アメリカか死か/04/05 Blood Ties-5

Bullianaという女性からパスワードを聞き出すのは簡単だった。彼女はIanと仲が良いというので、若い彼がこのままここにいるのが良くないと思ったのかもしれない。彼女の話では、Ianはもう吸血衝動を抑えられるようになったころだという。外に出しても大丈夫だろう、と。

Challenge: Lady Killer → SUCCEEDED


Vanceというリーダーの男に見つからぬように(といってもLynnには誰がVanceなのかわからないので警戒するのも難しいのだが)、Ianが閉じ込められているという部屋まで辿りついた。ドアをロックしているターミナルを操作し、教えられたパスワードを打ち込んだ。扉が開く。


 部屋の中にいたのは面長の少年だった。

「あんたは………」

 Lynnの血を吸うために襲い掛かってくるかと警戒していたが、少年は戸惑った様子を見せただけだったのでほっとした。Lynnは未だに変身できる気がしない。何が原因なのだろう。地下だからだろうか。まさかそんな、電話じゃああるまいし。

「Awfulからやってきた、Lynnだ。きみをAwfulまで連れ戻しにきた」
Lynnはそう言って簡単な事情を説明した。
「帰る?」Ianは唇を歪める。「何処へも帰れない! 両親は死んだ、ぼくが殺した! 家族はもういない。このFamily以外には!」
「Lucyがいるだろう」
「あんたは、こんな身体でどうしろっていうんだ」Ianは上擦った声で言う。「Vanceはぼくに吸血衝動を抑制する方法を教えてくれた。だから、なんだ。それで血を吸わなくても生きていられるようになるわけじゃない。ただ吸血の回数が減って、一度に吸う量も少なくて済むってだけだ。ぼくはもう人間じゃない。人間じゃないんだ


 人間ではない。


 Cantruburry CommonsのAntAgonizerのところでも聞いた言葉だ。人間ではない、だから、と。

「Lucyから手紙を預かっている」Lynnは喚くIanに無理矢理手紙を握らせた。「読むんだ」
「手紙なんか読んで何になる。いまさらLucyのことを思い出して……」
「五月蝿い、読め」
「僕は……」
「読め」


 Lynnは手紙を握らせたIanの手を強く握った。変身してIanの手を握りつぶすかと思ったが、そんなことはなかった。
 Ianは椅子に座り、しぶしぶといった調子でくしゃくしゃになった手紙の封を開けた。手紙を開き、読み、やがて彼は落涙した。

 手紙を読み終えたIanは、Awfulに戻る、と言った。
「戻ってどうなるかわからないけど……、Lucyがこんなに心配してくれているとは思わなかった。だから、戻る」
Lynnは頷く。
「吸血衝動を抑えることはできるようになっているの?」
「たぶん」とIanは曖昧に頷いた。「Vanceに聞いてみないとわからないけど。Familyを抜けるにはVanceの許可が取れないといけないから、そのときに訊いてみなくちゃいけない。彼の許可を取らないで逃げ出したら、きっと報復に来るから。Awfulのことも、考え直してもらわないといけない」
「Familyを抜けることはできるの?」
「わからない。Vanceは掟に厳しいから、難しいと思う。でも頼み込まないといけない。やらなくちゃ。ぼくは一人で頼みに行く。外の人間が関わったと知れたら、Vanceは怒るかもしれないから、あんたはもう戻ったほうが良い。許可が取れたらAwfulに戻るよ。ありがとう」

 来た道を戻って地下鉄へと出る。また蟹の化け物に襲われやしないかと思ったが、来るときに見た二体の個体が死んでいた以外にはいなかった。
 地下鉄に入ったときには変身ができなくなっていて、一時はどうなることかと思ったが、結局変身することもなく、暴力に頼らずにIanに手紙を渡すことができた。IanがAwfulに戻れるかどうかまではFamilyのリーダーであるVanceという男とIan次第だろうが、Lynnにできることは、やり遂げられた。何事もどうにかなるものだ。


 地下鉄の駅からAwfulまでは歩いて戻った。来るときとは違って回り道で、しかも慣れない道のりだったので時間はかかった。Awfulの橋の袂に来たとき、犬の一鳴きが聞こえた。橋のから犬がやってくる。犬はLynnを飼い主と認めたのか、足元に擦り寄ってきた。耳の後ろを掻いてやる。
拍手の音が聞こえたので顔を挙げると、Evan老人が手を叩いていた。


「ありがとう。Ianは戻ってきたよ」Evanは言った。「Ianから話は聞いた。本当に、ありがとう。助かった。どう説得したのかは知らないが、Familyの連中もAwfulのことは諦めてくれるらしい
Evanの言い方から察するに、IanはFamilyが吸血鬼集団であることを言わなかったようだ。
「Ianは?」
「今は両親の供養に行っている。橋の傍に小屋があったろう。あそこで墓を作り、今日一日は喪に服すそうだ」Evanは満面の笑みで言う。「死人は出たし、怪我人も出た。でも丸く収まった。全部あんたのおかげだ。今日はもう遅い。大した礼もできんが、今日は泊まっていってくれ」
彼の言葉に甘えて、LynnはEvanの家に泊まらせてもらうことにした。

 夜、食卓を囲んで酒を酌み交わす。Evanはすぐに顔が赤くなったが、元気そうな様子だった。
「あんた、酒に強いなぁ。こんなに飲めるやつは久しぶりだ」と言ってEvanは笑った。
笑い、その表情がゆっくりと霧散し、厳しい顔つきになる。体調が悪くなったのかとLynnは思ったが、そうではなかった。Evanは目を瞑り、それから言った。
「Lynnさん。Awfulを助けてくださったあんたにこんなことを尋ねるのは失礼かもしれない。だが訊きたい」Evanは真剣な口調で言った。「あんたはなにものだ? わしは見た。あんたが橋のところで一瞬の青白い光とともに、奇妙なスーツを身に纏うのを。変身するのを。あんたはそして橋から飛び降り、無傷のまま着地して物凄いスピードで走り出した。あんたは、なにものなんだ?」


 変身する瞬間をEvan老人は目撃したらしい。確かにLynnのあの姿を見たら、そう尋ねずにはいられないだろう。だがその問いかけに対する答えは、Lynn自身も持っていない。

「おれは……、Vaultから来ました」
「あんたはVaultで……、身体改造を受けたんだな?」とEvanは躊躇いがちに、Cantruburry CommonsでDominicがしたのと同じ質問をした。
 LynnはCanturburry Commonsでと同様に首を振った。身体改造を受けたという記憶はない。いつの間にか改造されてしまったという可能性はあるかもしれないが。
「じゃあ、あんたのそれはなんなんだ?」
「それは……、わからないんです」Lynnは正直に言う。
「わからない?」

 Lynnはこれまでの経緯を話した。Jamesという人物を知らないか、とも尋ねてみた。

「すまんが、知らんなぁ……」Evanは首を振る。「しかし、そうか……、うーむ………。正直なところを言わせて貰うと、わしには三つしか可能性を思いつかんな。あんたはVaultで知らぬ間に身体改造を受けていたか、放射能汚染によって身体変異を起こした新手のミュータントか、そうでなければあんたは悪の秘密結社が作り出した新手のサイボーグか、だな」

 Evanの言葉は冗談めかされていたが、表情は本気だった。
 そうなのだろう、そうかもしれない、と思う。Evanの挙げた可能性どれもが幸せな産まれとは決していえないものだ。

 だが、たとえ自分のこの力が悪によって齎せれたものだとしても、Lynnには関係のないことだ。少なくともLynnは今まで自分の意思の通りに力を使えてきた。きっとこれからもそうだろう。
 それに、そう、悪の力によって力を植えつけられ、変異させられたものの、正義の心を忘れずに人々のために戦うというのは、コミックヒーローでは有り触れた状況だ。

 Lynnも力を求めていたという点では、Canturburry Commonsで自らをヒーローと称していたScottoと同じかもしれない。だがLynnはヒーローになりたかったわけではなかった。ただ力が欲しく、コミックヒーローに憧れたこともあったが。

 Lynnは二人の家族とともにVaultに入った。母と、妹だ。父親はいなかった。Lynnは二人の家族を守りたかったのだ。その力が欲しかった。Vaultではその力は、なかった。今はある。だから今ある力を今のために使いたい。
 いつか、遠くない未来に自分の力の来歴を伝えられることがあるかもしれない。だがたとえ自分のこの力が、悪の組織が自分たちの軍隊の尖兵にするために改造して作り出したものであったとしても、そんなこと知るか、と言ってやることはできるだろう。だがそれでも自分の足で立って歩ける。平和のためにこの力を使うことができる。

「ところで……」とEvan。「あんたのところのVaultの、他の人たちもあんたみたいなのか?」
「他の?」
「Vaultっていったら、一応核シェルターってことになっていたんだから、普通は家族とかと一緒に入るじゃないか。一人しかいないってわけじゃあないだろう? いや……、Vault77だっけな、人形と一人の男だけが閉じ込められたっていうのは。といっても、あれは200年も前の話って聞いたが………」
 LynnはEvanの話後半をほとんど聞いていなかった。

(家族………?)

 そうだ。
 Lynnは一人でVaultに入ったわけではない。家族とともに入ったのだ。母と、妹。二人は大事な肉親だった。他の人間たちもいた。父親がいなかったのが引け目で、二人の家族を守ってやりたいと思った。その二人の家族は、いることは覚えているというのに、名前さえ思い出せない。
(なぜだ………?)
 そして、二人は何処へ行ってしまったのか。それともまだ、Vaultに閉じ込められたままなのか。Lynnの入ったVault121に。


 何かがおかしい
 そう思えたのはMegatonへの道中でだった。Repubulic of Dave、Canturburry Commons、そしてMoriartyの店でとあまり快い結末を迎えていなかったが、今回の仕事はいろいろと大変なこともあったが、すべて平和的に解決できた。そうほっとしていたときにふと疑問を感じたのだ。


 なぜIanはLucyの手紙を見て落涙し、心を決めたのだろうか。
 IanがLucyのことを大事に思っているというのはわかる。二人はきょうだいで、もしかするとそれ以上だったかもしれない。二人の関係の性質についてはわからないが、強い結びつきがあったというのは確かだろう。吸血衝動を抑えきれずに両親を殺してしまったIanにとって、Lucyという残された家族が手紙を出し、自分を心配してくれるという事実は今の立場を揺さぶるものだった。そこまではわかる。

 だがなぜ手紙を読んでから落涙したのか。Lucyの手紙があるという事実を突きつけられたときでも、渡されたときでも、手紙を読み始めたときではなく、ある程度手紙を読み込んでから彼は落涙した。

 それはつまり、手紙の内容にIanを落涙するに足るものがあったということだ。 

 ではLucyからの手紙に書かれていた内容とは何か。
 他人の手紙の内容を類推するなどという無粋なことはしたくはないが、何故か疑問が頭に張り付いて離れない。LynnはMegatonまでの道中、ずっと頭が重かった。

「あなたはIanの精神状態を、吸血衝動を知っていたのではないですか?」
 Moriartyの酒場で一通りの報告をLucyにした後、Lynnは湧き上がった疑問を彼女にぶつけてみた。
「知っていて、おれをIanの元にやった」Lynnはラジオの音楽で掻き消されるであろう程度の大きさに声を絞る。「家族やAwfulの人物に被害を出さないように、身元不明の手近な人間を送り込んだ。Ianの欲を満たすために。
 あなたの手紙に書かれていた内容は、家族を心配する旨の内容ではない。いや、もちろんそういう内容も含んでいたのかもしれないが……、本題はIanの血の衝動に関してだったはずだ。家族にIanの吸血衝動に関して伝え、自分が手紙を持たせた人間の血をIanに吸わせるようにと書いた。
 Ianは、だから感涙したんでしょう。姉が、あなたが、自分を助けるために他人を犠牲にすることを厭わなかったから。他人を殺してまで、自分を助けようとしていることを知っているから、だから嬉しかった」

 Lucvはグラスの中の液体に口をつけた。中身は赤いワインだ。血ではない。
「で?」
「おれは、おれの考えが真実なのかどうか知りたい」Lynnは正直に言う。
Lucyはグラスを置く。そして息を吐く。
「金欠っていうのは、本当」Lucyは肩を竦めた。「だから残念だけど、あなたに十分な支払いはしてあげられないの。Awfulのことは心配しなくて良い。わたしがあそこに戻るから」
「おれの考えたことは、正しいんだな?」


「それにね」とLucyは目を細めた。瞳の端には涙が滲んでいた。「両親が死んで悲しいっていうのも、本当。いろいろと助けてくれて、ありがとう。騙して悪かった。それは認める。でももう、そっとしておいて」


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