アメリカか死か/16/03 The Pitt -3
Vaultから一歩外を出れば、奇想天外な生き物だらけだ。
その代表格はSuper Mutantであり、FEVに感染した元人間ということも相まって、相対するときは恐怖感のみならず、強烈な嫌悪感に襲われた。
だからRitaは、Everletteという奴隷監督官に案内されたSteelyardという場所で襲い掛かってきた生き物を見たところで、いまさら驚きもしなかった。ただ吐き気を催しただけで。
「これがTrog……、なんだろうな」
飢餓状態の人間のように、腹だけ出た生き物は、ひとの形をしていた。その身体向けて、RitaはAuto Axeの刃を振り下ろした。
Auto Axeは、Wernherの仲間のMarcoという奴隷から受け取った、工作用機械だ。その回転する鋸状の刃を、倒れたTrogの頭に押し当てる。一瞬でTrogの頭は花のように開いた。
「ふぅ………」
Auto Axeを背負い直し、Ritaは溜め息を吐いた。仕事場は戦場だ、などという戦前の書物に書かれた言い回しを思い出す。確かに戦場だ、と。
いまのRitaの仕事は、このSteelyardでSteel Ingotを集めてくることだ。Mideaは、単純作業だ、などと言っていたが、Trogが襲い掛かってくるのだから、楽なものではない。おまけに、唯一の武器となるAuto Axeは重く、使い難かった。
幸いなことに、道中発見した死体の持ち物の中に、使い易そうなリヴォルヴァーがあった。迫りくるTrogや、SteelyardをねぐらにしているRaiderを蹴散らし、Ritaはインゴットを集めた。
「取って来たぞ」
SteelyardからMillへと戻り、この場所の担当だという奴隷監督官のEverletteにインゴットを渡すと、彼は「これ、全部か?」と目を丸くしていた。
「足りないか」
「いや……、十分だ。ちょっと待ってろ」
そう言うと、Everletteは棚を漁り始め、そこから幾つかの物品を持ち出して来て、テーブルの上に置いた。
「これをやる」
Everletteが置いたのは、武器防具の類であった。
「あんた……、奴隷監督官でしょ? で、わたしは奴隷だ。で、なんでこんなもんをくれる?」
「おまえの口調も奴隷の口の利き方じゃないがな……、まぁそれはいいや」とEverletteは黄色い歯を見せて笑う。「役立つからさ。おまえ、腕に覚えがあるんだろう? おまえみたいのがインゴットを取ってきてくれると、おれも助かるのさ。だから、持ってけ。自由に使っていいぞ。ただし、存分に働いてくれよな」
そこまで言うのであれば、Ritaには断る理由も無かった。武器防具の類を受け取っておく。
Downtownまで戻ると、Mideaが出迎えてくれた。
「ちょうど良いタイミングね。Arshurが奴隷を広場に集めさせてる」
「なんで」
「噂じゃ、闘技場を開催するつもりみたい。いまのところ、思惑通りってところね」
「闘技場?」
「言ったままの意味。奴隷と闘士を戦わせるの。Arshurの趣向ね」とMideaが説明する。「勝てば褒美として自由が得られる。でも重要なのは、Arshurから治療法を奪うこと。勝った奴隷には、Arshurと目通りがかなう。そのときにArshurの城に入って、治療法を奪う」
「あ、そう。頑張ってね」
「あなたが、よ」
「あんたら、よくそんなふうに自分勝手にやっていけるもんだな」
そんなふうにRitaが皮肉を言うと、Mideaはいやにしおらしい顔になって、殆ど消え入りそうな声で応じた。「そう……、そうね。確かに、自分勝手ね」
自責の念があるのはいいのだが、結局Mideaは作戦を変えてはくれなかった。広場に集まったのち、彼女は奴隷闘士としてRitaを推挙した。ほかに立候補者がいなかったため、それは受け入れられた。
闘技場だなんていうから身構えてしまったものの、なんてことはない、銃の持ち込みが可能な殺し合いというだけのことだ。相手はSuper Mutantではなく、ただの人間で、武装しているというだけのこと。
ならば負けるはずがなかった。
3連勝。Ritaは一瞬にして、奴隷の身分から自由の身となった。
「あんた、すごいね。あのGruberにも勝っちゃうなんて……」
闘技場で細かい手続きをしてくれた女性、Faydraが感嘆の声をあげた。
「なんかすごいやつだったの? 武装はしっかりしていたけど」
「前に開かれた闘技場で勝った奴隷だよ。いまはArshurのもとで用心棒をやってたはず」
「あ、そう」
RitaはFaydraから視線を外した。話に興味が無いわけではなかった。ただ、Faydraの姿が見るに堪えなかったのだ。
こんなことを言うのは失礼になるだろう。だが、Faydraの肌は、全身錆びたように朽ち果てていた。いや、彼女だけではない。奴隷たちはほとんどが彼女のように肌がぼろぼろだった。
おそらくはMideaやWernherが言っていた病のせいだろう。そしてその治療法は、Arshurが握っているという。
Arshurの使いであるという男が、Ritaに城に来るように言ってきた。チャンピオンに興味があるらしい。銃の腕目当てということだろう。
「良かったね。あんたの腕なら、たぶんやっていけると思う。Arshurのところは汚染が弱いしね……、あんたもこんなふうになる前に、行ったほうがいいよ」
Faydraは己の腕を持ち上げて、自嘲気味に言った。Ritaの視線の意味に気づいたのかもしれない。
Ritaは何も言えずに、闘技場を出た。Arshurの使いに案内されて、外へと出る。
Arshurの城、Haven。
その前に佇むは、鈍色の巨人。
「悪趣味なモニュメント……」
Ritaは言葉とともに唾を吐き捨てる。
作り物の巨人の腹の中には焼けた肉や骨が詰まっている。あるいはこれは、囚人を閉じ込めて焼き殺すための拷問器具なのかもしれない。
(ようやく対面か)
見張りに促されてエレベータに乗り、最上階まで昇りながら、Ritaはこれから為すべきことを考えた。病の治療法を、Arshurの手から奪う。そのためには、何人か、いや、もっと殺さなければならないだろう。
Ritaは急ごしらえのホルスターの中の銃を確かめる。G.E.C.K.を得られるかもしれない機会に飛び込んできたようなものだが、結果としてはこのPittの奴隷たちを救うことになるのだろう。いや、もともとそういう話だったか。
エレベータのドアが開く。目の前の通路の先の部屋に、執務椅子に腰かける黒人の男と、それに相対する奴隷監督官の姿が見えた。黒人のほうが、Arshurだ。
「Arshurさま、Wernherのやつが戻ってきたという噂が奴隷どもの間で流れています」
と、奴隷監督官の声はRitaのところまで聞こえてきた。
「労働者、だ」
応じるArshurの声は、Ritaが想定していたものより、だいぶん落ち着いた、理知的なものだった。
「え?」
「奴隷、ではない。彼らのことは、労働者と呼ぶよう言っているだろう」
「あ、はい、ええ。すみません」
「とりあえず、話はここまでだ。Wernherには警戒するように。わたしはチャンピオンと話がある」
部屋に入ってきたRitaを見とめ、Arshurは両手を広げて歓待した。
だがRitaはArshurのことを見ていなかった。
「Rita」
その声は、Arshurの部屋に備えられた、客を出迎えるためであろう長椅子から聞こえてきた。
Ritaは言わずにはいられなかった。
「Lynn……、あんた、なんでこんなところにいるんだ」
と。
その代表格はSuper Mutantであり、FEVに感染した元人間ということも相まって、相対するときは恐怖感のみならず、強烈な嫌悪感に襲われた。
だからRitaは、Everletteという奴隷監督官に案内されたSteelyardという場所で襲い掛かってきた生き物を見たところで、いまさら驚きもしなかった。ただ吐き気を催しただけで。
「これがTrog……、なんだろうな」
飢餓状態の人間のように、腹だけ出た生き物は、ひとの形をしていた。その身体向けて、RitaはAuto Axeの刃を振り下ろした。
Auto Axeは、Wernherの仲間のMarcoという奴隷から受け取った、工作用機械だ。その回転する鋸状の刃を、倒れたTrogの頭に押し当てる。一瞬でTrogの頭は花のように開いた。
Added: Auto Axe
「ふぅ………」
Auto Axeを背負い直し、Ritaは溜め息を吐いた。仕事場は戦場だ、などという戦前の書物に書かれた言い回しを思い出す。確かに戦場だ、と。
いまのRitaの仕事は、このSteelyardでSteel Ingotを集めてくることだ。Mideaは、単純作業だ、などと言っていたが、Trogが襲い掛かってくるのだから、楽なものではない。おまけに、唯一の武器となるAuto Axeは重く、使い難かった。
幸いなことに、道中発見した死体の持ち物の中に、使い易そうなリヴォルヴァーがあった。迫りくるTrogや、SteelyardをねぐらにしているRaiderを蹴散らし、Ritaはインゴットを集めた。
Added: Wild Bill's Sidearm
「取って来たぞ」
SteelyardからMillへと戻り、この場所の担当だという奴隷監督官のEverletteにインゴットを渡すと、彼は「これ、全部か?」と目を丸くしていた。
「足りないか」
「いや……、十分だ。ちょっと待ってろ」
そう言うと、Everletteは棚を漁り始め、そこから幾つかの物品を持ち出して来て、テーブルの上に置いた。
「これをやる」
Everletteが置いたのは、武器防具の類であった。
Added: Steel Knuckles
Added: Filtration Helmet
Added: Metal Master Armor
「あんた……、奴隷監督官でしょ? で、わたしは奴隷だ。で、なんでこんなもんをくれる?」
「おまえの口調も奴隷の口の利き方じゃないがな……、まぁそれはいいや」とEverletteは黄色い歯を見せて笑う。「役立つからさ。おまえ、腕に覚えがあるんだろう? おまえみたいのがインゴットを取ってきてくれると、おれも助かるのさ。だから、持ってけ。自由に使っていいぞ。ただし、存分に働いてくれよな」
そこまで言うのであれば、Ritaには断る理由も無かった。武器防具の類を受け取っておく。
Downtownまで戻ると、Mideaが出迎えてくれた。
「ちょうど良いタイミングね。Arshurが奴隷を広場に集めさせてる」
「なんで」
「噂じゃ、闘技場を開催するつもりみたい。いまのところ、思惑通りってところね」
「闘技場?」
「言ったままの意味。奴隷と闘士を戦わせるの。Arshurの趣向ね」とMideaが説明する。「勝てば褒美として自由が得られる。でも重要なのは、Arshurから治療法を奪うこと。勝った奴隷には、Arshurと目通りがかなう。そのときにArshurの城に入って、治療法を奪う」
「あ、そう。頑張ってね」
「あなたが、よ」
「あんたら、よくそんなふうに自分勝手にやっていけるもんだな」
そんなふうにRitaが皮肉を言うと、Mideaはいやにしおらしい顔になって、殆ど消え入りそうな声で応じた。「そう……、そうね。確かに、自分勝手ね」
自責の念があるのはいいのだが、結局Mideaは作戦を変えてはくれなかった。広場に集まったのち、彼女は奴隷闘士としてRitaを推挙した。ほかに立候補者がいなかったため、それは受け入れられた。
闘技場だなんていうから身構えてしまったものの、なんてことはない、銃の持ち込みが可能な殺し合いというだけのことだ。相手はSuper Mutantではなく、ただの人間で、武装しているというだけのこと。
ならば負けるはずがなかった。
3連勝。Ritaは一瞬にして、奴隷の身分から自由の身となった。
「あんた、すごいね。あのGruberにも勝っちゃうなんて……」
闘技場で細かい手続きをしてくれた女性、Faydraが感嘆の声をあげた。
「なんかすごいやつだったの? 武装はしっかりしていたけど」
「前に開かれた闘技場で勝った奴隷だよ。いまはArshurのもとで用心棒をやってたはず」
「あ、そう」
RitaはFaydraから視線を外した。話に興味が無いわけではなかった。ただ、Faydraの姿が見るに堪えなかったのだ。
こんなことを言うのは失礼になるだろう。だが、Faydraの肌は、全身錆びたように朽ち果てていた。いや、彼女だけではない。奴隷たちはほとんどが彼女のように肌がぼろぼろだった。
おそらくはMideaやWernherが言っていた病のせいだろう。そしてその治療法は、Arshurが握っているという。
Arshurの使いであるという男が、Ritaに城に来るように言ってきた。チャンピオンに興味があるらしい。銃の腕目当てということだろう。
「良かったね。あんたの腕なら、たぶんやっていけると思う。Arshurのところは汚染が弱いしね……、あんたもこんなふうになる前に、行ったほうがいいよ」
Faydraは己の腕を持ち上げて、自嘲気味に言った。Ritaの視線の意味に気づいたのかもしれない。
Ritaは何も言えずに、闘技場を出た。Arshurの使いに案内されて、外へと出る。
Arshurの城、Haven。
その前に佇むは、鈍色の巨人。
「悪趣味なモニュメント……」
Ritaは言葉とともに唾を吐き捨てる。
作り物の巨人の腹の中には焼けた肉や骨が詰まっている。あるいはこれは、囚人を閉じ込めて焼き殺すための拷問器具なのかもしれない。
(ようやく対面か)
見張りに促されてエレベータに乗り、最上階まで昇りながら、Ritaはこれから為すべきことを考えた。病の治療法を、Arshurの手から奪う。そのためには、何人か、いや、もっと殺さなければならないだろう。
Ritaは急ごしらえのホルスターの中の銃を確かめる。G.E.C.K.を得られるかもしれない機会に飛び込んできたようなものだが、結果としてはこのPittの奴隷たちを救うことになるのだろう。いや、もともとそういう話だったか。
エレベータのドアが開く。目の前の通路の先の部屋に、執務椅子に腰かける黒人の男と、それに相対する奴隷監督官の姿が見えた。黒人のほうが、Arshurだ。
「Arshurさま、Wernherのやつが戻ってきたという噂が奴隷どもの間で流れています」
と、奴隷監督官の声はRitaのところまで聞こえてきた。
「労働者、だ」
応じるArshurの声は、Ritaが想定していたものより、だいぶん落ち着いた、理知的なものだった。
「え?」
「奴隷、ではない。彼らのことは、労働者と呼ぶよう言っているだろう」
「あ、はい、ええ。すみません」
「とりあえず、話はここまでだ。Wernherには警戒するように。わたしはチャンピオンと話がある」
部屋に入ってきたRitaを見とめ、Arshurは両手を広げて歓待した。
だがRitaはArshurのことを見ていなかった。
「Rita」
その声は、Arshurの部屋に備えられた、客を出迎えるためであろう長椅子から聞こえてきた。
Ritaは言わずにはいられなかった。
「Lynn……、あんた、なんでこんなところにいるんだ」
と。
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