アメリカか死か/09/02 Tranquility Lane-2
「やったぁ! 見てたよ、ちゃんと泣かせたね」
Lynnとは対照的に、Bettyはご満悦だった。
「泣かせられたから、あなたの勝ち。勝ったから、質問をひとつ許可してあげる。何でも質問に答えるよ。ちゃんと正直にね」
Lynnは迷った。訊きたいことはいくつもある。
Lynnと同じくこの仮想空間を訪れたであろうJamesやRitaはどこへ行ったのか。
このTranquility Laneという場所はどういった仮想空間なのか。
どうすればこの仮想空間から出られるのか。
しかしそれらの質問に、子どものBettyが答えられると思わない。だが一方で、なぜ彼女がゲームの対価として質問に答えることを提案してきたのかが気になった。まるでLynnがこの仮想空間について何も知らない外部の人間であることを知っており、しかもLynnのあらゆる質問に答えるための準備があらかじめできているかのようだ。
「きみは何者だ?」
Lynnはそう尋ねていた。
ここが仮想空間であるというのならば、目の前の人間の姿とてあてにならない。容姿や年齢は、現実空間以上に簡単に誤魔化せる。
「わたしはかつては、Stanislaus Braun博士であると認識されていた人間だ。が、今はこのBettyという個性として存在しているよ」
Bettyの声が急に変わった。
少女の声質とは思えぬ、重い、しわがれた老年の男性の声だ。
(Braun博士………!)
Jamesが残したホロテープで出てきた名だ。
Lynnは悟る。おそらくこのBetty、否、BraunがVaultの管理者であり、この仮想空間を作り上げた存在なのだ。Vault112という場所は、Tranquility Laneという仮想空間によって支えられているのだろう。
おそらくこの男は、RitaやJamesがどこに行ったかを知っているのだろう。Lynnが彼らを追ってきたことも、勘付いているのかもしれない。
だが問題は、なぜ彼がLynnに、子どもを虐めさせたりするのかがわからないということだ。
「もしあなたがここに住みたいっていうなら、わたし、手伝ってあげられるよ。だって、この世界はわたしの思い通りになるんだもん。すぐにわかるよ、この世界がわたしの思うままに動くんだ、って」
「なぜあなたは少女の姿をしているんですか?」
ふと疑問に思い、Lynnはそう尋ねていた。
「いけない? わたしはこの世界に200年、ずっといるの。だからおんなじ姿だと飽きちゃうの。飽きないようにしてるだけ。退屈なの。あなたとしている退屈しのぎのゲームと同じ」
「違うでしょう」LynnはBraunの言葉にかちんときて、言ってやった。「あんたは少女趣味なだけだ。本当はただのおっさんなのに、女になってスカートを履きたいと思っているだけだ」
図星なのか、Braun/Bettyの表情が歪む。
「無礼な口は慎んだほうが良いんじゃない? あのインディアンの小娘みたいになりたくないならね」
「Ritaはどうした?」
「あんまりにも暴力的だったから」Braunは歪んだ表情で微笑む。「ちょっと躾してあげただけ。やっぱり蛮族は蛮族ね。400年経っても何も変わらないんだから。あなたもあの蛮族みたいになりたくないんだったら、わたしの遊びに付き合ったほうが良いんじゃないの?」
RitaやJamesの身が危険かもしれないし、Lynn自身の身も危険に晒されているのかも知れない。何しろ、彼女だけがこの世界を仮想空間であると認識しているのだ。Lynnは彼の言葉に従うほかなかった。
次はRockwell夫妻の結婚をご破算にして来い、とBraunは命令してきた。どうやら彼女は、幸せそうな人間が気に食わないらしい。
成功したら、また幾つかの質問に答えてやる、とBraunは言った。まるで餌のために芸を覚える犬のようだ、とLynnは思った。
いつまでもこんなことはしていられない。仮想空間とはいえ、おそらくこのTranquility Laneの住人は、Lynnと同じくこの仮想空間に閉じ込められた人間だ。
違うのは、おそらく彼らは核戦争以前に何も知らずにこのVaultに入居した人々であり、何らかの方法によってここが仮想空間であるということを認識できないようにされている、ということだ。
だがRockWelll家に入り、夫妻の結婚を破綻させられるようなものはないかと地下室を物色していたLynnの前に現れた老婦人が、その考えが半分は間違いであるということを教えてくれた。
ここは現実ではないのだと、終わらせる必要があるのだ、痛みを終わらせてくれと、彼女は言った。
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