アマランタインに種実無し/02/03 Thinned Blood-3
『2002年4月30日
今日はAsylumでとっても素敵な人と出会っちゃった。名前はRolf。独逸から来たんですって。欧州の人って、退屈なカリフォルニアの男の子と比べてとってもかっこいいの。
Rolfに、明日の夜は空いてるかって訊かれちゃった。Rolfってかっこいいし、絶対お金持ちよね。明日は彼に見劣りしないように、ショッピングに行こうっと。彼に会いたくていまからドキドキ☆ 明日は一線を越えちゃうかも』
「これ、読んでいいのかなぁ………」
人気の無い駐車場でLilyの日記を読みながら、Azaleaは独り呟いてしまう。かくいうAzaleaも、こういった日記を書いていた頃があったのだ。読まれたらと思うと、顔から火が出る想いだ。
しかしこの日記に記述されているRolfといえば、Lilyが持っていたBail Bondの対象となっていた人物だ。彼女の行方と無関係とも思えない。読み進めることにする。
『2002年5月21日
どうしよう。Rolfったら、すっごくわたしに夢中みたい。彼に、来週とっても素敵なプレゼントがあるから、是非受け取って欲しいって言われちゃった。欧州の人って、こういうことに奥手だと思ったけど、そんなことないのね。あーん、来週が楽しみだよぅ』
こんなふうな頭が悪そうな内容は、6月に入った頃に急に変わる。
『2002年6月2日
今日は午後8時に起きた。なんか変。昨日はベッドに入ったことしか思い出せない。
ううん、昨日からじゃない。Rolfに会った先週の土曜日から、ずっと頭がおかしい。わたし、どうしちゃったんだろう。
2002年6月10日
また夜遅くに起きた。ここ4日、何も食べてない。
よくわからないけど、わたし、おかしくなっちゃったみたい』
Azaleaは思い当たるところがあった。自分も同じような体験をしたからだ。
Lilyはこの頃に吸血鬼になったのだろう。
『2002年6月11日
昨日、夜遅くにRolfが来た。
わたしが何も食べられないのは、お腹が減ってるんじゃなくて喉が渇いているからなんだって教えてくれた。血を飲まなきゃ駄目なんだって。
Rolfは血液銀行の貯蔵血液から輸血用の血をたくさんバッグに入れて持ってきてくれた。飲みたくなかったけど、飲んじゃった。わたし、本当に、どうしちゃったんだろう。
2002年7月26日
Rolfは国に帰るって言い出した。もうここにはいられないって。
彼は最後まで、わたしに何をしたのかを教えてくれなかった』
次がBil Bondに記載されていた日付である。
『2002年8月22日
わたしはRolfを保釈させてあげなくちゃならなかった。彼は逮捕された。ビザの期限が切れていたのだ。
Rolfは何かに怯えているみたいだった。
2002年7月2日
保釈させてあげた日から、Rolfとは会っていない。
あのひとは、わたしのことが好きだったんじゃないの? 彼の身に何かが起きたの? それともわたしがおかしくなったの?』
「会っていない、かぁ………」
とすると、Rolf Totenなる人物は、Lilyの失踪とは関係ないということだろうか?
ここから急に日付が飛んだ。E.がLilyに出会ったという時期だ。
『2003年4月15日
Surfsideダイナーで素敵な男性と出会った。今朝の5時まで一緒にお喋りして、それから帰ってきた。陽の光はやっぱり怖い。
なんだかシンデレラみたいだな、って思うのは馬鹿げてるのかな。だって彼は王子さまみたいなんだもん』
2003年4月16日
また彼と会った。やっぱりとっても素敵な人。わたし、どうすれば良いんだろう』
2003年4月24日
彼の名前はE.っていうんだって。E.とは昨日、ダイナーで会ってから、わたしのアパートに行った。
彼はいま、サーフィンの大会でアメリカに来てるけど、あと数日したら豪州に帰っちゃうんだって。
そんなの、やだな。こんな気持ち、Rolfのとき以来なんだもん。
2003年4月25日
昨日、E.はキスしてくれた。わたしもしちゃった。そのときに、彼の首を噛んじゃった。
血を吸いすぎて、E.は死にそうになったから、逆にわたしの血をあげた。そしたらE.は生き返った。
でも、彼には嫌われちゃった。もう二度と顔も見たくないって言われちゃった。
わたしも、もうやだ。こんなの、やだ』
(血を吸ってから、血を与えた………)
血を吸うと、吸われた人間は恍惚に陥る。
血を与えると、与えられた人間は吸血鬼の力を部分的に得る。
だが、E.は血を吸われた上で与えられた。それが、彼が単純なGhoulにならなった原因か。
あるいは死に掛けた、という部分かもしれない。一度死んで、吸血鬼の血によって生き返った。だからか。
なんにせよ、重要なのはこの次の叙述で日記が終わっているということだろう。
『2003年5月8日
E.と会ったあの日以来、血を飲んでいない。また何か悪いことが起きそうで怖かったから。
でも、もう我慢できない。それに、Rolfが言ってたことを思い出した。病院の地下の血液銀行に、輸血用血液があるんだ』
Lilyは輸血用血液を取りに行ったらしい。その後に何も書かれていないということは、病院に行くときか、行った帰りに何かが起きたということだろうか。
兎に角、病院の地下にある血液銀行に行ってみるべきだろう。Azaleaはすぐに病院の裏手から、血液銀行への戸を開いた。
階段を下り、薄暗い通路を歩いていくと、受付があった。受付をしているのは茶色い髪の軽薄そうな男である。
「らっしゃい。素晴らしい自己犠牲の精神で血液を提供しにきてくれた、って感じじゃあねぇなぁ」
と受付の男は容姿そのままに、軽い口調でAzaleaを出迎えた。
「えっと……」
なんと尋ねようかとAzaleaが考えあぐねていると、男のほうから勝手に先を続けた。
「あんたみたいのがたまに来るんだよな。見りゃあ判る。血が欲しいんだろう? 売ってやるよ」
そんなふうに切り出され、Azaleaはぎくりとした。この男は、まるでAzaleaが吸血鬼であることを知っているかのような物言いをする。いや、Azaleaのようなものを見たことがあると言っていたか。それは、Lilyか。
「血を売ってくれるの?」
しかしAzaleaの口をついて出てきたのは、己の欲求を満たす対象への問いであった。
「あんた、吸血鬼だとか、そういう手合いだろう?」喉を鳴らして受付の男は笑う。「ああ、売ってやるよ。いまだったら……、そうだな、1パック94ドルってとこだな」
Azaleaは己の財布の中身を確かめてみる、が、中に入っているのはMercurioが用立ててくれた100ドルだけだ。買えるのは1パックがせいぜいだ。94ドルという値段は適正なのだろうか。どうも、ぼられている気がする。
そこまで考えて、Azaleaは己がここにやって来た理由を思い出した。血を買いに来たのではなく、Lilyを探しに来たのだ。
「あの、血のことは兎も角、Lilyっていう人が来なかった? こういう女性なんだけど………」
とLilyは硝子窓越しにLilyの写真を見せる。
受付の男は、しばらくの間じっと写真を凝視していたが、やがて首を振った。「さぁねぇ。覚えちゃいねぇなぁ」
Azaleaはその態度に、不自然なものを感じ取った。
「あの、中に入れてもらうことはできない?」
「関係者以外、立ち入り禁止だね」
「ねぇ、いいでしょ?」
とAzaleaは胸元を開いたりなんてして、ありったけの色気を搾り出して、受付の男ににじり寄る。
男はにっこり笑ったので、Azaleaは安堵しかけた。
「死人とよろしくやるつもりはねぇな」
男の言葉と共に、静かに破裂したAzaleaの血力の弾丸がリノリウム製の床を貫いた。
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今日はAsylumでとっても素敵な人と出会っちゃった。名前はRolf。独逸から来たんですって。欧州の人って、退屈なカリフォルニアの男の子と比べてとってもかっこいいの。
Rolfに、明日の夜は空いてるかって訊かれちゃった。Rolfってかっこいいし、絶対お金持ちよね。明日は彼に見劣りしないように、ショッピングに行こうっと。彼に会いたくていまからドキドキ☆ 明日は一線を越えちゃうかも』
「これ、読んでいいのかなぁ………」
人気の無い駐車場でLilyの日記を読みながら、Azaleaは独り呟いてしまう。かくいうAzaleaも、こういった日記を書いていた頃があったのだ。読まれたらと思うと、顔から火が出る想いだ。
しかしこの日記に記述されているRolfといえば、Lilyが持っていたBail Bondの対象となっていた人物だ。彼女の行方と無関係とも思えない。読み進めることにする。
『2002年5月21日
どうしよう。Rolfったら、すっごくわたしに夢中みたい。彼に、来週とっても素敵なプレゼントがあるから、是非受け取って欲しいって言われちゃった。欧州の人って、こういうことに奥手だと思ったけど、そんなことないのね。あーん、来週が楽しみだよぅ』
こんなふうな頭が悪そうな内容は、6月に入った頃に急に変わる。
『2002年6月2日
今日は午後8時に起きた。なんか変。昨日はベッドに入ったことしか思い出せない。
ううん、昨日からじゃない。Rolfに会った先週の土曜日から、ずっと頭がおかしい。わたし、どうしちゃったんだろう。
2002年6月10日
また夜遅くに起きた。ここ4日、何も食べてない。
よくわからないけど、わたし、おかしくなっちゃったみたい』
Azaleaは思い当たるところがあった。自分も同じような体験をしたからだ。
Lilyはこの頃に吸血鬼になったのだろう。
『2002年6月11日
昨日、夜遅くにRolfが来た。
わたしが何も食べられないのは、お腹が減ってるんじゃなくて喉が渇いているからなんだって教えてくれた。血を飲まなきゃ駄目なんだって。
Rolfは血液銀行の貯蔵血液から輸血用の血をたくさんバッグに入れて持ってきてくれた。飲みたくなかったけど、飲んじゃった。わたし、本当に、どうしちゃったんだろう。
2002年7月26日
Rolfは国に帰るって言い出した。もうここにはいられないって。
彼は最後まで、わたしに何をしたのかを教えてくれなかった』
次がBil Bondに記載されていた日付である。
『2002年8月22日
わたしはRolfを保釈させてあげなくちゃならなかった。彼は逮捕された。ビザの期限が切れていたのだ。
Rolfは何かに怯えているみたいだった。
2002年7月2日
保釈させてあげた日から、Rolfとは会っていない。
あのひとは、わたしのことが好きだったんじゃないの? 彼の身に何かが起きたの? それともわたしがおかしくなったの?』
「会っていない、かぁ………」
とすると、Rolf Totenなる人物は、Lilyの失踪とは関係ないということだろうか?
ここから急に日付が飛んだ。E.がLilyに出会ったという時期だ。
『2003年4月15日
Surfsideダイナーで素敵な男性と出会った。今朝の5時まで一緒にお喋りして、それから帰ってきた。陽の光はやっぱり怖い。
なんだかシンデレラみたいだな、って思うのは馬鹿げてるのかな。だって彼は王子さまみたいなんだもん』
2003年4月16日
また彼と会った。やっぱりとっても素敵な人。わたし、どうすれば良いんだろう』
2003年4月24日
彼の名前はE.っていうんだって。E.とは昨日、ダイナーで会ってから、わたしのアパートに行った。
彼はいま、サーフィンの大会でアメリカに来てるけど、あと数日したら豪州に帰っちゃうんだって。
そんなの、やだな。こんな気持ち、Rolfのとき以来なんだもん。
2003年4月25日
昨日、E.はキスしてくれた。わたしもしちゃった。そのときに、彼の首を噛んじゃった。
血を吸いすぎて、E.は死にそうになったから、逆にわたしの血をあげた。そしたらE.は生き返った。
でも、彼には嫌われちゃった。もう二度と顔も見たくないって言われちゃった。
わたしも、もうやだ。こんなの、やだ』
(血を吸ってから、血を与えた………)
血を吸うと、吸われた人間は恍惚に陥る。
血を与えると、与えられた人間は吸血鬼の力を部分的に得る。
だが、E.は血を吸われた上で与えられた。それが、彼が単純なGhoulにならなった原因か。
あるいは死に掛けた、という部分かもしれない。一度死んで、吸血鬼の血によって生き返った。だからか。
なんにせよ、重要なのはこの次の叙述で日記が終わっているということだろう。
『2003年5月8日
E.と会ったあの日以来、血を飲んでいない。また何か悪いことが起きそうで怖かったから。
でも、もう我慢できない。それに、Rolfが言ってたことを思い出した。病院の地下の血液銀行に、輸血用血液があるんだ』
Lilyは輸血用血液を取りに行ったらしい。その後に何も書かれていないということは、病院に行くときか、行った帰りに何かが起きたということだろうか。
兎に角、病院の地下にある血液銀行に行ってみるべきだろう。Azaleaはすぐに病院の裏手から、血液銀行への戸を開いた。
階段を下り、薄暗い通路を歩いていくと、受付があった。受付をしているのは茶色い髪の軽薄そうな男である。
「らっしゃい。素晴らしい自己犠牲の精神で血液を提供しにきてくれた、って感じじゃあねぇなぁ」
と受付の男は容姿そのままに、軽い口調でAzaleaを出迎えた。
「えっと……」
なんと尋ねようかとAzaleaが考えあぐねていると、男のほうから勝手に先を続けた。
「あんたみたいのがたまに来るんだよな。見りゃあ判る。血が欲しいんだろう? 売ってやるよ」
そんなふうに切り出され、Azaleaはぎくりとした。この男は、まるでAzaleaが吸血鬼であることを知っているかのような物言いをする。いや、Azaleaのようなものを見たことがあると言っていたか。それは、Lilyか。
「血を売ってくれるの?」
しかしAzaleaの口をついて出てきたのは、己の欲求を満たす対象への問いであった。
「あんた、吸血鬼だとか、そういう手合いだろう?」喉を鳴らして受付の男は笑う。「ああ、売ってやるよ。いまだったら……、そうだな、1パック94ドルってとこだな」
Azaleaは己の財布の中身を確かめてみる、が、中に入っているのはMercurioが用立ててくれた100ドルだけだ。買えるのは1パックがせいぜいだ。94ドルという値段は適正なのだろうか。どうも、ぼられている気がする。
そこまで考えて、Azaleaは己がここにやって来た理由を思い出した。血を買いに来たのではなく、Lilyを探しに来たのだ。
「あの、血のことは兎も角、Lilyっていう人が来なかった? こういう女性なんだけど………」
とLilyは硝子窓越しにLilyの写真を見せる。
受付の男は、しばらくの間じっと写真を凝視していたが、やがて首を振った。「さぁねぇ。覚えちゃいねぇなぁ」
Azaleaはその態度に、不自然なものを感じ取った。
「あの、中に入れてもらうことはできない?」
「関係者以外、立ち入り禁止だね」
「ねぇ、いいでしょ?」
とAzaleaは胸元を開いたりなんてして、ありったけの色気を搾り出して、受付の男ににじり寄る。
男はにっこり笑ったので、Azaleaは安堵しかけた。
「死人とよろしくやるつもりはねぇな」
男の言葉と共に、静かに破裂したAzaleaの血力の弾丸がリノリウム製の床を貫いた。
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