0日目

隊商が訪れたノルド王国の漁村は小さな村だった。
行商用の塩と当面の食料の工面を村長に頼んでいる間、隊商長は配下に人を雇い入れる告知を出すように伝えた。戦闘の経験がなくとも、ノルド王国の猟師は力が強く頼りになる存在だ。
人が集まるまで村を見て回っていると、子どもたちが物珍しそうな様子で隊商長のことを見ているのに気付く。否、彼が珍しいのではない。おそらく馬が珍しいのだ
ひとりの少女がおずおずと近寄ってきて、馬に触ってよいかと尋ねてきた。隊商長が頷いてやると、少女はおっかなびっくり馬面に手を伸ばし、顔に触れた。手を舐められて嬌声をあげた。やがてそれまで遠巻きに見ていた子どもたちも寄って来て、馬に触れた。子どもたちのの楽しそうな様子を見て、思わず笑顔が零れた。

はるかかなたの地で産声を上げて後、何年もが過ぎた。
あなたの父は……

猟師

あなたは森のはずれに住む一家の娘として生まれた。
暮らしを続けるために何でもする。狩り、木工、弓矢の作成、
いつだって緊張するが、密漁も辞さない。
冬は一家にとって決してよい季節ではなかった。
寒さは動物っも人と同じくその手にかかえる。
あなたはいつも生きて次の朝日を見た。
しかしあなたの弟、妹はそう幸運でなかった。

護衛兵はほかにいて、護衛というよりはむしろ雑用目的で人を雇うわけだが、それでも戦うべきときには戦ってもらえるような人間ではないと困る。力が強く、よく言うことを聞き、協調性がある。できればそんな人間が望ましく、もし隊に不和を乱すような人間が入ってきてしまわれては困るため、いちおう面接を行う。

(怪しい………)

のっけから不穏な面接になったのは、最初に訪れたその村人がどこで手に入れたのか、鉄仮面を被っていたからだ。
オーディンです」
そう答えた鉄火面の声は意外に高かった。身体も線が細く、小さい。
「仮面を取ってください」と隊商長は言った。
「どうしても?」
隊商長が無言で返答すると、オーディンと名乗った人物は鉄火面を外した。中から現われたのは金髪に碧の瞳の、少女然とした女性の顔だった。
「女性は募集してません」
「ほらぁ、そう言うと思ったから」女性は息を吐いて首を振った。「これ被ってきたのに」
「とにかく、お引取りください」
「なんで女は駄目なんですか?」と彼女は食い下がる。「ホモなんですか?」
「女性は長旅には向かないでしょう」
「大丈夫です。猟師や鉄工場で働いてましたから、こう見えても丈夫だし、力はあるんです。役に立ちますよ。いろいろお手伝いしますし」
「駄目です」

彼女は何度も食い下がってきたが、隊商長は彼女の加入を認めるわけにはいかなかった。男だらけの中に少女がひとりいたら、それだけで危険だ。

あなたは立ち上がって話せるようにあるやいなや
世の中のことどもを学び始めた。
あなたは幼年時代を……

職人の従弟

幼年時代を過ぎようとする少女の頃、
あなたは地方の親方について、その従弟となった。
親方の下で長くつらい労働と勉強の日々をすごした後、
彼はあなたを職工へと承認させ、満額の支払いの下に正式に雇用し、
好きなだけ長く居ていいぞと請け負ったのだった。

次の村を訪れて人を雇おうとしたときにも、オーディンと名乗った女性がいたので隊商長は驚くしかなかった。
「どうやってここまで?」
「走ってきたんです」こともなげに彼女は答えた。
「まさか………」
「身体が丈夫だっていったでしょ? 足も自信あるんだから」彼女は腰巻を捲って足を見せた。「ほら」
「やめてください」隊商長は彼女の手を無理矢理下ろさせる。溜め息が出てくる。「あなた、オーディンというのはノルド王国の姓でしょう? フルネームは?」
「セドです」オーディンは白い歯を見せてにっこりと笑った。「セドナ・オーディン」
「セド、どうしてそんなに隊商に加わりたいんですか?」
馬が好きだから。何年か前にも……、その前にも、馬を連れた隊商が来たの。そのときは連れて行ってもらえなかったから」
「馬が好き?」
それだけの理由で村と村との間を走ってくるとは思えなかった。しかしオーディンは本気のように見えた。
「だから、馬の世話でも、どんな雑用でも良いです。なんでもやりますから、雇ってくださいよ」

彼女は今度は梃子でも動きそうにない様子だった。

その後、青年となった頃、あなたの人生に変化が訪れた。
あなたがなったものは……

行商人

この変化はあなたにとって唐突なものとも思えたが、
あなたが一人前の男となるにつれ、
あなたの周りの世界も変わり始めた。
目の前に伸びる開けた道の呼びかけに従い、
あなたは村から村へ、商品を売り買いして渡り歩いた。
決して裕福とはいえなかったけれども、
どんなひもじい暮らしの老人でさえも、
あなたの商品を高値で買い取るくらいの売り文句を吐くようになった。

「彼女、よく働きますね」
新たに隊商隊に加わったセドナ・オーディンの様子を見て、隊商兵のひとりが言った。
「明るいし、よく気が付くし、給仕のときも汗臭いおっさんが盛り付けるよりは、女の子にやってもらったほうが嬉しいですしね」
「大丈夫かな」隊商長は心配だった。
「なにがですか?」
「いや……、女性だし、変なことされていないかとか
「まさか」と隊商兵は噴き出した。「女っていうより、女の子じゃないですか。なんですか、隊長、まさかロリコンですか?
「いや、そういうわけじゃないけどさ」

しかし、すぐにすべてが変わり、
あなたは冒険者として歩み出すこととなった。
それはなぜかというと……

家からの放逐

あなただけが、なぜ今までの暮らしをなげうち、
冒険者とならねばならなかったか知っている。

金属がぶつかり合う音が響いていた。叫び声、人が死ぬ音も。
隊商長は必死で武器を取り、矢を弓に番え、剣を振るったが、賊は隊商の3倍以上の人数がいた。

テントをひとつひとつ見ていくと、3人の賊に襲われていたオーディンの姿を見つけた。彼らはオーディンに夢中で、テントに入ってきた隊商長には気付かなかった。
一瞬で3人の首を落とし、オーディンを引き起こした。

「隊長………」

泣きそうな表情のオーディンを抱き上げ、隊商長は馬まで取って返した。鞍に彼女を乗せ、逃げるように言う。
「隊長たちは………?」
「まだ生き残って逃げ遅れた人がいないかどうか、見て回らなくちゃいけない。それに商品も残したまま、逃げられない」
「そんな……、商品なんて」
「とりあえず、オーディンは逃げなさい」
「でも………」
迷うオーディンを説得する余裕はなかった。手綱を握らせ、無理矢理に馬を走らせる。

彼女の姿が見えなくなってから、隊商長はその場に膝をついた。背中に何本も矢が刺さっている。投げ槍も。さすがに血を流しすぎた。だが彼女を逃がすことができた。良かった。彼はゆっくりと意識を失った。

もう戻れない。
もう戻るところがない。
これまでが如何様だったにせよ、もう戻る家がないのだ。
広い広いこの世界に放り出されたという現実を直視しなくては。
浮かぼうが沈もうがただ一人……。

冒険者となり自らの運命へと馬を進める

彼らは友であり、家族だった。
心地良い人々だった。
森の向こうで、すべてが燃えていた。

セドは馬の上で、ずっと泣きじゃくっていた。


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