アメリカか死か/11/05 The Water of Life-5

「よくもまぁ、この身体で歩いてきたものだ」
 どうやらRitaは、ここまではDogmeatに乗って来たらしい。
 気絶したDogmeatと、未だひとりでは満足に歩けないRitaを背負って、LynnはJamesたちの居る中央制御櫓へと向かった。

「五月蠅い、早く行け」
 と動けないながら、Ritaは急かす。手には銃を構え、敵を発見し次第、いつでも撃てる姿勢だ。手が震えているが、先ほどの腕前を見れば、いざというときの戦闘は彼女に任せても良さそうだ。とはいえ相手がPower Armorを着ているとなれば、いつでもああ都合良く倒せるとは限らないだろう。できるだけ警戒しながら進む。
「遅いぞ」
「警戒してるんだ」
「警戒するほどの敵じゃない。早く行けよ」とRitaはよく動く口でさらに急かす。
「あいつらが何なのか、知っているのか?」
「敵だ」
「そうじゃなくて……」
「知るわけないだろ、馬鹿。口よりも足を動かせ」

 喋っても無駄だった。
 Lynnは可能な限り警戒しつつ、足早に中央へと向かう。幸い、敵に見つかることはなかった。


 中央制御櫓。最後にJamesを見たその場所に、やはり彼はいた。無事だ。Li女史の助手のひとりである女性も一緒にいて、その周りをPower Armorを着た男たちが取り囲んでいる。いや、さらにもうひとり、長いコートを纏った男がJamesと向き合っていた。
 中央制御櫓は硝子隔壁が降りていて、中にいるJamesが障壁を解除してくれなければ、中には入れなさそうだ。Li女史や技術者たちは制御櫓の外にいて、心配そうに中の様子を伺っている。

「あいつらは?」
 とRitaがLi女史に問う。
「Rita……、どうしてここに?」と、彼女は驚いた表情になる。
「あいつらは?」
「彼らは、Enclave
「Enclave?」
「Rita、Lynn、あなたたち、ここまで来たってことは、Enclaveの兵士を倒してきたのね? 早く逃げなさい。あなたたちふたりなら、逃げられるかも……」
「父さんは?」
 とRitaの視線は、隔壁の向こう側のJamesにのみ向いていた。

「あなたがこの施設の管理者かね? この施設を現在より合衆国の管理下に置かれる。すべての物資と技術を明け渡せ」
 コートの男は、そう言っていた。
(合衆国?)
 懐かしい名だ。そう、この場所は、かつてはアメリカ合衆国と呼ばれた国だった。

 合衆国の管理を叫ぶこの男は、いったい。

「これは個人的なプロジェクトだ」とコートの男に対峙するJamesは、肩を竦める。「Enclaveには何の権限もないだろう。すぐにここから出ていけ」
「こちらにはあなたをEnclaveの主任研究員として迎える用意もできている。良い返事を期待したいのだが」
「残念ながら……」
「あれは蛮族の娘だな」とコートの男が隔壁越しにLynnとRitaを睨む。「成る程、蛮族の妻と娘を持つという話は本当だったようだな」
「あー、大佐とか言ったかな。こっちの話に戻っていいかい?」とJamesは冷静な調子でコートの男に向かう。「申し訳ないが、この施設はまだ稼動していないんだ。だから明け渡すも糞もない」
「これが最後の通達だ。施設を明け渡したまえ」
「まだテストも行っていないし……」

 Jamesの言葉が終わるか終らないかのうちに、大佐と呼ばれたコートの男は行動に出た。銃を抜くや否や、Jamesの傍らに立っていた助手のひとりを、撃ち殺したのだ。


「さて、これであなたが素直になってくれると助かるんだが。でないと、そこにいる蛮族の娘がどうなるか……」
「降参だ。大佐」
 とJamesは大佐と呼ばれた男の声を遮って、両の手を挙げた。ああ、降参だ、大佐。ぼくの負けだ。それは認めよう。彼はそう言った。笑顔で言い放った。
「負けた。だから一切の抵抗はしない。なので、これ以上の暴力的な行いは慎んでくれると助かる」
「それはあなた次第だ」
「ぼくは暴力は苦手なんだ」とJamesは肩を竦め、制御装置の操作盤に近づく。「それで、具体的にどうすればいいんだい? いま、この装置はロックされた状態なんだが」
「まずロックを解除しろ。パスワードは?」
「簡単なパスワードだよ」
 そう言ってJamesはこちらを一瞥した。Lynnを。いや、Ritaを?


 彼がキーを叩いた直後に、Jamesと大佐と呼ばれた男のそばで爆発が起きた。

 隔壁のおかげで、Lynnたちのところまで貫通してくることはなかったが、中にいたJamesや大佐と呼ばれた男、それにその取り巻きのPower Armorを着た兵士たちはもろにその衝撃を浴びたようだ。壁際まで吹っ飛ばされていた。
 爆心部は、櫓の中央部だったようだ。もっとも近くに居て衝撃を浴びたJamesは、倒れたまま動かない。
 だが少し離れた場所にいた、大佐と呼ばれた男や、Power Armorを着た兵士たちは、苦しそうに顔を歪ませはしたものの、すぐに起き上がってきた。

「よくもまぁ、騙してくれたな。起きろ。おまえの娘をぶち殺すぞ」
 銃を構え、隔壁に向かって構えた男は、しかし次の瞬間には銃を撃つのではなく、膝をついていた。彼だけではない。ほかの、Power Armorを着た兵士たちも。
 男たちは、鼻から血を流していた。

「なんてこと………」
 呟いたのは、Lynnたちの隣で彼らの様子を見ていたLi女史だった。
 Lynnにも、彼らの身体に何が起きたのか予想がついた。Pip-Boyのガイガーカウンターが激しい音を立て始めている。中で放射能が漏れているのだ。おそらくJamesが、やった。
「Jamesが、施設をオーバーロードさせた。あなたたちを守るために……」
「これ、どうやって開けるの?」とRitaはLi女史の話を聞いていない。Lynnの背中から、隔壁を力なく叩く。「早く、開けて! 父さんを、助けないと………
「Rita、それは無理よ。中は高密度の放射能で満たされている。開けたらみんな死んでしまう。それに、もうJamesは………」
「開けて!」


「昔使ったトンネルがあるの。そこからなら逃げられる」
「開けて! 父さんを……、父さんを助けて!」

 父さんを、父さんを、というRitaの声を耳元で受けながら、Lynnは未だ霞がかったような記憶ながら、昔のことを思い出していた。
 Lynnには父親がいなかった。母と妹の3人家族だった。母は優しかったが、父親がいないということに対しての寂しさは消えなかった。
「Lynn、きみがしたのは、とても誇らしいことだ」
 JamesはLynnに対してそう言った。言ったのだ。
 そしてその言葉がJamesにとって、どんな意図があったのであろうと、Lynnはこう思ったのだ。きっと父親とは、こういう人のことを言うのだろう、と。
 ああ、まさしくJamesは父親なのだ。Ritaの父親なのだ。
 もし自分にも父親がいたのならば、目の前で死のうとしているのならば、きっと助けたいと思うのだろう。

 Lynnは近くにいた技術者に、RitaとDogmeatを押し付けた。
「逃げるわけにはいかない」
 外ではないのに、昼でもないのに、Lynnは変身していた。


 ああ、目の前で助けたいと思う人がいるのだ。だからどんな状況であれ、変身できるのは当然だ。
 この力がどんなものなのかは知らない。一撃。隔壁にひびが入る。


 なぜこの力が身についたのかは知らない。一撃。隔壁の一部が崩れる。


 だがどんな力であろうと、なぜその力を得たのであろうと、もう一撃で、この隔壁を壊せる。

「やめろ!」
 濁ったその声は隔壁の内側から発せられていた。
 倒れていたJamesが床に手をつき、立ち上がった。


 その顔は血まみれで、その手は青白く、しかしはっきりと、まっすぐにこちらに向かって歩いてきた。
「逃げるんだ」
 子どもが親を助けたいと思うように、親は子の無事を願った。


 Lynnは頷いて、踵を返す。
 RitaやLi女史を護衛して、Lynnは走った。


 恩人の娘を守るため、Jefferson記念館の中を漆黒の風が駆け抜けた。


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