戦うしかない。


 彼のその決意を破ったのは、今まで聞いていた拳銃の軽い音とはまったく違う重い音だった。
 Lynnの目の前で一人のRaiderが吹っ飛んだ。飛び散る肉片が見える。貫通する弾丸が見える。それは散弾、ショットガンの弾だった。

 もう一発、今度は僅かに軽い、しかし拳銃に比べれば遥かに重い音。もう一人のRaiderの頭を貫く。
 最後の一人は逃げ出したが、背後から撃ち抜かれて倒れた。

「おいあんた、無事か」
 静かになった空間から聞こえてきたのは若い男の声だった。Lynnは自分の諸手を確認する。黒ではなく、青いVaultの作業着。頭に手をやる。弾丸が当たったはずの場所には傷ひとつない。立ち上がる。視界には二人の男と一匹の双頭の牛の姿があった。
「そのVaultスーツ……。あんたもしかして、Lynnか?
 一人の男がLynnを見て言った。鍔付き帽の上にゴーグルという変わった出で立ちのヒスパニックの男だった。大口径のショットガンを携えている。
 Lynnが頷くと、その男は微笑んだ。目が大きく、笑うと愛嬌のある顔だった。彼は手を差し出して言った。

「Roeから聞いてるよ。Canturburry Commonsの行商キャラバン、Harithだ。Lucky Harithで通ってる」
 僅かに躊躇したが、LynnはHarithの手を握った。

助かりました……。ありがとうございます」Lynnは彼の後ろのライフルを持った人物、おそらくキャラバンの護衛であろう、その男にも礼を言った。
「まさかこの時代に武器も持たずにCapital Wastelandをうろつくやつがいようとはな」とHarith。「まったく吃驚だ」
「いちおう、武器は持っているんですが……」
 とLynnは腰のWattz 1000 Laser Pistolを叩く。Camtirburry CommonsのDominicから受け取った、Scottの形見の品だ。
「あんたが何言いたいかはわかるよ」とHarithは肩を竦めた。「人を殺したくないっていうんだろう。でもCapital Wastelandでそんなことは言っていられんようになるよ。早めに武器は持っておくんだな。武器が足りないなら買ってけよ。ここで嬉しいお知らせだが、おれは銃器を取り扱うキャラバンだ。安くしておくよ、見ていきな」
「金がないです」
「さっき殺したRaiderの装備もある。拾って持ってきてくれ」

 Harithの言っていることは、Raiderの死体から金目のものを剥ぎ取って来い、ということだった。それはつまり死体相手の略奪で、Lynnが直接殺した相手ではないとはいえ、Raiderと同じだ。殺して奪う。まさにRaiderだ。

 Lynnがそう言うとHarithは頷いた。
「まぁ、そうだな。Raiderと同じかもしれん。だがそんなこと言っていたら生きてはいけない。おれたちは善良な人間を襲って殺したりはしない。ただ襲い掛かってくる相手を返り討ちにするだけだ。殺したままでは無駄が残るだけだ。人間の肉は食えないしな。だから彼らから装備を貰う。再利用だ」
 しかしそれこそ善良であるという仮面を被っているようなものだ、とLynnは思う。やはりRaiderのようなものなのだ。

Lynnは罵声と爆発でAwfulに出迎えられた。


「出たか、鬼畜現人鬼共が!」
 パイプやブリキ版で作られたバリケードから銃を構えてそう叫ぶのは全身を武装した老人だった。
「それ以上Awfulの領土に立ち入るようであれば、きさまの周辺一帯を爆破する! Vanceに伝えろ! 我々Awfulの市民は決して鬼畜共に屈さぬと!」
Lynnは言葉で抵抗することを諦め、両手を高く挙げた姿勢をとった。少なくともすぐに命を奪おうというのではないのだ、話が通じる相手のはずだ。

 Lynnの意思は伝わった。老人は銃を肩にかけると恐る恐るといった調子でLynnの元へとやってきた。
「あんた……、Familyのもんじゃないのか?」
老人の言葉にLynnは手を挙げたまま首を振った。
「そうか………、そうだな。Vaultスーツか。Familyのもんなはずがないな。すまなかった。わしの名はEvanだ。Evan Kingだ。楽にしてくれ。Awfulへようこそ」

 歩きながら、Evanという老人からAwfulで最近起こっている事件について聞く。足元では犬が鼻を道路に擦り付けて匂いを嗅いでいる。
 Awfulは崩落した橋に住み着いた人間たちによって作られた小さな町で、人は少ないながらも平和に暮らしていた。だが最近になってThe FamilyというRaiderの集団が襲ってくるようになったのだという。

「Familyの連中は変わっていてなぁ……」とEvan老人は言う。「普通Raiderのやつらっていうのは単純な無法集団だから、集団で襲いかかってくるなんてことはしないんだ。お互いの取り分が減るからな。だがFamilyの連中は群れてやってくる。だから危険だ。まぁこの町は中で折れた橋の上に作られた町だから、一箇所しかない入口を固めてさえしまえば守るのは容易だ。わしには妻も子ももういないからな、一人で自警団のようなことをやっとるわけだよ」
バリケードの後ろに据え付けられた椅子に座り、Evan老人は肩を竦めた。
警察とかは、いないんですか?」場違いかとも思われたが、Lynnは訊いてみた。
「あんた、Vaultから出てきたばっかりで知らないんだろうが……、今の世界にはそういう法治機関はないよ。警察だとか、司法だとかはな。だから自分たちの身は自分たちで守るしかないってわけさ」Evan老人はライフルに軽く触れた。「で、あんたこんな時期にAwfulになにをしに来たんだ? 観光ってわけじゃないだろう」


 LynnはLucyから家族への手紙を預かっているという話をする。
「ああ……、Lucyか。あの子は元気かな?」Evan老人は目を細める。
「仕事が忙しいと言っていました。最近家族からの手紙がないので、心配している、と」
「そうか……。Lucyの家は一番奥だよ。最近はしっかり施錠をして不審者は入れないようにと警告してあるが、Lucyの名前を出せば入れてくれるだろう」

 礼を言って歩き出そうとしたLynnをEvan老人が呼び止める。

「あんた、すまんがついでに町の様子を見てきてくれないか? 家を回って無事かどうか聞いてくれるだけで良いんだが……。わしはここから離れられん」
Lynnは承諾した。

 家々を回るといっても、Awfulには4軒しか家屋がなかった。Evan老人の家を除くと3軒だけ見て回れば良いことになる。
 1軒目、2件目ともに些かつっけんどんな対応はされたものの、家人の無事は確認できた。3軒目、Lucyの家族の家だというところに近づいたとき、急に犬が吼え始めた

 ドアノブに手をかける。

 回す。

中から漂ってきたのは血の匂いだけではなかった。肉の腐った臭い。Lynnは思わずその臭気に気圧されるように一歩下がりかけ、しかし意を決して中に入った。家の中には死体が二つ


 Lucyの両親だ、とおおよその背格好から判断する。二つの死体の元に跪く。冷たい。確かに死んでいる。死因は何だ。失血死だろうか。首元から流れ出た血痕がある。辿る。咬傷があった。何かに噛まれたような傷跡だ。犬のような鋭い牙の生物ではない。もっと小さく細い歯によるものだ。蛇か、猫か。もうひとつの死体にも首元に同じ傷跡があった。

 Lynnは家を出てEvanに報告した。
「すまんが……、あんた、ここで外を見張っていてくれ」
Evan老人は顔面蒼白でLynnにライフルを手渡すと、Lucyの家に駆け出して行った。
すぐに彼は戻ってくる。バリケード後ろの椅子に項垂れるように腰掛け、グラスにウィスキーを注ぐといっぱいやった。
昨日の襲撃のときか……、気付かなかった………」
「Familyの連中というのは、何か生き物を飼っているんですか?」Lynnは死体を見て疑問に思ったことを尋ねた。
「いや……、いないとは思うが、どうしてだ?」
首元に噛まれた痕のようなものがありました。あれが死因だと思います。動脈をやられて、失血死で」
「ふむん……。やつら、犬でも飼い始めたかな。気付かなかったが」
「犬という感じではありませんでした。もっと小さい動物のような……」Lynnは自分の首の後ろに手をやる。「この辺りに、2つの死体両方ともに」
「銃や刃物じゃなくて、噛み傷ねぇ……。2つとも………」Evan老人はそう呟くと、何かに気付いたように目の色を変えた。「2つ? Ianは?
「Ian?」
Lucyの弟だ。Lucyの家族は両親と、弟のIanの三人だ。両親は死んでいたが、Ianの死体はなかった。Ianは、Familyのやつらに連れ去られたのかもしれん
「Raiderが誘拐をするというのはよくあることなんですか?」
Paradise FallというRaiderたちが集う町がある。そこじゃあ奴隷が売買されているくらいだ。おそらくそこに連れて行こうとしているんだろう……」Evan老人は唇を噛むと、勢い良く立ち上がった。「あんた、すまんがわしが戻るまでここの警備をお願いできるか?
「どうするつもりですか?」
「Ianを取り戻しに行く」Evanはライフルを背負う。「説得しに行く」

 無茶だ、とLynnは思った。Familyという集団が本当に武装Raiderの集団なら、老人のEvan一人が向かったところで殺されてしまうだけだ。

「やめてください。無茶です」
「Awfulの住民はわしの宝だ」Evanは言う。「わしが助けなければいかん」
おれが行きます」とLynnは言っていた。

 Evan老人はLynnの発言に驚いたようだった。それはそうだろう。自分が死地に赴くことになると思ったら、それを肩代わりするという人物が現れたのだ。彼はLynnを説得しようとしたようだったが、Lynnの決意は変わらなかった。
 もちろんLynnには死ぬ気はない。死なないという自信があったからだ。なぜかは知らないが、Lynnは常人ではないようだ。否、普通ではないのはLynnが身に纏えるあのスーツだけなのかもしれない。Lynnはただの人間で。しかしながら一瞬でどこからともなく現れたスーツを着脱できるというのは、やはり普通ではない気もする。

 普通ではないということに対して、Lynnは大した感慨は抱かなかった。普通というのはメジャーな区分の中に含まれているというだけだろう。自分は大多数の分類に含まれないというわけで、その大多数から攻撃される立場にあるわけではない。Canturburry Commonsで忠告されたようにLynnの立ち振る舞い如何では敵視されることもあるだろうが、それさえ気をつければ良い。

 Evan老人からThe Familyのアジトについてだいたいの見当をつけている場所を尋ねる。川を挟んだ向かいにある地下鉄の駅へと入っていくのを見たことがあるという。Awfulは川に架けられた橋の上にある町だが、中央で完全に分断されてしまっているために橋を渡って川向こうへ行くことはできない。だが陸路で地下鉄駅まで行くには半日かかるのだという。奴隷商人にIanが売られそうになっていると考えれば、あまり時間はかけていられない

 Lynnは橋の中央、分断されたAwful側の端にいて眼下の景色を見下ろした。
 ここから先は危険かもしれないので、犬はEvan老人に預かってもらった。

 Lynnは太陽の光を受けて4度目の変身を果たした。


そして橋から跳躍した。


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