展覧会/『CARTE』/Ep4-1《氾濫》

▮《ミケイラ/Mikhaila》、騎兵隊を派遣すること


 巨人族から《盗んだ知識/Stolen Piece of Knowledgement》の解読のヒントを知った《アルゼン家一代目の当主/First Head of Ahreujen》は、雪原を越えて戻ろうとしていました。

 凍えるような風が吹き付けていましたが、少しも寒さを感じる様子を見せることはなく、彼の青白い皮膚と銀灰色の髪は極地方に住む狼と同じ印象を与えました。
 帰還しようとしていた彼の足を止めたのは、まったく歳を取っていない、いや、むしろ若返ったような姿で現れた《ミケイラ/Mikhaila》でした。

「死体が腐ったような臭いがあとを付いてくることには気付いていたが、まさかきみだとはな」
「口を開けば血の臭いしかしないのは相変わらずですね。わたしたちの子どもにその歯を譲ったのではないのですか?」
「申し訳ないが、高貴な血族の継承者に墓荒らしを据えることはできないな」
「本当に自己中心的ですね。もう話すことはありません。消えろ」

4-4/1577R《ミケイラの手/Mikhaila's Touch》

 《ミケイラの手/Mikhaila's Touch》が持ち上がるとゾンビが四方に現れましたが、血族の主は微動だにしませんでした。新鮮な血が流れ出るのが惜しかったのでしょう。

 一触即発の状況で、ふたりの間に立つ者がありました。
 《ドッペルゲンガーの剣/Sword of Doppelganger》を携えた《ヴィンセント/Vincent》でした。
「お話中のところをお邪魔して申し訳ありませんが、ヴァイオレットさまからの伝言があります」

「大したタマだな、ヴィンセントよ。わたしたちの前に剣を携えて現れるとは、命が惜しく無いようだ」
「新たな魔王が、いったい何の目的でおまえを送ってきたというのですか?」」
 今まさに始めようとしていた戦いを邪魔されたことに血族の長は機嫌を損ねたようでしたが、ミケイラは関心を示しました。

 ヴィンセントがドライアドが暴走しているシエリオンの状況について説明しましたが、それに対する反応もまた同様に真逆でした。
「食べることができない木の根っこのことなど、幾ら大騒ぎしてもそれだけのことだ」
「あの半永久的な生命力の源泉については以前から気になっていたんですよ。一度赴いてみるべきでしょうね」

「ミケイラさまが助成に来てくだされば、われわれにとっては大きな助けになります」
「よろしい、ヴィンセントよ。わたしの騎兵隊を送りましょう。アルゼン家の若造とは比較にはならないほどの戦力になるでしょうから」

4-1-65/1375C《ミケイラの騎兵隊/Mikhaila's Cavalry》
「よろしい、ヴィンセントよ。わたしの騎兵隊を送りましょう。アルゼン家の若造とは比較にはならないほどの戦力になるでしょうから」

「ありがとうございます、死者の女王よ。それでは主にあなたの意を伝えます」
 現れたときと同じように、ヴィンセントは音も無く消えました。沈黙の鉤爪という名前にまさしく一寸も遜色が無い去り様でした。

 新たな力を得るためにその場を離れるミケイラの後ろ姿に、原初の血族もまた一瞥もくれずに己の道に向かって動き出すのでした。


▮《アニル・ルーレシ/Anil Luleci》、森の放棄を決断すること


 大樹シエナを中心に集まった森の住民たちはドライアドと必死になって戦いましたが、際限ない生命力に対しては抵抗も瑣末なものとなってしまいました。
 《アニル・ルーレシ/Anil Luleci》はもはやシエナを放棄して逃げなければならない状況に陥っているということを悟りました。
 アニルが退却を指示すると、すぐさま巨大な《漆黒木の大蛇/Jet Black Tree Imoogi》がドライアドの包囲網を突き抜けました。その勢いは木々が薙ぎ倒され、山は引っ繰り返るほどでした。

4-1-74/1384R《漆黒木の大蛇/Jet Black Tree Imoogi》
巨大な大蛇がドライアドの包囲網を突き抜けた。その勢いは木々が薙ぎ倒され、山は引っ繰り返るほどだった。

「わたしが時間を稼ぐ。オメル、住民たちを安全に退避させて」
 アニルは腰に巻いていた小袋の紐を解きました。すると落ちたシエナの種が育ち始め、蔓枝に巻き付きました。包囲されたシエナの周囲で、森の魂が危険を感じたようにぼうっと涌き上がりました。
「あなたたちが戦ってくれようとしているのは理解している。でも、今は我慢して」

 抜け出そうとする森の住人たちと、それを防ごうとするドライアド。
 森自体が互いに絡まって狂ったように噛み合っていました。
 エルフが森を抜け出すために命をかけて戦わねばならなくなるなんて、いったい誰が想像できたことでしょう?

 我を忘れて森を飛び出した住民たちを助けながら避難所を準備していたのは、ほかでもない追放されたエルフ、《セルヤ・タスデレン/Serya Tasdelen》でした。


4-1-76/1386C《セルヤの帰還/Return of Serya》
森の住人のために避難所を準備していたのはセルヤだった。


 彼女は《バトゥー・カヤ/Batur Kaya》や《タティアナ・カモネラシ/Tatiana Camoranesi》とともにアルゴスに向かっていましたが、森のエルフの危機を感じて避難所を用意しておいたのです。

「セルヤ………」
 思いがけない助けを受けることになったアニルは、セルヤを追放したことに対する申し訳なさで二の句を継ぐことができませんでした。
 しかし《オメル・オナン/Omer Onan》はといえば、苦み走った表情で後ろからただただ見守るだけでした。


▮《エリザベス・ブランドリー/Elizabeth Brandley》、権限を剥奪されること


 《エリザベス・ブランドリー/Elizabeth Brandley》が独断で《派兵決議/Meeting of Dispatch Troops》を行ったことに対して、神官たちは怒りを露わにしました。

 いくら天使長であっても、シェイクの安全に直接影響を及ぼすような決定は単独ではなされるべきではない、という主張は明らかに正しいものでした——もっとも彼らの反抗の理由は、天使長による政治的な支配を阻みたかった、というのが本当のところでしたが。

4-1-87/1397R《権限剥奪/Deprive the Authority》
「イエバの代理人であるわれわれから見ても、大天使の行為は目に余ります。彼女の全権を剥奪すべきです」

「エリザベスの専横は度を超しています。大神官、何か措置はありませんか?」
「天使長の態度は……、確かに問題がありますね。これ以上羽ばたけぬよう、翼を折るしかありませんな」
「何か良い方法が?」
「職権乱用の罪で裁判にかけましょう」

 《大神官の女中/Servant of Pontifex》が使者として召喚状を携えてエリザベスの執務室に向かいましたが、天使長がこれに応じるはずがありませんでした。
 遣わされた使者でさえ、天使長が裁判台の上に立たされるということなどということは、想像さえできないことなのです。

4-1-83/1393C《大神官の女中/Servant of Pontifex》
「大神官さまは天使長の罪を問う裁判を画策していました。それは……、可能なことなのですか?」

「大神官さまは天使長の罪を問う裁判を画策していました。それは……、可能なことなのですか?」
「わたくしどもは天使長の羽です。神官であるあなたがたはわたくしたちを拘束する権利はありません、使者さま」

4-1-84/1394U《エリザベスの羽根達/Feathers of Elizabeth》
「わたくしどもは天使長の羽です。神官であるあなたがたはわたくしたちを拘束する権利はありません、使者さま」

「確かにそれはその通りでしょうが……、とにかく、召喚状が出されました。天使長にお伝えください」
「召喚状は置いていってください」

 《エリザベスの羽根達/Feathers of Elizabeth》が伝言せずとも全ての状況を把握していたはずのエリザベスは、何の反応も示しませんでした。

 一方、シェイクではただ市民たちが裁判の行く末に関して論争を行っていました。

4-1-87/1398C《高揚する信心/Enraged Faith》
聖職者の汚職が盛んになるとともに、異端者の数は増加の一途を辿っていた。

 異端処罰にだけ没頭するエリザベスに不満を持つ者は多くおりましたが、人間に過ぎない神官がいくらイエバの意志を伝達する任務を負っているとはいえ、イエバの残滓それ自体である天使を相手に裁判をすることが可能なのかと疑問を呈する人はさらに大勢いました。
「重要なのは信仰です。大神官と天使長、どちらが正しいのかはイエバさまだけがご存知なのですから」
 異端問題と政治問題が渦巻く中でも、堅く信仰を貫く者がいました。彼らがいれば、シェイクは簡単に崩れないはずなのです。




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