87日目

デルキオス城、リンダヤール城、そしてディリム。イソラが率いる反乱軍が、これらスワディア王国の所有する東部領域を制圧した直後はいろいろと問題が起きた。ひとつは統治に関する問題だったが、これはもともとスワディア王国軍に所属していたグラインワッド卿やクライス卿に統治を任せることでなんとかなった。

もっとも大きな問題はイソラについてだった。
いちおうは反乱軍のリーダーであり、反乱軍が勝利した場合は為政者となるイソラは民衆の前に姿を見せるべき存在だ。大衆に、自分たちを治めているのがいかなる人間なのかを教えなければいけない。
が、イソラが姿を見せることに対して、ウルは反対だった

「どうしてだ、ウルギッド」とイソラが唇を尖らせる。「わたしは王だぞ」
「民衆の前に姿を出して、威厳がない人間だとついてこない。士気が落ちるだけだ」ウルは答える。
「じゃあ大丈夫じゃん。わたしは威厳があるぞ」
「どこがだ」
「だいたい、わたしの存在を隠したままで士気が上がると思うのか。こんな美少女のために戦っていると思えば何夜でも勇気絶倫だろうに」
「それ以前に民衆が愛想尽かして国を出て行く」

「まぁまぁ」とグラインワッド卿が宥める。「おふたりで言い合っていても仕方がないでしょう。みんなで投票して決めましょう
「なんでそうなる」
しかしグラインワッド卿はウルの制止を聞かずに投票箱を作り始める。
「できました」
「待て」

ディリムの城、大広間に集まっている人間を見渡す。イソラ、グラインワッド卿、クライス卿、そしてウル。

偶数なんだが」

しかもウルはウルの意見に、イソラはイソラ自身の意見に票を投じるはずなので、ほとんどグラインワッド卿とクライス卿の意見で決まってしまう。ふたりの間で意見が割れたら、やはり話が進まない。

「まぁまぁ、やるだけやってみましょう」というグラインワッド卿の言葉に丸め込まれ、ウルらは投票用紙を箱の中に入れた。「さて、開封しますよ」
なぜこんなにも彼は嬉しそうなのだろうか。投票が好きなのか。
「まずは……、わたしですね。ウルどのの意見に一票」とグラインワッド卿はテーブルの上に自分の投票用紙を広げた。「まぁイソラ皇女がいささか威厳に欠けるというのはウルどのの言うとおりですからね。ずっと秘匿にしておくわけにもいきませんが、もう少し王らしい威厳を身に着けてからでも遅くはないのではないかと」
「十分あると思うがなぁ……」とイソラがぼやく。
「次は……、クライス卿ですね。おっとこれはイソラ皇女票」グラインワッド卿はクライス卿の投票用紙をテーブルに広げ、話を促す。「これはどうしてでしょう、クライス卿? ウルどのに虐められるイソラ皇女が可哀想になったとか?」
「べつにそういうわけじゃない。ただリーダーが顔を見せなければ民衆も怪しむだろうし、隠し通したところで疑惑は残る。さっさと見せてしまったほうが、問題が起こりにくいだろう。べつにこの女のためじゃないからな

このふたりの投票内容は予想していた通りだった。グラインワッド卿がウルの意見に直接的に反対するはずがないし、それを感じてクライス卿がイソラの擁護に回ってやることは予想できていた。

「ツンデレツンデレ」嬉しそうにイソラが言う。
「で、次は……、イソラ皇女の票ですね」
見るまでもない。そう思ったウルだったが、結果は予想と違っていた。イソラはウルに賛成していた。

「ウルギッドがどうしても厭だというのなら、わたしはいい」
イソラは少し不満そうだったが、そう言った。

女泣かせですね、ウルどの」とグラインワッド卿が肘でウルの脇を突いてくる。正直なところ、鬱陶しい。「でウルどのの票は、もちろんウルどの、というわけで3対1でイソラ皇女は今回は衆民の前には姿は見せない、ということで」

グラインワッド卿の決定を聞いても、イソラは俯いて黙ったままだった。
ウルは彼女の頭に手をやった。「次、機会があったらまた考える。それまでクライス卿の奥方にでも言葉遣いを習っておけ」

イソラはじっと黙っていたが、しばらくして「あれ?」と言った。
「なんだ」
「それだけか?」
「それだけかって、なんだ」
「感動して、心打たれて、じゃあおまえの言うとおりにさせてやるよ、ってならないのか?」イソラは首を傾げる。まったく悲しそうな表情ではない。
「なんでそうなる」
「だって………」
イソラの視線がグラインワッド卿へと行く。
グラインワッド卿はウルから視線を逸らす。事のあらましはわかった。怒る気力も起きない。

そのとき広間に連絡の兵が駆け込んできた。ただならぬ様子から察するに、敵の襲撃のようだ。とはいえこのディリムにはウル、グラインワッド卿、クライス卿の三部隊が集結している。たとえ300の兵で攻められようとも防ぎきれる。
「数は?」
「およそ、250です」
多い、が防ぎきれないほどの数ではない。以前とは違う。兵力は十分にあるし、物資も整っている。
「敵の将は?」
人数を考えると、ハルラウス王かもしれない、と思いつつウルは戦の準備をする。
「それが……」兵は躊躇ったように言った。「ロドック王国、グラヴェス王の軍です」

街壁の上に出てみると、確かに見えるのはロドック王国グラヴェス王の軍旗だった。並べられているボードシールドも、ロドック王国の軍を象徴するような重厚なものだ。
「これは………」
われわれもスワディア王国の一員とみなされたということか」クライス卿が呟く。

ロドック王国からは矢文が撃ち込まれていた。物見の兵にそれを取ってこさせる。
文の内容は、ウルとグラインワッド卿に名指しで、宣戦布告するというものだった。

「どうやらそういうわけでもないみたいですね」と文を見せたグラインワッド卿が言った。
「どういうことだ?」とクライス卿。
「ここにはグラインワッド卿、あなたの名前が載っていない。というのは、あなたの領地はベージャーやカーギット方面で、ロドックとは交戦したことがないからでしょう。わたしもウルどのも、あちらには顔が知られているし、いろいろと恨みも買っている
ウルギッドのせいというわけだな」とさきほどの恨みか、イソラがそう言った。
「だったらどうするんだ」
大人気ないとは思ったが、ウルはそう尋ねていた。
「どうもしない。わたしはウルギッドを買ったんだからな。最期まで付き合ってもらうぞ

士気は簡単に上がった。グラヴェス王の軍を退け、ついにスワディア解放軍は大陸西部側、ハルラウス王の権力の行き届く場所へと進んだ。



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