酷い村だ………)

ランは厩に馬を繋ぎながらそう思った。ケデルケというこの村の家屋は荒れ果ててぼろぼろで、人々の様相も荒んでいる。子どもは痩せこけており、見るに耐えない。衣食住のどれもが欠けているようだ。その理由が干魃や大雨といった自然災害によるものではないということは、村に入る前の出来事で検討がついた。
厩を出ると、多くの村民に囲まれた老人がいた。どうやら村長らしいその老人も、他の村人たちも、ランを見て不安そうな表情だった。

大きな弓ですな」
村長らしい老人はランの背中の大弓を見て言った。
「わたしはあなたがたに危害を加えるつもりはありません」ランはできるだけ優しい声で言った。「ただ食料を分けてもらいに来ただけです。もちろん対価はお支払いします」
村に入る前のあなたさまの戦いぶりを見た者がおります」
「ご迷惑だったでしょうか……」

村の近くの丘で、ランは十人近い追い剥ぎに襲われた。おそらく女のひとり旅だったので襲いやすいと踏んだのだろう。

ランはたったふたつの取り柄である弓術と馬術で盗賊を追い払った。
だがあんなに村に近い場所で盗賊に出くわしたということで、ランは村への影響を心配していた。あの盗賊たちは村で定期的に略奪を繰り返すタイプの、寄生虫のような盗賊かもしれなかった。逆上して村を襲うかもしれない。そうなると村に迷惑がかかる。

村長はしかし、激高するどころかその場で平伏した。周囲の村人たちも。
どうか……、どうか!」村長が叫ぶように言う。
「どうか顔をあげてください」ランはいたたまれなくなって膝をつき、村長の顔を上げさせた。「あなたがたが望むようなことは、わたしひとりではできません

おそらく彼らの要求しようとしているのは、盗賊団の撲滅だろう。しかしそれはランひとりでは不可能だ。ランを襲ってきた男たちは十名程度だったが、その裏にはまず間違いなく二倍から三倍の戦力がある。十名前後ならともかく、三十人、四十人といった敵を相手取ってはいかに馬に乗ったランとて勝てない。まず矢が足りなくなる。

「われわれに戦いの方法を教えていただけませんか?」
ランの説明を聞いた村長はそんなことを言い出した。
「この村にはまだ若い男衆もおります。戦い方は知らなんだ、きっとあなたさまに訓練をつけていただければ戦えるようになります」
「戦をするということはそんなに簡単なことではありません。盗賊団と戦うのであれば、ひとり残らず殺す以外に手はないのですよ
「このままではわれわれは冬を越せずに死んでしまいます」村長は額を地面に叩きつけんばかりの勢いで土下座した。「どうか、どうかお願い申しあげます」

ランは村人たちの熱心さに負け、その日から訓練を始めた。



村人たちに剣の振り方、弓の張り方を指導しながら、ランは後悔していた。こんなことをしている場合ではない。ランは一刻も早く金を稼ぎ、大金を携えて主人の元へと戻らなければならない。こんな貧しい村を助けても、ろくな報酬は望めないだろう。実際、村長が提案した報酬はランが逗留している間の食事だけだ。その食事が村中からかき集めたものであることはわかるものの、それで腹は満たされても懐は寂しいままだ。

戦いに勝てるかどうかも不安だった。
盗賊団は三十を越える数だと聞くが、問題は数ではない。
村の十一人の男たちには鍬や斧など農具や手製の弓を持たせたが、そんな武具では限界がある。
問題は敵の武具や馬だ。
こちらは馬はランの分しかなく、まともな武具も彼女の分しかない。
敵が馬に乗っている姿は見たことがないという話だったが、だからといって馬がないとは限らない。弓や弩弓で武装されていても厳しい。

敵がろくな馬も武装もなく、こちらの訓練が済む以前に敵が攻めてこないとして、それでようやく勝率は五分五分といったところだろう。

(旦那さま……、すみません)

自分がここで朽ち果てれば、ランの主人にはきっと本当に術がなくなってしまう。ランがこれまでの恩に報いて家の復興に尽くすしかないのだ。

盗賊団が攻めてきたのはランが村を訪れて三日後だった。
盗賊団はろくな武装をしておらず、馬もなかった。おかげで戦いは終始村人側の有利に進んだ

しかし負けた

戦況の優勢を信じた村人たちは、途中からランの指示を受け付けなくなった。誘い出され、罠にはめられた。戦いを知らない村人たちでは盗賊団には勝てなかった
ひとりでも助けようと思ったが、無理だった。村に敗北を報せるために撤退したランだったが、彼女が見たのは火をつけられて燃え盛る村だった。盗賊団の別動体が火をつけたらしい。


ランはそのまま逃げた。
俯きながら、武士ならば決して泣くなという幼い頃の父の教えを思い出していた。

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