」と簡単な検査を済ませたHenryが言った。「脳の保存液を長期間使いすぎたな。劣化してしまった部分の脳を取り替える必要がある」
「脳を? そんなことをしたら………」Sumikaが驚いたように言う。
無意識的にかHenryはSumikaの言葉に応じる。「脳はいわゆる精神や心に通じる部分ではあるが、生物学的にいえば単なる臓器の一部だ。無理なら取替えの利く部位もある。この犬の損傷していた部位はその取替えの利く部位だからな……、取り替えても彼の人格にはあまり影響はないだろう」
「あまりってなんだ」とSi。
「脳ですべてを考えているわけじゃない。たとえば怪我をしていれば、それ以上に怪我をするのが怖くなるだろう。肉体の変化は簡単に精神に影響する。脳の思考を司る部位が変化していないとしても、何かしらの影響は受ける。人間も犬も複雑系に生きている生き物だからな。変化せずにはいられんということだよ」
Henry医師はRexと同じ犬種のリストをくれた。
NovacのGibson婦人の犬。New Vegas東部に居を構えるFiendの犬。そしてCeaser's Legionの戦闘犬。
(Legionの………)
SumikaはSiの表情を伺う。「ま、現実的なのはGibsonさんのところの犬だろうな。金を積めば買えるだろうさ」というHenry医師の言葉も耳に入っていないようだ。
Siの反応が心配になり、Sumikaが声をかけようとしたそのとき、ロッジの玄関の扉が開く音が聞こえた。「客人はいるか」という聞いたことのあるジェントルな声が響く。
顔を出したのはMarcusだった。彼はSiたちを認めると「おぉ、いたか。ちょっと客人、頼みたいことがあるんだが良いだろうか?」と言った。厄介ごとの予感がした。
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