小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代1/Turn3《闇の接吻》


12-078C《闇の接吻》
「いい子ね、少しの間じっとしていて? すぐに気持ちよくなって、終わりますから……!」
~夢殺の葬送人 メニズマ~



 《黄金の宿命 アルマイル》は己の耳元を矢が掠めると同時に、股のあたりが濡れて温かくなるのを感じた。

「おい、外すなよ」
 げらげら笑う粗野な声が厭でも耳につく。瞼は閉じられても、鼓膜は塞げない。だからアルマイルは男たちの下卑た会話を一から十まで聞かなくてはならなかった。
「わざと外したんだよ」
 と応じたのは線の細い若者だった。身体が細ければ目も狐のように細く、髪も年齢にしては薄かった。矢が番えられた弓をアルマイルに向けて構えてさえいなければ、金勘定に敏い商人の跡取り息子にでも見えたことだろう。
「おい、ほかの仲間はどこにいる? 正直に答えろ」
 と〈狐目〉が鏃をアルマイルに向けて問いかけた。何度も何度も繰り返された問いで、それに対するアルマイルの返答はやはり同じだった。
「だからっ……わたしと彼……スウォードだけです………」
 違うのは、いつしか言葉が丁寧語になってしまっていたことと、哀願の調が混ざるようになってしまったことだ。
「おいおい、嘘を吐くなよ」と〈げらげら笑い〉が壁に大穴が空いて風通しの良くなってしまったサルーンの中から言った。「オルバランの姫さんってのがお供ひとりだけ連れてご行脚ってこたぁないだろう? おれらもよ、仕事は後腐れなく済ませたいんだ。メレドゥスに帰ってからあんたの部下に復讐されたんじゃたまらんからな」
 そう言って〈げらげら笑い〉はカウンターから勝手に持ちだしたらしい酒をあおった。

 油断だった。完全な――アルマイルの油断によってこのような事態が引き起こされてしまった。きっと、《赤陽の大闘士 スウォード》ひとりならば、たとえ一対三の状況下であり、敵がサルーンの壁を爆弾で吹き飛ばすとともに矢を撃ってくるという力技で攻撃を仕掛けてきたとしても、迎撃できていただろう。
 だが彼はアルマイルを守ろうとし、そして対応が遅れた。ふたりとも、サルーンのすぐ外の木樹に縛り付けられてしまっている。殴打による暴行こそなかったアルマイルと違い、《夜露の神樹姫 ディアーネ》が「いつも遠くを見ていて何を考えているのかよくわからない」と評したスウォードの顔は殴られ、蹴られ、腫れ上がり、瞼の位置すら判然としない。ぴくりとも動かず、起きているのか、気絶してしまったのか、それとも――それとも死んでしまったのかさえわからない。

「おい、いたぞ」
 という声は荒々しい足音とともにサルーンの二階のほうから聞こえてきた。階段を降りて姿を現したのは禿頭の大男で、彼の丸太のように太い腕には女が抱かれていた――サルーンの女主人だ。いつの間にやら逃げ出したと思っていたが、二階へと隠れていたらしい。
「離せ、わたしはそいつらの仲間じゃない」
 と女主人は抵抗しようと身体を揺する。
「おい、本当か? そりゃおまえが母ちゃんから産まれたところにかけて本当か? このでかいおっぱいにかけて本当か?」
 言うなり、〈禿頭〉が女主人のブラウスを引き千切れば、ぶるんと重たそうな乳房が露わになる。
〈禿頭〉が白い乳房の桃色の突起を()ねると、充血した桃は薔薇に変わっていく。女が喘ぎ声をあげてもなお男の指が動き続ければ、先端はさらに色が変わり、最後には鮮血のような真っ赤に染まった。

 いや、ような、ではなかった。

「本当なんだけどな」

 落ち着いた呟きとともに、女の乳頭を弄んでいた〈禿頭〉の顎から頭頂にかけて穴が空いていて、そこから噴水のように血が迸り、女の身体を返り血で汚していた。貫いたのは弾丸。命を奪ったのは女の細い手の中にいつの間にか収まっていた黄金色の回転式拳銃。〈狐目〉の対応は早かった。彼はアルマイルに向けていた矢の先を女主人に向けようとしたが、それよりもさらに女主人の動きのほうが早かった。眉間に穴が空き、〈狐目〉は崩れ落ちた。一方で〈げらげら笑い〉は逆に何が起きているか理解していないかのようにサルーンの椅子に座ったまま、酒瓶に口をつけていた。ようやく事態を理解した頃には、彼の命も失われていた。
「ここの無法者は警戒心が薄いな。全部殺しておけば無駄がないのに」
 白い乳房を放り出したままで、女主人は事も無げに笑った。返り血を浴びたその笑顔は凄惨でありながら不思議に艶美で、アルマイルは彼女から目が離せなかった。

 これが〈黄金の宿命〉ことアルマイルと、〈山賊女王〉ことマイラ・メイベル・シャーリー・リード・スタア――《ベル・スタア》との出会いだった。



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