アメリカか死か/04/02 Blood Ties-2

 美しい女だった。肩までの髪を前後で染め分けている変わったファッションだったが、しかし美しいとは思った。彼女は親しげにMoriartyの肩に手をやる。
Vaultの人なんでしょ? しょうがないじゃない」と彼女は優しい声でMoriartyに言った。「Capital Wastelandから出てきたばかりなんだから、子供みたいなものよ。子供に怒っても仕方がないでしょう?」
「そんなこと言ってな、Nova」とMoriartyは女に向かって言う。「この前の小娘にはやられたんだぞ。金も払わずに、さっさと情報だけ取っていきやがった。今度は無銭飲食と来た。これが怒らずにいられるか」


「あなたのパスワードの管理の仕方が杜撰なの」とNovaと呼ばれた女は言う。「なんにしても、彼に八つ当たりしてもしょうがないでしょう? ね、Moriarty。Gobも何とか言ってあげてよ」
 Novaはカウンターの奥のほうで何か作業をしていた店員を呼んだ。

その店員がカウンターまでやってきて、Lynnは椅子から転げ落ちた。その人物の全身の皮膚はまるで悪い疫病に罹ったかのようにぼろぼろに崩れていたのだ。



 そんなLynnの様子を見て、Novaが笑う。
「ほら、Ghoulを見てこんな面白い動きをする人、最近じゃ見たこともないわ。今の動きだけで十分お釣りがくるじゃない」

 恥ずかしさを堪えつつLynnは無言で椅子に戻る。
 Moriartyは長いことLynnを見つめていたが、舌打ちすると店の奥のほうへと消えた。

「すみません。ありがとうございました」彼の姿が見えなくなったことを確認してから、LynnはNovaに礼を言った。
「謝罪もお礼も言われるようなことはしてないよ」とNovaはカウンターを乗り越えてLynnの隣の席に座った。「まぁ、何か言うんだったらGobに言うのね。ほら、あなたがあんまりにも驚いたもんだからショック受けていじけちゃってる

 Gobと呼ばれた皮膚の爛れた大男は黙々と古いラジオを弄くっている。彼はどうやら無害な人間なようだ。確かにそんな人物に対し、見た目だけで驚いてしまったのは彼を傷つける行為だっただろう。Lynnは素直に彼に謝った。

「いや……」Gobは口の中をもごもごさせて言った。「いい。慣れている。気にしてない」
「強がっちゃって」とNova。「この前の子は全然怖がらないで話しかけてくれたから、久しぶりに怖がられちゃってショック受けてるの、この子。あなたみたいに大袈裟に驚く人は本当に久しぶりだったし」
 思い出し笑いをするNovaにLynnは顔が熱くなる思いだった。


「助けてくれたところでこんなことを聞くのはなんですが」とLynnは恥ずかしさを打ち消すために尋ねる。「仕事はありませんか? capを稼げるような」
「いつもならMoriartyが紹介してくれるんだけど……」とNovaはMoriartyの消えていった扉に視線をやった。「今日は駄目ね。相当怒っているから。でもわたしから紹介してあげることはできる」

 Novaは振り返り、店の隅で一人飲んでいた女性を見やった。
「彼女、Lucyっていうの。何か悩み事があるみたいでね……。ひとつ協力してあげるから、仕事を貰いなさいな」



 Lynnは犬とともに川沿いの道を歩いていた。未だ犬には名前をつけていない。名前をつけないと困りそうなものだが、わざわざ呼ぶ機会もないために名前をつける機会を失ったままだった。

 Novaの紹介もあってLucyという人物から受けることができた仕事は、手紙をAwfulという場所に住む家族に届けて欲しいという簡単なものだった。


家族、か………)

「何か道中、危険があるんですか? たとえばRaiderとか」
 Moriartyの酒場で仕事の話を聞いて、Lynnはまずそう尋ねた。

 RaiderについてはCanturburry Commonsから出る際に聞いていた。核戦争後に現れた集団、正確には彼ら彼女らは群れているとは限らないのでそう呼称するのは難しいが、そのような略奪者だちである。
 Raiderたちは何らかの繋がりを持っているわけではないが、個々のRaiderたちの性質は皆同じであうる。殺して、奪う、だ。

 Canturburry CommonsからMegatonへの道中、Lynnも何度かRaiderらしき人物に出会った。彼らはRynnを見ると手に武器を取り、叫び声をあげながら襲い掛かってきた。彼ら彼女らの言葉は決して異文化のそれではなく英語であり、身なりもエイリアンではなく人間そのものであったが、それが一層恐怖感を煽った。

 Lynnは逃げた。逃げに逃げた。幸いにも飛び道具を持っているものはいなかったようで、罵声と怒号を浴びせられながらも何とか逃げ切ることができたのだった。
 戦うという選択肢は取らなかった。まず凶器を持った略奪者に相対して勝てる自身はなかった。噛み付かれた傷を一瞬にして治癒し、爆発の衝撃をもろに食らってもびくともしないあのスーツを纏えば戦えるような気がしたが、戦えばどちらかが死ぬまでおそらく戦いは終わらない。殺したくはない
 殺されたから殺すようでは、Raiderと同じだ。被害者という仮面を被っているだけでRaiderなのだ。だからLynnは襲い掛かってくる彼ら彼女から逃げてきたのだった。

「そんなものないよ」とLucyは笑って言う。「別にあなたに手紙の配達を頼みたいのはね、単にわたしが仕事で手が離せないからなの。最近Awfulの家族から手紙がめっきり届かないから、心配で……。何もないとは思うんだけどね。仕事前で金欠だからわたしからはあんまり大きな支払いはできないけれど、父に会ったら報酬を請求してくれれば良いわ。手紙にそのことを書いておくから」

 Lucyの言うとおりに道中はまったくの安全、というわけではなかった

 Awfulという町がある橋の袂でLynnはRaiderに襲われた。しかも相手は三人で、拳銃を持っていた。
 Lynnは犬を庇って伏せた。背の高い草に紛れてRaiderたちから身を隠すことができる。だがいずれ見つかるだろう。
 Raiderたちはわざわざ草叢を掻き分けてLynnを探すなどということはしなかった。彼らはLynnの位置に検討をつけて銃を乱射した。

 Lynnのすぐ傍に銃弾が着弾した。

 Lynnの頭に銃弾が着弾した。

 その瞬間、Lynnは青い光とともに三度目の変身を果たしていた。


 戦うしかない。



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