かくもあらねば/00/01

これはきっと夢なんだ
Must Be Dreaming


子供のときから「こうありたい」という理想像はあった。その像の形は日や気分によって曖昧であったが、常に共通している部分が2つあった。
ひとつは強いこと。おれは孤児だった。父親と母親はFiendsに殺されたらしい。

 ●Fiends
 アメリカ西海岸に存在する無法集団。
 殺人や強姦などを厭わず、薬物を常用している。

まだ乳離れして間もないガキだったおれも、そのときに殺されていておかしくはなかっただろう。だがおれを助けてくれた人物がいた。彼は大口径のリヴォルバーでおれの両親を殺したサイコパスどもの頭を吹き飛ばし、おれを救い出してくれた。彼に関する記憶はほとんどないが、強い男だったのだろう。彼の名はJohnnyといった。おれは彼について、その通称と大口径のリヴォルバー、そしてときたま演奏するギターの音色しか知らない。強い男になりたいというおれの憧れは、彼によって齎されたものだ。
彼はしかし、両親を殺されて独りになったおれを育てる力はなかった。そのため彼はおれを孤児院に預けた

今もそうだが、当時の状況も酷かった。2077年10月23日に起こった核戦争が撒き散らした放射能は、アメリカ全土のほとんどを汚染した。水も空気も食べ物も無料ではなくなった。他人を気に掛ける人間なんていない。法律や社会保障なんて高尚なものもない。それは200年経った今も変わらない
だから孤児院なんていうのはほとんど成立しなかった時代だ。あったとしても、子供を労働力として扱うか、人肉を食べようとするRaiderどもが経営しているところがほとんどだった。

●Raider
無法集団の総称。
Fiendsもこの一種。

しかしおれが預けられた孤児院は、奇跡的にそのどちらでもなかった。その孤児院は戦前、プロテスタント系の教会だった場所で、そこに住まう牧師によって運営されていた。
運営されていたというのは正確ではなかったかもしれない。そもそも孤児院というものが確固としてあったわけではないのだ。本人に詳細に聞いたわけではないが、おそらくJohnnyとその教会に住んでいた男は信頼できる友人関係にあり、だからおれをそこに養子として預けたのだろう。教会のすぐ近くに汚染されていない水源があったせいもあるのだろうが、実際、その牧師は温和な人間だった。彼はおれにパンとミルクを与え、物心がついて掃除や家畜の世話などの簡単な仕事がこなせるようになると、彼は自分の仕事を手伝わせ、おれの仕事ぶりを褒めてくれた。

牧師には1人娘がいた。牧師の実の娘だったかどうかはわからない。もしかすると彼女も養子だったのかもしれない。正確な年齢は知らないが、だいたいおれより10歳程度年上だっただろう。おれは彼女に読み書きや料理を教わった。
彼女は素晴らしく美しい容姿だった。美しいというのは目鼻立ちだけではなく、その身体もだった。おれは自分が男であり、彼女が女であることを理解できる年齢になった後は、彼女のことを妄想し、興奮した。もちろん実際に手は出せなかった。手を出せば嫌われるであろうということは子供心にも理解できたし、何より子供のおれから見れば彼女は大人だった。見向きもされないだろうと予想できた。だから想像の中だけで愉しんだ。

やがて牧師が死んだ。山に採取に出掛けた際に放射線によって変異した動物に襲われて死んだ。牧師の娘とおれだけが教会に残された。たびたびおれの様子を見に来たり、金や衣服を持ってきていたJohnnyもいつしか教会を訪れることはなくなっていた。あの強い男も、何処かで死んだのかもしれない。
助けてくれるものはいなかったが、助けを乞うものはたびたび訪れていた。たとえばJohnnyのような孤児を連れた人物だったり、教会傍の水源からの水や食料を貰おうとする人間たちだった。

今思えば、彼女は馬鹿な女だったのだろう。殺人や強盗が日常茶飯事のあの時代に、彼女は孤児を受け入れ、人々に水や食料を分け与えたのだから。
教会はまさしく孤児院になった。おれは一番の年長であり、古参であったため、彼女をどうにか支えようとした。そうして努力していれば彼女がきっと振り向いてくれるかもしれない、身体を任せてくれるかもしれないという欲望もあった。
彼女が妻として傍にいる、というのがおれの将来の理想像の姿だった。子供心に抱いただったのだ。

教会に襲撃があったのは、おれが教会に来て10年目の記念日の夜だった。

襲撃者はたったの3人だったが、銃を持っていた。子供は全員撃ち殺された。おれも頭を撃たれたが、当たり所が良かったのか死ななかった。おれは Johnnyから貰った銃を持っていたが、ただ痛みと恐怖と、それに死んだふりをしていれば見逃してもらえるかもしれないという思惑から、撃たれたあとはそのまま廊下に倒れていた。

彼女が襲撃者たちに犯される音は廊下まで響いていた
おれはその音を聞いて、ひとり興奮していた

彼女は長いこと弄ばれ、襲撃者たちによって連れて行かれた。
翌朝になって、おれは教会が襲撃されたことを聞きつけたNCRによって助けられた。

●NCR
新カリフォルニア共和国。
  核シェルターであるVaultの出身者によって設立された組織。現在のアメリカの組織・集団の中では非常に高いモラルを保っている。

おれはそれから、銃の腕前を鍛えた。ずっと思い描いていた理想像に自分を近づけるために。Johnnyのような力強い男になるために。彼女を助け、妻として娶るために。

彼女が死んだということを知ったのは、それから8年経った後だった。襲撃者に連れて行かれる途中に隙をついて刃物を奪い、自殺をしたらしい。


こうしておれは、決して「かくあらねば」という理想像に近づけなくなった。



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