■目次

    • 《エリザベート・バートリー》&《鉄の鳥籠》
    • 《ニーチェ》
    • 《アレクサンドロス三世》&《アレクサンドリアの大灯台》
    • 《サラスヴァティ》
  • PR
    • 《ニュートン》
    • 《鞍馬天狗》




5-072R《エリザベート・バートリー》 & 5-089C《鉄の鳥籠》
東欧史

 一般に血を吸うのがヴァンパイア vampire の特質と考えられ、日本語の「吸血鬼」などまさにその性質のみに基づく命名だが、東欧の「吸血鬼」が血を吸うことは決して多くない。第Ⅱ章では「血を吸う」と文献にあれば全部書き出すようにしたので、一見すると多そうだが、事例を眺め渡せばその例はむしろ少ないと言っていい。血を吸うというのは夢魔や魔女についても多く語られ、いわゆる「吸血鬼」と比較しても遜色ない。「吸血」は「吸血鬼」の本質ではないのだ。血は体液のひとつであり、したがって夢魔(寝ている人と性的に交わる淫魔を含む)や魔女が乳や精液を奪うのと同列で等価である。「生気を奪う」の比喩的具象化と考えてもいい。
『吸血鬼伝承 「生ける死体」の民俗学』, 平賀英一郎, 中公新書, 2000. p132-133より

 《ヴラド・ツェペシュ》の時代から約1世紀が過ぎた時代に、同じくトランシルヴァニアで産まれた女吸血鬼。《ヴラド・ツェペシュ》のワラキア公家とは姻戚関係にある。

 「血の伯爵夫人」の通称で知られるハンガリーの貴族。トランシルヴァニアの豪族、バートリー家に生まれ、15歳での結婚ののちもこの姓を名乗り続けた。バートリー家は代々近親婚を続けた結果、近親縁者は色情狂や同性愛者、悪魔崇拝者ばかりだったといわれている。
 結婚後、彼女はまず下男を使ってドロテアやダルヴァリといった魔女らと親交を持ち、姑の腰元や下女を地下室に閉じ込めて拷問にかけて殺害するなどの狂気に満ちた行動に出る。
 40歳になった頃、夫が死亡。配偶者の目を気にする必要がなくなった彼女は姑を殺害したのちには、権力を掌握。地獄が始まる。

 1610年に逮捕され、終身禁固刑を言い渡される。1614年に死亡する。死ぬまでの正確な犠牲者の数は不明である。


エリザベート・バートリーが攻撃か防御したとき、あなたの捨て札置き場にあるユニットカードを1枚ゲームから除外する。そうしたならば、ターンの終わりまでエリザベート・バートリーのパワーとATKをそれぞれ+1000、+1する。
 いつものようにメイドの少女を血塗れになるほど折檻したある日、《エリザベート・バートリー》は少女の返り血がついた部分が若返っているような錯覚を覚えた。

 処女の血に若返りの作用があると確信した《エリザベート・バートリー》は城や領地から若い処女を集め、さまざまな拷問器具を用いて少女の血を絞り、全身に浴びるようになった。犠牲者の正確な人数は不明である。
 処女の血によって、実際に若返り作用があったのかはともかく、《エリザベート・バートリー》はそれを信じ込んでいた。であるがゆえ、実際に糧を得ることでその力を増しても不思議ではない。


対戦相手のユニットが戦場から捨て札置き場に置かれたとき、1ライフを得る。
対戦相手のユニットが戦場から捨て札置き場に置かれたとき、対戦相手に1ダメージを与える。
 爪の間や乳房に針を刺す、口を針で縫う、焼けた火掻き棒を口に突っ込むなどといったことは彼女にとっては前戯に過ぎない。
 《エリザベート・バートリー》は単に攫ってきた処女を殺し、血を集めるのではなく、その過程を楽しむためにさまざまな拷問器具を考案した。

 たとえば鉄の処女(アイアンメイデン)は聖母を象った筒の中に内向きに針がついている構造で、中に人間を入れて扉を閉めると針が突き刺さり、血が流れ出す構造になっている。
 《鉄の鳥籠》もそんな拷問器具のひとつである。鉄の処女と同様、檻の中に内向きの針がついており、身動きしようとすると針が刺さり、血が流れ出ていくようになっている。時間が経つほどにその効果は高まり、《エリザベート・バートリー》の渇きを満たす。




5-082S《ニーチェ》
近代史

 君の徳は、うんと高貴であるべきだ。名前で呼ばれるほど馴れ馴れしいものであってはならない。どうしてもそれについて語らなければならないときは、たどたどしく語ることを恥ずかしいと思うな。
 たどたどしく言えばいいのだ。「これが私の善なんです。私が愛してる善なんです。こんなに私は気に入っているんです。こんなふうにしか私は善を望みません。
 善を、神の掟としては望みません。人間界の規約・必需品としては望みません。それを、地上を超えた世界や天国への道しるべにするべきではない。
 地上の徳なんですよ、私が愛するのは。この徳は、あんまり利口ではないし、みなさんがもっている理性もほとんどもっていない。
 でも、この徳は、鳥のように私のところで巣をつくった。だから私はこの鳥を愛し、胸に抱くわけです。――いま、この鳥は私のところで金の卵を温めている」
 こんなふうにたどたどしくしゃべって、君は自分の徳をたたえるといい。
『ツァラトゥストラ』上, ニーチェ, 丘沢静也 訳, 光文社, 2010. 『喜びの情熱と苦しさの情熱について』, p68より

 著書のひとつである『ツァラトゥストラ』を「ドイツ語で書かれた最も深い作品」と自称する哲学者。

 哲学とは、その定義に関しては幾つかの曖昧さを持つが、形而上学的な事実を明らかにする学問であると述べることができる。形而上学的な事実とは、観察可能な事実を超えた事実を指す。言い換えれば、知りえぬものを知ろうとする学問である。
 であるがゆえ、哲学は役には立たない。
 だが、「いかに生きるべきか」を指し示すことで、生の価値を見出す。《ニーチェ》が見出した形而上学な事実は、「神は死んだ」という言葉に凝縮されている。


あなたの時代が発展したとき、対戦相手のユニットを1体選ぶ。それの上に神カウンターを1個置く。ニーチェが戦場から捨て札置き場に置かれたとき、神カウンターが置かれているユニットを1体選ぶ。それを破壊してもよい。
 「神は死んだ」という言葉の背景にあるのはキリスト教の道徳批判である。
 《ニーチェ》が生きた19世紀は産業革命によって資本主義が興隆し、科学の進歩とともに宗教の力が軽んじられ始めた時代である。軽んじられ始めたといっても、未だ西欧諸国ではキリスト今日が強い力を発揮し、あらゆる生活に根差し、生活基盤を作っていた。
 だが《ニーチェ》は、キリスト教における神の存在は、人間がもともと持っていた力を弱めさせるものであるとし、『ツァストゥラはかく語りき』において、「神は死んだ」と弾劾する。

 もともとキリスト教では、人間は原罪を背負っている。原初の人間、アダムとイヴがエデンのリンゴを食べたその日から。
 であるがゆえ、キリスト教徒の最終到達目標はその原罪を洗い流すことであり、生は死へ至るまでの贖罪に過ぎない。
 そうした価値観があるがゆえ、キリスト教徒はさまざまなルールに規定されることになる。《ニーチェ》はこうした価値観からの脱却を唱えた。自然の摂理に従い、虚飾の神から脱却することを願ったのだ。
 これは言い換えれば、道徳や良心といった価値観の破壊である。
 神からの脱却を図り、新しい思想と価値観を得る。その先にある存在を、《ニーチェ》は人を超えた存在、すなわち「超人」と呼んだ。



5-093R《アレクサンドロス三世》 & 5-112U《アレクサンドリアの大灯台》
ヨーロッパ・アジア史

「マケドニアのアレクサンドロス大王は、ひとつも嘘をつかなかっただろうか」
「と申されましても……」
「私はアレクサンドロス大王になろうと誓ったのだ」
『カエサルを撃て』, 佐藤賢一, 中公文庫, 2004. p180より

 古代マケドニア王国の王。アレキサンダー大王といえば、一般に《アレクサンドロス三世》を指す。《ユリウス・カエサル》や《ハンニバル・バルカ》など、さまざまな英雄に英雄視された、英雄の中の英雄。

 紀元前357年に産まれたのち、ギリシア軍との戦争に幾度となく参加、勝利を収める。紀元前336年に妹の結婚式で父王が暗殺されたあとは、《アレクサンドロス三世》は若き王となり玉座を手にする。
 王となったのちには素早くトラキアを平定。ギリシアを制圧したのちには小アジアへと上陸し、遠征一年目にして小アジアの西半分を制圧する。その後も進撃は続いたものの、酒宴の最中に急死する。


あなたのユニットが対戦相手にダメージを与えたとき、対戦相手のユニットを1体選ぶ。それをワイプする。その後、ターンの終わりまでアレクサンドロス三世のレベルを-1する(レベルは0以下にならない)。
 《アレクサンドロス三世》の軍隊の強みは、電光石火ともいえる速さであった。そうした素早い行軍を可能にしていたのが、身軽な軍隊である。
 当時の軍隊といえば、重装歩兵ひとりに対して召使いひとりを伴うのが普通であり、スパルタ人に至っては7人もの奴隷を引き連れていた。行軍が遅いのも当然である。
 しかし《アレクサンドロス三世》のマケドニア軍は、兵士の荷車の使用を禁じ、個々人に武器や食料を運ばせることで、軍隊の機動力を高めた。さらに兵には厳格な訓練を施し、戦闘前には武装をさせ、行軍と同じ状態で50kmの道程を走らせて鍛えたといわれている。

 電光石火の軍隊を率いていた《アレクサンドロス三世》は、単に指揮官として優れていただけではなく、武人としても優秀であった。
 戦場では大きな白い羽根飾りをした兜を被り、自ら槍を振るって戦線に立ったといわれており、英雄らしい戦いぶりを見せつけた。


『 突破 4 』
 《アレクサンドロス三世》に関連した慣用句に「ゴルディオンの結び目」というものがある。

 小アジア進行中に駐屯していたゴルディオンという場所には、古代の王ミダスが奉納した荷車があり、その轅の紐の硬い結び目の解いたものはアジア王になるという伝説があった。
 《アレクサンドロス三世》はこの固い結び目を解くために、扱いにくい紐に指をかけるのではなく、剣を抜いて一刀両断して結び目を開放した。
 「ゴルディオンの結び目」という言葉は、この逸話が転じて、難問を一気に解決するという意味で使われる。一見して単純な方法こそが物事を突破する力を持つのである。


『 準備3 条件(あなたのユニットが対戦相手にダメージを与えたとき) 』 アレクサンドリアの大灯台に準備カウンターが置かれていないならば、あなたのすべてのユニットのレベルをⅠにする。
 《アレクサンドリアの大灯台》は《アレクサンドロス三世》によってエジプトに制定された都市、アレクサンドリアに存在していた建築物である。古代の世界七不思議で知られる。
 完成した《アレクサンドリアの大灯台》は、頂上部に置かれた鏡が光を集光し、敵船を焼き尽くす光を放ったという伝説がある。もしそれが事実であるならば、この時代とは思えぬ技術であるが、真相は定かではない。



5-097S《サラスヴァティ》
インド神話

 気候工学については、様々な意見がある。技術的に懐疑的な意見もあれば、倫理的に受け入れられないという人もいるだろう。意見の相違は当然だ。大事なのはそれを公共の場で議論していくことだ。国際的な議論は既に始まっており、日本も、否が応でも議論に巻き込まれていく。気候工学が対象とするのは、たった1つの地球なのだから。
『気候工学入門 新たな温暖化対策 ジオエンジニアリング』, 杉山昌広, 日刊工業新聞社, 2011. p9より.

 ヒンドゥー教の三大神の一神、宇宙の維持神であるヴィシュヌの三人の妃のうちのひとりであったといわれている。妃同士の仲が悪かったため、のちには宇宙の創造神であるブラフマーの妻になる。弁舌は達者で、学問と社交性に優れる。

 日本では七福神の紅一点、弁財天として知られる。学問、弁舌、音楽、富などの神である。学芸の信仰対象としては弁才天、財富の信仰対象としては弁財天と書き分けることもある。


【カテゴリ(楽器)】のヒストリーがあなたの戦場に配置されたとき、カードを1枚引く。
[W]、【カテゴリ(楽器)】のヒストリーを1個犠牲にする:ユニットを1体選んでいるアビリティを1個選ぶ。それを別のユニット1体に選び直してもよい。
 サラスは梵語で「水」を意味し、《サラスヴァティ》では「水を持つ者」の意味となる。
 インドにはサラスヴァティ河という河があり、これを神格化した女神だと言われている。
 インドの聖典『リグ・ヴェーダ』では、《サラスヴァティ》は流れを作り、敵に対する妨害となると同時に、味方を守る金属の防壁となる、と述べられている。

 また、音楽と直接的な関連性があるわけではないが、そうした川のイメージから、弁財天は淀みない弁舌や音楽を連想させるため、弁舌や音楽の女神として信仰されている。これに関連してか、密教の弁財天像では琵琶を携えていることが多い。




PR-038《鞍馬天狗》
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日本史

Q、その昔、源義経が押さなくて牛若丸といった時、山城の国鞍馬山におかれ、かの山に住む僧正坊という天狗に、武術の奥義を習い受けられたよし。(中略)剣術棒などの稽古のやり方はどんなものか。
A、剣術稽古の始めには、まず豆をつかんで口に含み、一粒ずつ吹き出して、太刀で打ち落とし、千粒全部打ち落とすようになったら、二粒ずつ吹き出して打ち落とし、後に三、四粒ずつ吹き出して、両の手で持った刀で打ち落とし、この稽古がよく上達すると、甲冑を着て真剣試合をします。
『義経伝説 判官びいき集大成』, 鈴木健一 編, 小学館, 2004. p22より

 《源義経》の幼少期、世は平家全盛期であり、常盤御前は彼を女手一つでは守り切れぬと考え、鞍馬山へと預けた。東光坊の阿闍梨のもとで学ぶことになった《源義経》だが、学問に集中してほかのどんな子よりも熱心に成果を挙げたとも、餓鬼大将となって囲碁や双六に明け暮れ、野山を駆け回っていたとも伝えられる。
 成長するにつれて自身の来歴と平家への恨みを知った《源義経》は、天狗の住処と伝えられる貴船神社の近くで特訓を始める。
 『平治物語』や『太平記』によれば、《源義経》はひとりで特訓を行ったのではなく、愛宕・高雄の天狗に武芸の稽古をしてもらったのだと伝えられている。そのために、尋常のものではない速足や高跳びを身に付けたのだ、と。

あなたの鞍馬天狗以外のユニットが攻撃しとき時、ターンの終わりまで鞍馬天狗のレベルを-1する(レベルは0以下にならない)。
鞍馬天狗のレベルがⅠならば、鞍馬天狗は『速攻』を持ち、鞍馬天狗よりパワーの高いユニットに防御されない。
 天狗という単語が日本で初めて登場するのは、奈良時代の歴史書『日本書紀』が初めてであり、このときは爆音を伴う流星の意味で述べられている(天狗=あま・きつね)。
 これが転じて、山中での怪音を示す「天狗倒し」のように使われ、さらに超常の妖魔の意味になったと言われている。

 ゆえに《源義経》を鍛えた《鞍馬天狗》にしろ、その手助けは慈悲の心に依るものではなく、悪鬼妖怪としての愉悦ゆえだったといわれている。当時は平家が独裁者となり、世を支配してはいたが、太平の世であった。《鞍馬天狗》にはそれが気に入らなかったのだ、と。
 天狗はそうそう動かない。妖魔だからだ。簡単に人目につくものではないからだ。
 だが《源義経》のように、そうとは知らずに妖魔の手助けをするものがいるならば、《鞍馬天狗》は山から下りて世を賑わせる




PR-041《ニュートン》
西欧史

 リンゴ自体に意味があるわけではない。言うなれば、それは月の腕白な双子の弟のようなものだ。リンゴも月も地球に向けて落ちる。ただし月は直線からそれて、地球のまわりに落ちていくのだ。
『ニュートンの海』, ジェイムズ・グリック, 大貫昌子 訳, NHK出版, 2005. p87より

 物理学者。科学者。哲学者。数学者。神学者。錬金術師。

 1642年のクリスマス、イングランドの田舎村、リンカンシアに農民であった同名の父、アイザック・ニュートンの子として生まれる。
 父の死後、母の再婚の邪魔者となった《ニュートン》は3歳の頃にウールズソープの祖母の家に預けられる。祖母の下で塾に通い、読み書きと算学を取得する。けして裕福ではなく、体格にも劣る《ニュートン》にとって学問は拠り所であった。
 16歳になった頃、母親から呼び戻され、農家を継がざるを得なくなったが、農家には向いておらず、牧師であった叔父のとりなしでケンブリッジ大学に通えるようになる。そして大学で徐々にその頭角を表しはじめる。
 哲学、自然科学、そして数学を学んだ彼は、世界を支配するひとつの法則を発見する。それはあらゆる人間が目にしながら、無視してきた力……、万有引力と呼ばれることになる力であった。


あなたのユニットかあなたのヒストリーの上に置かれている宝珠カウンターかりんごカウンターが取り除かれたとき、対戦相手のユニットを1体選ぶ。それをワイプする。この方法で取り除かれたカウンターがりんごカウンターならば、それは次の対戦相手の回復フェイズに回復しない。このアビリティは1ターンに1回しかトリガーしない。
 万有引力の発見ののち、《ニュートン》は少なくとも4人の人間に、故郷のウールズソープの庭に生えていたりんごに、万有引力の発見に関してヒントを得たと述べている。
 ただし、一般に言われているように、りんごが落ちたのを見たのかどうかは不明である。

 《ニュートン》は細胞の命名者として知られるロバート・フックとの書簡で、自身の業績に関して、「巨人の肩に乗ったからだ」と表現している。他人の研究成果があったからこそ、自身も結果を生み出すことができたのだ、と。
 それを象徴するかのように、《ニュートン》は単体ではそのアビリティを使用することができない。なんらかの作用でトリガーが引かれない限り。りんごが地球に向かって落ちない限り。

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引用と参考文献
『図解 吸血鬼』, 森瀬繚・静川 龍宗 編著, 新紀元社, 2006.
『吸血鬼伝承 「生ける死体」の民俗学』, 平賀英一郎, 中公新書, 2000.
『ツァラトゥストラ』, ニーチェ, 丘沢静也 訳, 光文社, 2010.
『ツチヤ教授の哲学講義 哲学で何がわかるか?』, 土屋賢二, 文藝春秋, 2011.
『図解 アレクサンドロス大王』, 森谷公俊 著・鈴木革 写真, 川出書房新社, 2013.
『カエサルを撃て』, 佐藤賢一, 中公文庫, 2004.
『福を呼ぶ・幸運を呼ぶ 七福神』, 佐藤達玄・金子和弘, 木耳社, 1989.
『気候工学入門 新たな温暖化対策 ジオエンジニアリング』, 杉山昌広, 日刊工業新聞社, 2011.
『ニュートンの海』, ジェイムズ・グリック, 大貫昌子 訳, NHK出版, 2005.
『義経伝説 判官びいき集大成』, 鈴木健一 編, 小学館, 2004.
『天狗よ! 変革を仕掛けた魔妖』, 百瀬明治, 文英堂, 2001.

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