決戦前夜/時代1/Turn1 《イルルガングエの大呪疫》
3-094U 《イルルガングエの大呪疫》 |
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「かくして、見渡す限りの死が街を覆った。あらゆる祈りと言葉は虚しかった。」
~「災禍の黙示録 疫魔の章」より~
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バストリアの王都は灰に包まれていた。
呪疫の影響だろう。正確にいえば、呪疫から己らを護ろうとした結果か。動物植物無機物問わずに浸食する呪疫を食い止めるには、ただ燃え盛る火を使わざるを得なかったのだろう。
火で呪疫を食い止めようとしても、生き残ったのは一握りでしかない。災害獣とはなんと強大なものだろう。
「少し遅かったようだな」
《盗賊王 ギルスティン》が言い捨てれば、同行していた人物は黙って頷いた。
彼女はギルスティンと同様に目深にフード付きのローブを被っているとはいえ、流れるようなプラチナブロンドは目を惹いた。
であれば、ここは悪夢の廃都である。煌びやかな女が無防備に突っ立っていれば、傍らに護衛めいた男がいようとも、格好の獲物となる。
だが襲いかかって来た暴漢や盗賊どもは、いずれも女に触れることすらできず、どころか立っていることすらできずに膝をついた。崩れ落ちるように膝を落とし、頭と両の掌を灰被りの路面に押し付けているさまは、まるで帝王に助命を懇願している罪人のようだ。
ゼフィロンの雷力師から学んだという雷魔術により、盗賊たちの足を麻痺させるだけで降した《傭兵女帝 ベルスネ》は、鼻を鳴らしてすぐさま歩みを再会した。
(この女だけは怒らせたくないもんだ)
ギルスティンもその横を歩きながら、そんなことを思った。もちろん口には出さない。代わりに、「あいつはどこにいるんだろうな?」と、王都にやって来た目的の人物について問う。
ベルスネは無言で視線を巡らせると、崩れ落ちた建物に向けて歩き始めた。こちらにいるのだろうか。
路傍の前衛芸術と化した建物の傍にへたり込んでいたのは、幼い少女だった。服も髪も、元の色が判然としないほどに汚れ、ただ鳶色の瞳だけが光っている。
「大丈夫?」
目敏く少女を見つけたベルスネは、絹糸のような細い声を少女に投げかけるや、灰だらけのその身体を抱き上げる。
すると堰を切ったように少女の鳶色の目に涙が浮かび、大声で泣き出した。ベルスネに抱きついて、ここ数日で己の身体に降り掛かったあらゆる災害を身体から吐き出そうとするかのようだった。
(やれやれ………)
ギルスティンは溜め息を吐いた。ベルスネという女は、見た目に依らずというべきかか、見た目通りというべきか、弱者には優しいところがある。
しかし、このままこうして弱いものを救って歩いていたのでは、いつまで経っても目的に辿り着けない。
そうしたギルスティンの想いを汲み取ってくれたのか、あるいは単に少女の嗚咽が収まって来たからか、ベルスネは少女の身体を下ろし、自身が膝を折って少女に目線を合わせた。
「家族は?」
とベルスネが問えば、未だ瞳に浮かぶ涙を振るうかのように、少女の頭が振られる。もともといないのか、災害獣によって失われたか。状況を考えれば、後者だろう。
「そう。少し歩いてもいいなら、わたしと一緒に来る?」
何を言い出すのか、とギルスティンは言いたくなったが、遅かった。ベルスネの提案に少女は頷き、ふたり、手を繋いで歩き出す。こうなっては、いまさら止められない。でなくとも、ギルスティンは《傭兵女帝 ベルスネ》には逆らいたくはない。諦めて、後を追う。
「わたしは……、わたしたちは、人に呼ばれてここに来たの。真っ黒なひとなんだけど、あなた、見なかった?」
「おねえちゃんみたいな?」
と、落ち着きを取り戻した少女が首を傾げる。
「ううん、わたしみたいなダークエルフじゃなくって……」
「ダークエルフ?」
ダークエルフはバストリア王朝では疎んじられており、ゆえに幼子となると、その存在を知らなくても仕方が無い。大人でも、ダークエルフという種族のことは知っていても、実際見たことがある者となると少ないだろう。
「うん、ありがとう」と当たり前だというふうにベルスネは頷く。「それで、わたしたちが探しているひとのことなんだけど、肌が黒いんじゃなくて、黒い鎧を着ているの。そんなひと、見なかった?」
「見たよ」
少女が案内する先は、バストリア王城の真正面。
まさしくそこには、全身黒塗りの鎧を身に纏った男が倒れていた。
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