かくもあらねば/21/03


 所詮、蟻は蟻だ。竜ではない。
 Nelis空軍基地の発電所内部のGiant Antは、Siの手によって簡単に一掃された。BooneとRexを待つまでもなかった。


 Raquelの言葉通り、行方不明となったBoomersは全員死んでいた。死体を運ぶのも難しいので、埋葬はRaquelらに任せるしかないだろうが、Sumikaはその場で黙祷した。

 見えている場所に居るGiant Antは全て倒しはしたものの、まだ隠れている個体が居るかもしれないということで、Siは蟻の巣の上にSonic Emitterを突き立てた。これはBoomersのもう一人の指導者、Loyalから預かったものである。扱いが難しいということだっが、実地でテストしてみるというSiの説得によって、借りることができた。

Aid: Meeting People (Speech+10)
Perk: Comprehension (雑誌の効果2倍)
Challenge: Speech≧50→ Succeed

「こんなの、本当に効くのか?」
 とSiがダイヤルを合わせながら呟く。
「使えそう?」
「周波数を24000Hzに合わせて蟻の巣の近くに置いたら、後は神に祈るだけって言ってたぞ」
「得意分野だね」


 Sonic Emitterのスイッチを入れると、急に発電機の陰から液体が噴き出てきた。覗き込んでみれば、ひくひくと痙攣するGiant Antの姿があった。Siの攻撃から逃れ、ここに隠れていた個体のようだが、どうやらSonic Emitterが効いたらしい。



 発電機を再起動させたのち、SiとSumikaはRaquelの元へ戻り、報告した。
「もう終わったの?」
 とRaquelは目を丸くした。
発電所に行って確かめてみろ。ついでに死者の埋葬でもしてやってくれ」
「べつに、嘘吐いてるなんて思っているわけじゃないよ。ただ、あんまりにも早かったから………」
「蟻退治くらいなら、慣れてる」
 なるほど、とRaquelは頷いて、Siの目を真っ向から見据えたのちにこう言った。「Pearlがあなたを選んだのは正しかったと思う。Loyalは違う意見みたいだけど」

 Boomersに誠意を見せるための次の仕事は、Sonic Emitterを貸し出してくれた人物、Loyalから受けた。場所は先ほどの蟻退治と同じく、発電所。屋上に設置されている。発電用のソーラーパネル修理である。

Challenge: Repair≧65→Succeed

まるで便利屋だな」
 ソーラーパネルの修理をしながら、Siが呟く。
「まぁ、いいじゃない。Siは器用なんだし……、戦ったり、砲撃の中を突っ切ったりとかの危ない仕事よりは、ずっと良いよ」
 Siは手先が器用だ。戦いにおいても、抜き打ちなり銃の分解清掃なりにその腕前は役に立つが、それよりもこういった機械の修理だとかにその器用さを使ってもらったほうが、Sumikaとしては嬉しい。
「NCRを辞めたら、修理屋でもやるか。Raulみたいなツナギを着て」
「それは良いかもね。機械を動かせれば便利になるし、人の役にも立つしさ」
 きっとSiは冗談で言っているのだろう。それでも、彼が穏やかな人生を送ってくれると思うと嬉しかった。


 鈴の音のような声でSumikaが笑う。きっとSiの言葉をその場限りの冗談だと思っているのだろう。
 だがSiは本気だった。人の役に立って、Sumikaが喜ぶのなら、悪くはない。ああ、悪くはない。
 心の底からそう思えばこそ、炎天下の中でのソーラーパネル補修という作業も苦にはならなかった。


「上手いもんだな」
 と男の声がしたのは、日がとっぷりと暮れた頃である。その頃には、ソーラーパネルの最後のひとつが修理し終わっていた。
 声の主はBooneであった。Rexも居る。彼らもようやくNelisに到着したようだ。傍らに、Booneたちを招いたと思しきPower Armorを着たBoomersが居たが、彼は修復されたソーラーパネルを見て、驚いた顔をしていた。
「本当に直ったのか」
「たぶんな。陽が出てみないと、ちゃんと機能しているかどうかは確かめられんが」とSiは正直に答える。

 Loyalの処へと戻ると、BooneとRexを連れてきたBoomersとほとんど同じ反応をした。ほぼ同じ回答を返す。


「ほぉ、なかなか役に立つな」とLoyalは大仰に頷く。「もっともおれは、やっぱりあの女の子を推すのは変わらんがね
「あの女の子?」
 と首を傾げるのはSumikaであるが、その言葉はLoyalには閾下でSiのものとして認識されたらしい。
「うん? Pearlから聞いてないか?」
 と反応される。
「誰のことだ」とSiは応じる。
あんたの数日前にやって来た若い女の子のことだよ。女の子といっても、まぁ、あんたと同じくらいの年齢だが、おれから見れば女の子だわな」
 何故か、急に胸を掻き乱される不安感があった。迫撃砲で守られたNelis空軍基地にこのタイミングで現れた、Siと同じ年齢くらいの若い女性。



「どういうやつだ?」
銀髪褐色の肌の、宝石みたいな緑色の目をした美人だよ。いやぁ、あんな綺麗な子は久しぶりに見たな」
「そいつの名は?」
「変わった名前だったな……、Kutoとかいう」
 今は大仕事をやってもらっている。そろそろ帰ってくるはずだが。そんなLoyalの言葉を皆まで聞く前に、SiはNelis空軍基地の格納庫から飛び出した。Sumikaも後を追う。
 まさかKutoも、このNelis空軍基地に来ているだなんんて。彼女はCaesar's Legionに組している。BoomersにLegionへの協力を取り付けるために来ているのだろう。ならば目的は、Siたちと同じか。
(SilasはKutoを捕らえるつもりなんだ)
 飛び出していったSiを見て、Sumikaには予想がついた。Ceasar's Legionに組し、Platinum Chipを強奪し、今も尚色々と動き回っている謎の女を捕らえれば、それだけで大手柄だ。NCRからの除隊も容易になるだろう。
 Siは強い。Kutoのような女など物ともしないほど。

 だがSumikaの胸中には、不安感があった。Kutoという名のあの女は、得体の知れぬ不気味さがある。銃の腕前も、頭の回転もなく、それなのに無防備にこのMojave Wastelandを旅していること自体が、Kutoの不思議な力強さを体現しているような気がした。

「動くな!」


 格納庫から出てすぐの処で、SiがHunting Revolver+を構えていた。狙う先には、以前に見たことがある球形のロボットと共に居るKutoの姿があった。どうやらちょうどLoyalの言っていたひと仕事を終え、Nelis空軍基地に戻ってきたところらしい。
「両手を真っ直ぐ上に挙げろ。武装解除はしなくて良い。おれがやる。動いたら腕をぶち抜く。それでも抵抗すれば足を撃つ」

 Kutoが太腿のホルスターに挿入された刻印が為された銀色の拳銃に手を伸ばした瞬間、Siは警告通りに.Hunting Revolver +の引き金を引いていた。
 だがその.45口径の弾丸がKutoに突き刺さることはなかった。Siが引き金を引き絞るその一瞬の間に、射線に入ってきた人物によって弾かれたのだ。その人物は全身を覆うフードつきのコートを身に纏っていた。
 SiがHunting Revolver+を連射する。しかしコートを纏った人物はその腕のPower Fistで弾丸全てを弾き、あまつさえ、こちらに向かって飛び込んできた
「武器はPower Fistだけ!」
 Sumikaは叫ぶ。Siが頷き、コートの人物に対して迎撃の構えをとる。戦前の陸軍格闘術は、Rangerとして必須の嗜みだ。Siとて、格闘術の心得は有る。
 コートを着た人物は、フードに隠れていてよく見えないが、頭部を防護するような装備は身につけていない。その頭目掛け、Siが拳を突き出す。

 だがコートを着た人物は、するりと左手でその拳を受け流すと、流れるような動きで半回転し、逆の手をSiの顎目掛けて放った。
(掌底!?)
 コートを着た人物、ようやく顔が見えたその人物は、黒い短髪の女であった。彼女の掌底はPower Fistによって威力を増幅されており、Siの脳を揺らし、崩れ落ちさせるのに十分な威力を備えていた。

 こんなにあっさりと、Siが負けるはずがなかった。射撃やナイフ術に比べれば、確かに格闘術はSiが苦手とするところだが、それでもRangerなのだ。少しくらい格闘術を齧った人間が太刀打ちできるはずがないのだ。
 なのにこの女は、簡単にSiを打ち据えた。しかもその技は、Mojave Wastelandで広く知れ渡った陸軍格闘術ではない。
 もっと古くから存在する格闘術、古武術だ。

 Power Fistと古武術。どちらも戦前の遺産だ。そして戦前の遺産をこれだけの純度で所有しているとなれば、その正体はNCRが敵対する集団に所属しているに違いなかった。
 その集団の名はBrotherhood Of Steel。あらゆる戦前の遺産を食い尽くし、腹に溜め込む。ただそれだけを生業とする組織である。

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