小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代1/Turn2《メレドゥスの少年親衛隊》


12-074C《メレドゥスの少年親衛隊》
少年少女は闇を守る。大いなる栄光のため、その純粋さと命を魔皇帝に捧げて……。


 羊肉のチリコンカン、チーズとサルサとサワークリーム入りのブリトー。焼いた穴兎。ポテトフライ。干し林檎のシチュー。玉蜀黍パンと蜂蜜。それに大房のプラム。
「毎度ありぃ」大量の注文があったためか、従業員とともに皿を並べながら、女主人は上機嫌だった。「お客さん、先払いしてもらってもいい?」と食い逃げ対策までいまのうちから講じている。
「待て」と《赤陽の大闘士 スウォード》が皿を並べていく手を制し、プラムを指す。「これは頼んでいない」
「ああ、サービスだよ、サービス」
「なるほど、サービスか。では伝票を見せろ」
 女主人が舌打ちするのが聞こえた。
 彼女が差し出す伝票を受け取ったスウォードは、すぐさまそれを突っ返した。「サービスなら金を取るな」
「女が経営している安宿で目ぇ光らせて、厳しいったらないね、旦那」
 
 宿の女主人は胸元の開いたブラウスを着ているのだが、それをさらにぴったりと身体に密着したボディスで強調させており、女の《黄金の宿命 アルマイル》でもその豊満な胸元に視線が向いてしまう。しかしスウォードは饒舌な女主人よりむしろ、隣でせっせと皿を運ぶ幼い従業員へと視線を向けていた。
 スウォードは相応の年齢だが未だ独身で、能力も経歴も申し分がなく、なのになぜ嫁がいないのだろうかと思っていたが、もしかすると嗜好のほうに心配しなければならない事情があるのかもしれない。王として、アルマイルは家臣のことが心配になった。

「訊きたいことがある。質問に答えてくれればそっちのも注文したことにして喰おう」
「わたしは独身だよ。旦那はだいぶ前に死んだから」
 と女主人は胸元に流れるくすんだ金髪を弄びながら言った。
「最近ここらで不審なことはないか?」とスウォードは女主人の言葉も指使いを無視して訊く。すさまじい精神力である。えらい。
「不審って? 金ぴかの鎧を着たドワーフと胸筋見せびらかしてる男が店に来た、だとか?」
「たとえばメレドゥスの軍を見た、だとかだ」
「ないね」
 女主人が肩を竦めると、なるほどとでもいうようにスウォードは頷いた。彼女の小馬鹿にした態度は、何も問題にしていないかのように。あるいは、次にする質問が本題だったのか。
「じゃあもうひとつ。その髪の長い店員……吸血鬼だな」

 穴兎を切り分けようとしていたアルマイルは、スウォードの言葉につられて幼い従業員に目を向けた。スウォードに咄嗟に水を向けられたためか、震えて動きを止まってしまった従業員の口は閉じているために犬歯は見えず、耳は髪で確かに隠れているが、浅黒い肌は確かにメレドゥスの吸血鬼の特徴だ。
「何か問題でも? 見た目、確かにメレドゥスの吸血鬼みたいだけど……坊主が難けりゃ袈裟まで憎いってわけかい?」
「ただの吸血鬼なら、特に言うことはない。が、男が娘の変装をしているのであれば、何か理由があるのではないかと訊きたくもなる。たとえば、《メレドゥスの少年親衛隊》の暗殺者なのではないかと」
「そりゃ気付かなかった。趣味なんじゃないかな」と女主人は肩を竦める。
「趣味ね」
 スウォードの手はテーブル上に置かれていた。銀色に輝くナイフもフォークも一瞬にして掴めるところにあり、でなくても彼は剣帯をしたままだった。万が一、女主人や従業員が手練の暗殺者だったとしても、遅れを取ることはないだろう。

 だが殺意が安宿の外から飛んできたとなれば、話は別だった。

「アル――!」
 アルマイルは万が一の事態に備え、全身を緊張させていつでも動けるようにしていたつもりだった。シチューに手をつけたりはしなかったし、手は空にしておき、視線は吸血鬼の従業員と女主人、それにその胸元を交互に注視するように努めていた。
 だが、わかっていなかった。万が一の事態とは、予想ができない事態を指すのだということを。何かを注視しているということは、それ以外のところが疎かになってしまうのだということを。

 スウォードの叫びがあったとき、アルマイルは目の前で何が起きたのかさっぱり理解ができなかった。女主人と幼い吸血鬼は動いていなかった。いや、斜めに飛んだ。いや、やっぱり飛んではいない。アルマイルが倒れたのだ。スウォードに押し倒されて。まだ一口も食べていなかったチリコンカンが床に流れ、蜂蜜を塗ったパンがその中に飛び込んだ。プラムは潰れて汁が巻き散らかされていた。スウォードの肩には矢が突き刺さり、そこからプラムの汁とはまったく異なる赤い液体が吹き出していた。



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