アマランタインに種実無し/02/02 Thinned Blood-2
Surfsideダイナーは若い料理人ひとりと老婆ひとりでやっているような、萎びた店である。もっとも、ダイナーなんて大通り沿いでなければ、どこもこうだ。
「あの、すいません。半年くらい前に深夜にやって来た、サーファーみたいな男と綺麗な女性のふたり連れに覚えはありませんか?」
Azaleaはダイナーのレジにいる老婆に尋ねた。
「さぁ……。見てないねぇ」
「あの、女の子のほうは血の色がないみたいな感じだったと思うんですが……」
「アルビノってやつかい? そういう人がいるらしいのは知ってるけど、わたしゃ見たことないねぇ」と老婆はまじまじとAzaleaの顔を見つめる。「そういやあんたも顔色悪いねぇ………。小さいし。若いんだから、ちゃんと栄養あるもん食べないと駄目よ」
「はぁ」Azaleaは腕を擦って応じる。「あの、それで、Lilyって子なんですけど……、本当に覚えがないですか?」
「ないねぇ……」と言いかけた老婆の目が見開かれる。「Lily?」
「Lilyです」
「ああ、はいはい、あの子ね。綺麗な子だった。それに礼儀正しくて……、この辺の若いのといったら、頭がおかしい薬中しかいないからねぇ。ちょっと変わった子ではあったけどね。いつも喉が渇いた様子で水ばっかり飲んでいたし、びくびくと何かに怯えてた。あんた、Lilyの友だちかい?」
急にべらべらと喋りだされたので、ほとんど気圧されてしまっていたAzaleaは、反射的に「はい」と頷いてしまった。
「そうかい、そうかい。いつも寂しそうな顔をしてた儚げな子だったけど、ちゃんと友だちもいたんだねぇ………」
ちょっと待ってて、と言って老婆がカウンターの奥に引っ込んだあと、菓子箱のような紙箱を持ってきた。開けると、鍵やら写真やらが入っている。
「あの子が預けていたものがあるんだよ。悪いけど、あんたが持っててくれないかい?」
車の鍵、Lilyの映った写真、そしてBail Bondの証書。
鍵を見ただけでは車種は特定できるないし、写真はLilyの容姿を知るのに役には立つが、映っている場所はSanta Monicaで、特に情報になりそうなものはない。
となると、Lilyの足取りを辿るのに役立ちそうなのは、Bail Bondの証書しかない。
Bail Bondとは保釈金の立て替えや代行を行う会社だ。このSanta MonicaにもBail Bondがある。
Santa MonicaのBail Bondは小汚い、狭苦しい事務所であった。もっともBail Bondといえば、半分やくざじみた商売で、胡散臭いものも多いので、こうした小型の事務所は珍しくない。
「Kilpatrickの24時間Bail Bondへようこそ。おれの名前はArthur Kilpatrickだ」
とBail Bondを経営している太った男は自己紹介した。
「えっと、Kilpatrickさん、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「Arthurでいいよ」
「Kilpatrickさん、半年くらい前にLilyという女性がこちらでお世話になりませんでしたか?」
「半年前?」
「ええ、半年前」
「そんな昔のことは覚えてないなあ。そこに」とKilpatrick氏は親指で背後のデスクトップPCを指差す。「記録が入っているから、勝手に見ていいよ」
Azaleaは拍子抜けした。Bail Bondの記録といえば、かなりの重要文書だ。それを勝手に見ていいとは、何事だ。
冗談かと思ったが、Kilpatrick氏は椅子に座ってプレイボーイなんかを読んでいて、既にAzaleaに興味を失っている様子だ。本当にこのPCを勝手に閲覧していいらしい。
Kilpatrick氏の気が変わらないうちに、とAzaleaはPCの電源を入れた。驚くべきことに、パスワードによる管理さえ行っていない。なんという杜撰な管理だろう。自分が拘留されることがあっても、このBail Bondに頼るのは止めておこう。
改めて、PCの画面に向かい、Lilyの名で検索する。しかし該当する名はない。
(あれ……、おかしいなぁ)
証書があるのだから、記録がないわけがないのだが。それとも、違う会社のBail Bondだっただろうか。
改めてBail Bondを見直してみると、証書にはLilyの名はない。代わりにRolf Totenという名でサインがしてある。
Totenで検索してみると、すぐに見付かった。Rolf Toten。2003年の8月の記録だ。質として赤のLightningbirdという車を出したらしい。LilyとRolf Totenなる人物がどういう関係なのかはわからないが、LilyがBail Bondの証書を持っていたことから考えても、赤のLightningbirdというのは彼女のものなのかもしれない。
(探してみよう)
鍵が残されているということは、この車もSanta Moncaに残っているはずだ。何か手掛かりがあるかもしれない。
「Kilpatrickさん。すみません、ありがとうございました」
とAzaleaは太った男に礼を言う。
「ああ、終わったの? 収穫は?」とプレイボーイを横目に、Kilpatrick氏は訊く。
「ええ、まぁ……」
「そりゃ良かった。ところであんた、2つ向こうの通りのアパートに越してきた人?」
「えっと………」
Azaleaは迷った。昔の経験からいえば、こういうときに正直に答えてしまうと碌なことがない。しかし迷っているというのは、既に肯定しているようなものだ。
「女がひとりで越してくると解り易いからなぁ。隠してもわかるさ」とKilpatrick氏は手をひらひらさせて言う。「ここは従業員が少なくてね。何か用があったら頼むんで」
「は?」
「今回の貸しってことで、よろしく」
と言って、Kilpatrick氏はプレイボーイに視線を戻してしまう。
どう返答したものかと思ったが、Azaleaが吸血鬼であるとばれているわけでなし、言い方も怪しげなものではなかったし、せいぜいが雑用程度だろう。今回の対価としてなら、悪くない。
とりあえず、これ以上余計な貸しを作らぬために、AzaleaはさっさとBail Bondを出た。駐車場へ向かい、赤い車を見つけては、ひとつひとつ鍵を試していく。
やがて、鍵が合う車を発見する。
車内に特に目に付くものはない。外に出て、トランクを開けてみる。
Azaleaの目を引いたのは、赤い装丁の可愛らしい日記帳であった。
「あの、すいません。半年くらい前に深夜にやって来た、サーファーみたいな男と綺麗な女性のふたり連れに覚えはありませんか?」
Azaleaはダイナーのレジにいる老婆に尋ねた。
「さぁ……。見てないねぇ」
「あの、女の子のほうは血の色がないみたいな感じだったと思うんですが……」
「アルビノってやつかい? そういう人がいるらしいのは知ってるけど、わたしゃ見たことないねぇ」と老婆はまじまじとAzaleaの顔を見つめる。「そういやあんたも顔色悪いねぇ………。小さいし。若いんだから、ちゃんと栄養あるもん食べないと駄目よ」
「はぁ」Azaleaは腕を擦って応じる。「あの、それで、Lilyって子なんですけど……、本当に覚えがないですか?」
「ないねぇ……」と言いかけた老婆の目が見開かれる。「Lily?」
「Lilyです」
「ああ、はいはい、あの子ね。綺麗な子だった。それに礼儀正しくて……、この辺の若いのといったら、頭がおかしい薬中しかいないからねぇ。ちょっと変わった子ではあったけどね。いつも喉が渇いた様子で水ばっかり飲んでいたし、びくびくと何かに怯えてた。あんた、Lilyの友だちかい?」
急にべらべらと喋りだされたので、ほとんど気圧されてしまっていたAzaleaは、反射的に「はい」と頷いてしまった。
「そうかい、そうかい。いつも寂しそうな顔をしてた儚げな子だったけど、ちゃんと友だちもいたんだねぇ………」
ちょっと待ってて、と言って老婆がカウンターの奥に引っ込んだあと、菓子箱のような紙箱を持ってきた。開けると、鍵やら写真やらが入っている。
「あの子が預けていたものがあるんだよ。悪いけど、あんたが持っててくれないかい?」
Retrieved: Lily's Key
Retrieved: Girl's Photo
Retrieved: Bail Bond
車の鍵、Lilyの映った写真、そしてBail Bondの証書。
鍵を見ただけでは車種は特定できるないし、写真はLilyの容姿を知るのに役には立つが、映っている場所はSanta Monicaで、特に情報になりそうなものはない。
となると、Lilyの足取りを辿るのに役立ちそうなのは、Bail Bondの証書しかない。
Bail Bondとは保釈金の立て替えや代行を行う会社だ。このSanta MonicaにもBail Bondがある。
Santa MonicaのBail Bondは小汚い、狭苦しい事務所であった。もっともBail Bondといえば、半分やくざじみた商売で、胡散臭いものも多いので、こうした小型の事務所は珍しくない。
「Kilpatrickの24時間Bail Bondへようこそ。おれの名前はArthur Kilpatrickだ」
とBail Bondを経営している太った男は自己紹介した。
「えっと、Kilpatrickさん、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「Arthurでいいよ」
「Kilpatrickさん、半年くらい前にLilyという女性がこちらでお世話になりませんでしたか?」
「半年前?」
「ええ、半年前」
「そんな昔のことは覚えてないなあ。そこに」とKilpatrick氏は親指で背後のデスクトップPCを指差す。「記録が入っているから、勝手に見ていいよ」
Azaleaは拍子抜けした。Bail Bondの記録といえば、かなりの重要文書だ。それを勝手に見ていいとは、何事だ。
冗談かと思ったが、Kilpatrick氏は椅子に座ってプレイボーイなんかを読んでいて、既にAzaleaに興味を失っている様子だ。本当にこのPCを勝手に閲覧していいらしい。
Kilpatrick氏の気が変わらないうちに、とAzaleaはPCの電源を入れた。驚くべきことに、パスワードによる管理さえ行っていない。なんという杜撰な管理だろう。自分が拘留されることがあっても、このBail Bondに頼るのは止めておこう。
改めて、PCの画面に向かい、Lilyの名で検索する。しかし該当する名はない。
(あれ……、おかしいなぁ)
証書があるのだから、記録がないわけがないのだが。それとも、違う会社のBail Bondだっただろうか。
改めてBail Bondを見直してみると、証書にはLilyの名はない。代わりにRolf Totenという名でサインがしてある。
Totenで検索してみると、すぐに見付かった。Rolf Toten。2003年の8月の記録だ。質として赤のLightningbirdという車を出したらしい。LilyとRolf Totenなる人物がどういう関係なのかはわからないが、LilyがBail Bondの証書を持っていたことから考えても、赤のLightningbirdというのは彼女のものなのかもしれない。
(探してみよう)
鍵が残されているということは、この車もSanta Moncaに残っているはずだ。何か手掛かりがあるかもしれない。
「Kilpatrickさん。すみません、ありがとうございました」
とAzaleaは太った男に礼を言う。
「ああ、終わったの? 収穫は?」とプレイボーイを横目に、Kilpatrick氏は訊く。
「ええ、まぁ……」
「そりゃ良かった。ところであんた、2つ向こうの通りのアパートに越してきた人?」
「えっと………」
Azaleaは迷った。昔の経験からいえば、こういうときに正直に答えてしまうと碌なことがない。しかし迷っているというのは、既に肯定しているようなものだ。
「女がひとりで越してくると解り易いからなぁ。隠してもわかるさ」とKilpatrick氏は手をひらひらさせて言う。「ここは従業員が少なくてね。何か用があったら頼むんで」
「は?」
「今回の貸しってことで、よろしく」
と言って、Kilpatrick氏はプレイボーイに視線を戻してしまう。
どう返答したものかと思ったが、Azaleaが吸血鬼であるとばれているわけでなし、言い方も怪しげなものではなかったし、せいぜいが雑用程度だろう。今回の対価としてなら、悪くない。
とりあえず、これ以上余計な貸しを作らぬために、AzaleaはさっさとBail Bondを出た。駐車場へ向かい、赤い車を見つけては、ひとつひとつ鍵を試していく。
やがて、鍵が合う車を発見する。
車内に特に目に付くものはない。外に出て、トランクを開けてみる。
Azaleaの目を引いたのは、赤い装丁の可愛らしい日記帳であった。
Retrieved: Lily's Journal戻る
0 件のコメント:
コメントを投稿