アメリカか死か/04/04 Blood Ties-4

 Lynnは水面を駆け、岩山を飛び越え、The FamilyというRaiderの本拠に通じているはずだとEvan老人に言われたNorthwest Seneca Stationに到着した。


 辺りに人気はないが、地下鉄の入口に置かれているドラム缶の中で焚き火が燃やされているのが見えた。定期的にここを利用するものがいるのだろう。それがFamilyか。

(あれ………?)

 暗い地下鉄に入ってしばらくすると、目端に青白い光を感じた。自分の身体に目をやると、端から黒くぴったりとしたスーツがいつもの服装に変わっている。変身(とLynnは自分の身体に起こるこの現象のことを呼ぶことにした)が解けてしまったようだ。

 なぜだろう。危機的状況ではないからか。危機状態を脱すると自動的に変身が解けるようになっているのかもしれない。Lynnはそう考え、しかしそんな考えは地下通路にいた蟹の化け物に襲われて腹部を殴られたときに身体ともども吹っ飛んだ


 地下鉄に住んでいたGhuolからFamilyの本拠を教えてもらい、そこへと通じているというマンホールから降りた場所は、太陽の光のまったく届かない、僅かに生える茸や苔の類が発する緑色の光だけが頼りの鍾乳洞だった。そしてそこにいたのが蟹の化け物だった。

 Lynnはこれまでどおりきっとどうにかなると油断し、腹部を殴られ、膝をついた。胃液が逆流して戻しかけたが、そうしている余裕はなかった。レーザーピストルを探り当て、乱射する。


 レーザーは蟹の身体に当たったが、明らかに硬質の素材で出来ているとわかるその甲羅はびくともしなかった。顔など皮膚の薄そうな部位はあるが、Lynnにはその場所を撃ち抜くほどの技量はない。

 Lynnは逃げた。元来たほうではなく、蟹のそばをすり抜けて進行方向へと。蟹の化け物なのだから横方向にしか移動ができないなどと思ったわけではないが、重そうな体躯だったので走るのはそう早くはないだろうという判断だった。
 想像通り、蟹の走る速さはそう速くはなかった。遅くもなかったが。蟹はLynnの全速力とほぼ同じ速度で追いかけてきた

 前方にもう一体。

 気付かれる前にLynnはその場を過ぎ去ろうとした。目の前に蟹の腕が伸びる。転ぶようにかわす。転んだ。膝と掌が、全身が痛い。すぐに身を起こす。坂が見える。二匹の蟹はまだ追いかけてくる。
 坂を駆け上る。それまでとは違って足元が柔らかく、走るのに安定しない。何度か足をとられた。蟹が近寄ってくる。足元で何かの音がした。坂から何かが落ちてくる。

 背後で爆発が起こった。


 蟹が吹っ飛ぶ。二体とも。Lynnは足元を見た。二本の棒の間に糸らしきものが張られていた形跡があり、どうやらLynnがその糸を断ち切ってしまったようだ。

 これは、か。
 つまり誰かがこの辺りを通って足元の糸を切ると、爆発物が転げ落ちてくる仕組みになっていたのだろうか。仕掛けたのはこの周辺に住んでいる人物、つまりFamilyのRaiderだろう。彼らの本拠地は近い。


 助かったことは助かったが、しかしどうすべきかと考えながらLynnはよろよろと歩く。変身ができない。今までの四度の変身のことを思い出す。うち二回は爆発の衝撃を受けたり銃弾が頭を直撃したりと明らかに危機的な状況だった。だが最初の変身と最後の変身のときはどちらも命に関わるほど危険だったというわけでもない。最初のときは犬に腕を噛みつかれていただけで、ずっと噛み付かれ続けていれば失血死していただろうが、すぐに死ぬことはなかっただろう。最後の変身のときなどは身の回りに危険などまったくなかった。自分から高所からの落下という危険に飛び込もうとしていただけなのに、変身ができた。

 何か変身に必要な要素があるのか。

 わからない。が、その要素がわかったとしても、今変身ができないという事実には変わりがないだろう。Familyの本拠は近いが、本拠に乗り込んでただの人間として、自分は何かできるのか。安請け合いしてしまったかと不安になる。

「止まれ」
 という男の声が聞こえたとき、Lynnは驚いた。

 驚いたというのはそこに人間がいたからでも、その人間が銃口をLynnに向けていたからでもなかった。止まれという静止の言葉を投げかけたからで、それはただただ襲い、殺し、奪うだけのRaiderらしからぬものに聞こえたからだった。
 Lynnに声をかけた男は土嚢などで作られた本格的なバリケードの向こうから、突撃銃らしきものを抱えてLynnを威嚇していた。様相はやや強面であったが、凶悪な面構えというほどではない。
「ここから先はFamilyの領域だ……」男は銃口を逸らさずに言った。「何の用だ」
Lynnは覚悟を決めた。
「Ianのことで話をしに来ました」

 見張りをしていたらしいFamilyの男はLynnがIanのことを知っているという事実に驚いたようで、素直に道を開けてくれた。通行料として100Caps取られたが


 意外だった。Familyというのは、Raiderではないのか。疑問はあったが、直接尋ねるのは憚られた。Lynnの疑問に激昂して襲い掛かってくるかもしれない。そうなったら変身できないLynnには勝ち目はない。


見張りの男に言われたとおりにトンネルを歩いていくと、やがて広い空間に出た。地下鉄のロビーを住居に改装したような場所だった。疎らに人がいて、各々が異なる様子でLynnを見てきた。銃を構えて接近してくるものもいた。
 銃を構えて近寄ってくる男を途中でロングスカートの女が制し、何か話し合った挙句に女のほうがゆっくりとLynnのほうにやってきた。


「あなたは……、新しい家族かしら?」とその女は言った。「えっと、つまりあなたはわたしたちの仲間になるためにここに来たの?」
 Lynnは首を振る。「Ianのことで話をしに来ました。彼の姉からの手紙を預かっています

 手紙を届けることになった経緯をLucyに出会ったところから話す。もちろんLynnの変身のことは除いて。変身のことを除外したものだから、きっとよほどの猪突猛進な人物だと思われたことだろう。

「なるほどね」と女性は頷き、それから自己紹介をした。「わたしはHolly。Famillyの一員です。最初に訂正しておくけれど、わたしたちFamillyはいわゆるRaiderではありません。Raiderは無意味に殺戮や殺人、食人を繰り返すけれども、わたしたちは違う。わたしたちは、わたしたちの目的のために行動しているだけ。その目的がAwfulの住人を襲うということになってしまっているのは確かだけれども」
 Lynnは言いたいことがあったが、まだ言わないでおいた。Hollyから話を聞き出すのに適当ではないと思ったからだ。

 Lynnが頷く以外の反応を示さないでいると、Hollyは続けた。「それともうひとつ。わたしたちはIanの両親を殺してはいないし、彼を攫ってきたわけではない。彼は自分の意思でわたしたち家族の一員となったの」
彼の両親を殺したのは、Ian自身ですね?」
 Lynnがそう言うと、Hollyは驚いた表情になった。
「あなた方は、一種のミュータントだ。Ianも。人間に噛み付き、血を吸う。吸わなければいけないのか、吸いたいだけなのかは知りませんけど」
「どうしてわかったの?」Hollyは驚愕の表情のままで言った。自分たちのことを隠すつもりははないようだ。
「Ianの両親の死体の首筋に咬傷がありました。動物のものではない、小さな人間の犬歯で作られた程度の傷が。それにIanの家のドアの鍵は壊されていなかった。あなたがたの襲撃があることはEvanに警告されているのだから、戸締りはしっかりしていたでしょう。それなのにドアの鍵が無事だったということは、外側から襲撃されたわけではなくて内側に殺人者がいたからだ。それはIanしかいない」
「ミュータント、という表現をしたのは、あなたが初めて」とHollyは呟くように言う。「普通は吸血鬼、って言われるから。でも、ミュータントね。なるほど。放射能汚染が変に作用して人の生き血を求めるようになった、なんて、ありえるかもしれませんね……。ま、とりあえずミュータントと言われるよりは吸血鬼のほうが通りが良いから、そう言わせて。
 わたしたちも、Ianも、吸血鬼です。われわれFamillyはVanceをリーダーとして、人間の生き血を吸うためにAwfulの人間を襲っていました。Ianもわたしたちと同じく吸血衝動があって、それが不意に開放されて両親を殺して血を啜ったみたい。Ianは酷く後悔をしていて、Vanceはそれを可哀想に思ったみたい。彼はIanに血の衝動をある程度抑制するための方法を教えるために、Ianを家族にした……」
「あなたがたの……、その、吸血衝動っていうのは、抑えが利くものなんですか?」
「多少はね。もちろん吸血鬼同士で吸い合って、とかは無理。でも普通の人間が血を提供してくれるなら、そう、吸血鬼一人くらいなら養えるようになるかな。衝動のままで吸血せず、ちゃんと抑制をしていればね。だからあなたにIanの姉の話を聞いて、こんなことを話すつもりになった。Ianは姉のことなんて言わなかったから」
「吸血鬼に血を吸われても、大丈夫なんですか?」失礼かもしれないと思いつつもLynnは訊く。
吸血鬼になってしまいはしないのかってことかしら? それは問題ありません。わたしたちは、単に血を吸いたくなるだけだから。そしてその量は抑制の方法を覚えれば、数日で回復できる量程度に抑えることができる。だから一人の人間と一人の吸血鬼というペアなら問題は薄い。薄いとはいっても血を吸われるわけだから、人間の側には負担になるだろうし、もちろんお互いが嫌がっていなければ、だけれど。だからIanには、一応はまだ希望があります……。人を襲わなくちゃいけない人生っていうのは、大変だから………」
「とりあえず、IanにLucyからの手紙を渡させてください」
「Ianは抑制の方法を覚えるためにロックされた部屋の中にいます。パスワードを知っているのはリーダーのVanceと……、あとはBullianaかな。Ianはあの子に懐いていたみたいだから……、たぶんお姉さんに似ていたんでしょうね。Ianを連れ戻そうとするつもりなら、Vanceには会わないようにしなさい。彼はFamillyから脱退者が出ることを喜ばしく思わないだろうから」


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