かくもあらねば/11/05

5

「ふむん……、この犬はTurbo中毒だったようだな」Henry医師は犬の検査をしてから言った。「となると、Rexも少し変わるかもしれん」
Turbo中毒になるとか?」
そうなるとThe Kingは嫌がりそうだな、と思いつつSumikaは尋ねた。彼はRexを猫可愛がりしている。
「そういうことはないとないと思うが、何らかの影響はあるだろう」とHenryはSumikaの言葉に無意識的に応じた。
「たとえば?」
「動きが早くなったりとか」
「そりゃ、便利だな」
そう言ってSiが少し笑ったが、Henryは笑わなかった。冗談ではなく、本当なのかもしれない。
「なにか困るのか? たとえば、老化が早くなるとか………」
「そういう現象が起きることは否定はできないが、そうでなくとも何らかのデメリットがあるだろう。自分と同じ生き物がいない世界というのは、なかなかに不便だ

Henry医師の言葉はSumikaを指してのものではなかろうが、彼の言葉は僅かに胸に突き刺さる感じがした。ほんの少しだけ。
彼の言葉は真実を射抜いているが、まさしく的確に射抜きすぎていたために大きな傷にはならなかった。確かに自分と同じ生き物のいないこの世界は不便でたまらないが、大きさや形は違えど自分と意思を交わしてくれるものがいるのならば、不幸ではない

Rexの治療をHenry医師に任せ、SiとSumikaはLilyとともにNightkinの巣穴に向かった。ArcadeはHenryの手術を見学するために、Jacobstownに残った。
「このあたりはとっても空気が綺麗なの」と嬉しそうにLilyが言う。
彼女にとってSiは孫のJimmyなのだから、嬉しいのも当然だろう。
彼がJimmyだというのはまったくの幻想だが、しかしLilyにとって孫といっしょにいられる幸福感は本物だろう。たとえそれがまったくの偽物だとしても、気付かなければ幸せだ

こんなことは思いたくはないが、もし自分の存在が、医師が言っていたようにSiの見ている幻覚だとすれば、それも彼は知らないままのほうが幸せなのだろうか?

そうとは限らないな、とSumikaは首を振った。LilyにとってJimmyという存在は、おそらく何にも代え難いような存在だろう。
しかしSiにとってのSumikaは、そうではないはずだ。家族ではないし、それなら良いなとは思うが恋人でもない。

Lilyとともに洞窟のようなNightstalkerの巣穴を進んでいく。NightstalkerはStealthboyを使っているかのように消えては現われ、Siたちに襲い掛かろうとしたが、Lilyがそのほとんどを薙ぎ払ってくれた。彼女が取りこぼした分は、Siが撃ち落した。

進んでいくと、やがて洞窟の中に鋼鉄製の扉が現われた。自然の岩の中、場違いな人工的な物体だった。Siが手をかざしてみると、それは素早くスライドして開いた。どうやら戦前の技術らしい。

(ここが、Nightstalkerの変異原因……?)

そうではないらしかった。中は倉庫のような場所だった。現代では貴重になった薬品などが保管されていた。戦前の金も。
Siがその中からホロテープを見つけ、再生させた。聞こえてきたのはおそらくここを利用していたらしい男の声だった。
『……だがきっとVegasの興隆も長くは続かないだろう。Vaultに受け入れてもらえなかったわたしは、たったひとりでこの場所を作り上げた。いったいなにが得られただろう? 人間は誰だってひとりだ。誰だって自分自身のために生きている。ここにいると改めてそれを感じる。Paulson少年だって、きっと同じことを思っただろう』

テープの音声はそこで途切れた。
ひとりきりだった男はいったいどうしたのだろう。そんな疑問を持ったが、SumikaはSiのコートのポケットの中で大人しくしていた。

もう少し進んでいくと、やがて光り輝く茸の群生地に出た。その中に眠るように、Nightkinの死体があった。傍らにはNightstalkerの歯型がついたStealthboyも。どうやらこのStealthboyがNightstalkerの変異の原因らしい。自然起源の変異ではなかったというわけだ。
Lilyはしかし、その事実にも気落ちする様子も見せずに、死んでいるNightkinの死体の傍に跪いた。
再生しっぱなしのホロテープから声の続きが聞こえてきた。
『ロッジの一室には女と彼女の幼子がいる。明日には出立するという』男の声は、希望に満ちているように聞こえた。『きっと彼女らの旅路には男手がいるはずだ』
今度こそ本当にホロテープの記録が終了した。

「祈りましょう」とLilyが言った。「この子や、そのほかのここで死んでいった人たちが、安らかに眠れるように」

Siは曖昧にうなずいたが、目は瞑らず、祈りの姿勢もとらなかった。

代わりにSumikaが両手を胸の前で握って、祈った。死んだ人々やSuper Mutant、Nightkin、Nightstalkerらが安らかに眠ってくれますように。自分が人間に戻れますように。Siがこれからの道中、無事でありますように。Siと安らかに旅ができますように。LilyがSiがJimmyではないとわかっても気落ちしませんように。それからそれから、ホロテープの男が、きっと女やその子とともに楽しい旅路ができていたであろうことを。


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