かくもあらねば/15/04
4
Cursor LucullusとThe Fortの入口で別れたKutoは、Caesarのいる小高い丘の上に上っていく間、何人もの男や女にすれ違った。
男はみなLegionの戦士装束で、女は粗末な衣服を着て重い荷物を細身に背負っていた。僅かに子どももいた。
Caesar's Legionでは男性は戦士、女性は奴隷と決まっているというのは本当だったようだ。
噂ではいくらでも聞いていても、実際に目にしたのはこれが初めてだった。
相手が男でも女でも、すれ違うたびに視線を感じた。男の視線は、なぜ奴隷でもない女がここにいるのか、という視線だったのだろうが、女の視線は、これから奴隷に仲間入りする相手を哀れむような視線で、どうにも居心地が悪かった。さっさと丘を上がってしまう。
Legion兵士の駐屯地に入ると、モヒカンの男がCaesarのテントまで案内してくれた。
ED-Eは置いて行くように言われ、Kutoはテントの前に彼を待機させて中に入った。
中に入ると、すぐに目に付いたのはLegionの飼育しているコヨーテだった。行儀良く躾けられているのか、Kutoが入ってきても特に吠え掛かったり、飛びついてきたりはしなかった。
奥に数人の男の姿。中央に、玉座に座る中年の男が見える。
(これがCaesar………)
威圧感はまったくなかった。他のLegionの兵士、たとえば今も彼の傍に付き従っているVulpes Incultaのほうが何倍も畏怖の感情を抱かせる人間だ。
彼の見た目を一言で表現するのならば、禿げた中年男だ。座っているのでよくわからないが、男性としてはやや小柄。血色の良い顔には柔和な笑みが広がっている。まるで仏教やジャイナ教の托鉢僧だ、とKutoは思った。
「新California共和国に数々の打撃を与えてくれた旅人に、ようやく会うことができて光栄だ」とCaesarはKutoが近づくと、容姿から想像できる柔らかい声で言った。「NiptonではVulpesの言葉に従って、Legionの教えを広めた。HELIOS Oneでは天からの光の矢で愚かしい兵たちを壊滅させた。Topsでは社員を利用してNCRのRangerを返り討ちにした……。わたしが思うに、きみとわれわれは共通の敵を持っている」
Kutoはどう言葉を繕うべきか、迷う。船旅の間にいろいろと考えていたのだが、土壇場となると頭が回らない。
お目にかかれて光栄です、と陳腐な言葉をKutoは言い、名乗った。
「わたしはきみの目を打ち据えて、最後に目にするのがわたしの顔にすべきなのかな……」Caesarは柔らかな表情のまま言う。「きみは、なぜわたしが招いたか、予想がついているはずだ。StripではTopsの支配人からPlatinum Chipを取り返し、Lucky 38でMr. Houseのロボットに起きた変化を見た。ある種の戦争用アップグレードだ。そしてそのカジノの主である男は、きみをここに遣わせた」
「よく……、ご存知ですね」
Kutoは言葉を何とか搾り出した。NiptonやHELIOS Oneでの出来事を彼が知っているのは何もおかしくはないが、Lucky 38での出来事まで言い当てられるとは思ってもいなかったのだ。
Caesarの表情も、声調も、最初からまったく変わっていない。しかしKutoには彼の存在が、だんだんと変化して見えるようになった。
「わたしの目と耳は遍在している。目や耳がなくては、西への侵攻もままならない」当たり前のようにCaesarは答えた。「きみの軌跡を辿ることも、けして難しいことではなかったよ」
Kutoの中でさまざまな感情、計算が駆け巡った。
考えた結果を三度反芻してから、Kutoは言葉を発した。
「それで……、お招きいただいた理由とは、いったいなんなんでしょうか?」
*
『目的地に無事着いたようだね』
Caesarのテントから西へ少し行ったところの施設は、確かにCaesarやMr. Houseが言ったとおりにPlatinum Chipを嵌めることでハッチを開いた。Kutoがひとりでハッチから突き出た階段を下りていくと、そこにはLucky 38のロゴがあり、中は整った近代設備になっていた。
入口すぐ傍のモニタに、Mr. Houseが映し出されている。どうやらこのモニタには干渉できるらしい。
「まぁ、なんとか」とKutoは頷いてみせた。「それでここは……、どういう設備なんですか?」
『きみが産まれるずっと以前に、わたしが作り上げた施設だ。きみの目には荒れ果てた場所としか映らないだろうが……、実際どういう場所なのかは、すぐにわかるだろう』
Mr. Houseによれば、ここはSecuritronの最終組み立て工場のようなものらしい。ここには起動直前の大量のSecuritronが保存されており、それらを起動するためにはメインコンピュータの手動操作が必要なのだ。
「Securitronの軍隊が完成するというわけですね。Securitronの大量起動が可能になったら、それでどうするんですか?」とKutoは尋ねた。
『軍隊のすべきことをするだけさ。つまり』とMr. Houseはもったいぶった口調で言った。『侵略者から領土を守る、それだけだ』
Mr. Houseの指示通りに、Kutoは施設の奥深くへと進んでいった。
ProtectronやTurretといった障害はあったものの、それらはSecuritronほど高等な動きができるわけでも、ED-Eのように目と耳で楽しませてくれるわけでもない。その程度の機械はKutoにとって恐怖を起こさせるものではなく、Pulse Grenadeで簡単に対処できた。
■Pulse Grenade
電子対抗手段発生器内臓投擲弾。
瞬間的に電磁波を発生させ、周囲の機械類に対してジャミングを行い、機能停止に陥らせる。生物への影響は少ない。
最深部の扉を開けたとき、Kutoは眩いレーザー光線を見た。可視光域の波長帯を含んだ、ナノメータ波長のTurretの光線だ。
KutoはすぐさまPulse Grenadeを投げ込んで扉を閉めた。光線が僅かに扉から漏れ出た後、静かになる。
部屋の中に入りなおす。既にTurretは機能停止していたが、念のため9mm拳銃で撃っておく。この銃は、TopsのBennyが持っていたもので、見事な装飾が入った銀色の銃だ。なかなか性能も良く、ありがたい。
中には施設入口にあったようなものと同じような機械があった。どうやらこれが、Mr. Houseが手動起動を要求した機械のようだ。
その機械向けてKutoは拳銃を撃ち、手榴弾を投げた。今度は電子対抗手段発生器内臓のものではなく、砕片入りの通常のものだ。
Kutoは来た道を戻りながら、部屋部屋に見えたジェネレータのような装置や、施設の維持に影響を及ぼしていきそうな装置を片っ端から撃ち、破壊していった。
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