かくもあらねば/13/04
4
サイレンサーに抑制された弾丸の射出音は、まるで豚のくしゃみのように情けない音だったが、残念ながら気休めにはならなかった。1発は空になっていたワインボトルを割り、もう1発はSiの腕を傷つけた。
重傷ではない。サイレンサー付きの22口径ピストルだ。しかも弾は腕を貫いたというよりは、掠っただけだ。傷に構ってぐずぐずしてはいられなかった。
Siは一瞬の判断で手に持っていたワイングラスを投げつけ、ビリヤード台の上のキューを掴んで後方の部屋に逃げた。
突入してきたガードに向けて、キューを叩きつける。ガードは気絶する。残り3人。
相手は警戒してか、他の3人はすぐにはSiのいる部屋には入ってこなかった。攻撃してこないのは幸いだが、この膠着状態を続けるわけにはいかない。グレネードでも投げ込まれたら、Siには抵抗のしようがない。
SiはSumikaを一瞥する。17年の付き合いだけあって、言葉にせずとも言いたいことは伝わった。彼女は誰の目にも留まらないその身を、ドアの前に晒す。
Siは彼女の合図を待つ。
Sumikaが頷く。
Siは倒したガードの飛び出しナイフを拾い上げると、ドアから飛び出して彼女の目線の方向に投げつけた。いくら警戒していても、最大限の警戒を持続し続けられるわけではない。他の2人がいるということで、一瞬の警戒を緩めたガードの頭に飛び出しナイフの刃が突き刺さった。
残りふたりのうち、どちらを先に攻撃すれば良いのかもSumikaが指示してくれた。Siは視線を動かして確認することなく、キューを右に向けて振り切った。今まさに弾を発射戦としていた22口径サイレンサー付きピストルが、ガードの手から弾き飛ばされる。キューを回転させ、柄の部分で武器をなくしたガードの頭をぶん殴る。
残ったのは1人、しかも手に持っているのは銃ではなくナイフのガードだった。もちろんナイフのほうが銃よりも有利という状況もある。だがそれはよほどの手練に限った話だ。
まさしくその手練であるSiはブーツでナイフを弾くと、キューの先で男の頭を突いた。おそらく頭蓋骨が陥没したであろう、ガードの男は倒れて動かなくなった。
「Silas!」
Sumikaが叫ぶ。彼女の視線はSiの背後に向かって注がれていた。17年の付き合いで、彼女がなぜ叫んでいるのか、彼には簡単にわかった。
視線がSiの後方にあるのは、Siの後方に何かがいるからだ。
真ん丸な瞳がいつも以上に大きく開かれているのは、その何かに対して驚いているからだ。
泣きそうな表情なのは、その驚きを齎すものがSiに危害を加えるものだからだ。
振り返ると、ふたり目に倒したはずの、頭に飛び出しナイフを突き刺した男が、倒れたままで銃口をSiの頭へと向けていた。
Siには銃が火を噴き、弾丸が発射されるのが見えた。弾丸が回転しながら飛んできて、頭に直撃するところまで見えた。
*
KutoとBennyは、13階のVIPルームのモニタで1階スウィートルームの様子を見ていた。ちょうどNCRのRangerだという男、Good Springで出会った牧師が頭を撃たれて倒れるところだった。
その男がNCRだと知ったのは、どうしてもVictorの言葉が忘れられず、Topsに入る前にLucky 38というカジノへと入った後だった。
Lucky 38の内部は朽ちたカジノだったが、Victorに案内されるままに上階へと上がると、そこは清潔さが保たれた空間だった。そこでKutoは、New Vegasの支配者、Mr Houseに出会った。
Victorから齎された情報によって、彼はKutoに興味を持っていたらしかった。彼はKutoに、BennyからPlatinum Chipを取り戻すことを依頼し、いくつかの情報を与えてきた。その中にはKutoを追うNCRのRangerの話もあった。
KutoはBennyに近づくために、彼の存在を利用した。良い話がある、と言ってRangerを罠にかけた。Rangerは善戦したようだが、最後に油断があったようだ。4人の男と相打ちになって、撃たれた。
怪しい人間が片付いたということで、もはやBennyはモニタに興味を失っていた。代わりにKutoのドレスに手を伸ばすと、肩紐を外していた。夢のような時間にしてやるよ、と言ってKutoをベッドに押し倒した。
彼はKutoの銀色の髪をすき、鼻を当てた。ぶつぶつと独り言を零しながら、Kutoの身体に手を回した。
男の手を受けながら、本音を言えばあの男に死んでほしくはなかったな、とKutoは考えていた。おそらくPlatinum ChipのことでKutoを追ってきたのであろうが、一度助けてもらった恩がある。
それだけではなく、彼からはどこか放っておけないような、不思議な感覚があった。まるで子どものようだ。幼く、弱く、そのくせ言葉だけは勇敢で、天邪鬼で、思ったことを素直に言えず、泣き虫で、独占欲が強い、小さな子ども。子どもが死ぬのを見るのは、あまり楽しいものではない。
Kutoの下着をすべて脱がせてから、Bennyは自分も脱衣した。
身体のいちばん冷たいところに、いちばん熱い部分を当ててきた。いちばん熱い部分が動かされるたびに、熱さはさらに増した。やがて爆発し、射出された。
Kutoの手の中のいちばん熱いもの、銀色の銃は、Bennyのいちばん冷たい部分、脳に突きつけられていた。引き金を引き、いちばん熱いものがさらに熱くなって爆発されて射出されたのは、鈍色の10mm口径の弾丸だった。弾丸は脳内に挿入され、さんざん脳を蹂躙して、ぬめぬめと光る液体をBennyの穴から噴出させた。
Kutoが使った銃は、Bennyのものだった。見事な装飾が入った自動式拳銃で、おそらく価値のある戦前の遺物だろう。
血や体液に塗れた身体で、KutoはBennyの衣服をまさぐった。やがて目的のPlatinum Chipを見つけた。
汚れた身体を簡単に洗い、服を着なおす。Bennyの死体を越えてモニタのある部屋に戻ると、頭を撃たれて死んだはずのNCR Rangerの目がかっと開き、血塗れのままこちらを見つめ返していた。
*
「Si……、Si!」
声が聞こえた。
頭が痛い。痛む部分に手を当ててみると、べっとりと赤い血が付着した。綺麗な鮮血で、動脈が傷つけられているのは明らかだった。
そうでなくとも、銃弾が頭に当たったのだ。頭蓋骨や脳が吹き飛んだかもしれない。
死ぬというのに、不思議と穏やかな気分だったのは、Sumikaの姿が見えたからだった。彼女は泣きながら、Siの名を呼んでいた。
(いつも泣かせてばかりだ)
たまに笑ってくれることもある。しかしそれは時と状況が上手く合った場合だけで、笑わせようと思って笑わせられたことなど、ほとんどなかった。泣かせようとしなくとも、泣かせることはできるのに、笑わせることはできやしない。
Sumikaは泣いているだけではなく、雑嚢から治療キットを取り出して手当てをしようとしていた。
手当ての邪魔になるとわかっていたが、Siは彼女の身体に手を伸ばした。どうせ死ぬのなら、最後は彼女を手に抱いて死にたかった。
彼女の身体はすっぽりとSiの手に収まった。小さな身体だ。握り締めれば、簡単に死んでしまうだろう。
彼女の体温が心地良い。
もはや何も見えなかったが、Siの名を呼ぶSumikaの声と、柔らかな感触だけは消えなかった。
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