墜落から三日目エトリア時刻(エトリアの太陽が南中した時刻を正午=12時半とし、技師が定義した)で24時深夜、キャプテンら一行はエトリアの町に到着した。思いのほか到着が遅れてしまった。山岳部の傾斜が厳しく、時間がかかってしまったのはしょうがないが、特にドクターの体力のなさが問題だった。彼は「もう若くない」と言っており、実際メンバー中最年長だが、しかしこういった状況では体力のなさは困る。地球より重力が小さいというのに。

エトリアの町中は暗い。所々明かりがついている家屋もあったが、ほとんどの家は寝静まっているようだった。エトリアにも飲食店があるのだろうが、それらも大半は閉店しているようである、と遠距離で映像を解析するヴェルダンディが告げる。
金鹿の酒場という場所を探していただけないでしょうか』
お酒もあるんだ」と生物学者。
『酒場というのは翻訳した語ですので、こちらでいう酒というものがいかなるものかはわかりませんが、存在はしています。ですが麻薬のようなものである可能性もあるので、酒は控えたほうが良いでしょう』
「なんでその酒場に?」キャプテンは訊く。
世界樹の迷宮に関する情報が集まる場所が、その酒場らしいです。情報収集にもぴったりですし』
(情報収集ねぇ………)
どうも、未開の惑星の知的生命体とコンタクトを取ろうとしているというのに、いまいち緊張感が足らない気がする。

エトリア人とすれ違うことのないままエトリアの町を歩き回る。数分で金鹿の酒場は見つかった。ガラス越しに店内を覗く。確かに酒場らしい店内である。壁棚には多くの酒のボトルのようなものがあり、カウンター席と円席が複数存在している。カウンターの向こうには妙齢の女性が見える。
酒場の女性の視線がこちらを向き、キャプテンは驚いて身を離した。
女性が近付いてくる。どうするべきか、迷う。
ドアが開かれた。
「あら……、珍しい
女性の声がはっきりとした周波数で耳元に響いた。
「いらっしゃい」
キャプテンは同じ船に乗ってきた仲間を振り返る。生物学者が頷く。

女性に導かれるままに店内に入った。店内にはキャプテンらのほかに数名の客がいたが、一人で食事をしているものはいなかった。最低でも二人のグループで、酒と食事を静かに愉しんでいる。店の入口からは見えなかったが、店の右手側にもう一つカウンターがあり、そちらには海賊のようなアイパッチを当てた男が座っている。
案内されたテーブルに五人は座った。メニューの表を見るが、しかし字までは翻訳できない。ヴェルダンディに翻訳させたのでは時間がかかる。
「何か料理を……、適当に五人前、お願いします」キャプテンは店の女性に言った。
自分の言葉がきちんと翻訳されているか、心配ではあったが、しかしきちんと伝わったようだった。
「今だと軽いものしかないけれど……、良いかしら?」
キャプテンは頷く。
「飲み物は?」
「えっと、で」
「あとビールをジョッキで一つ頼む」
言ったのはドクターだった。
「ビールジョッキで一つに、お水四つね。じゃ、お飲み物だけお先にお持ちするわね」
店の女性が去っていくのを見届けてから、キャプテンはドクターに言う。「お酒は駄目なんじゃなかったんですか?」
「少しくらいサンプルが必要だよ。呑むわけじゃない」ドクターは肩を竦める。「ここのビールが日常的に飲まれているらしい、っていうのはわかっているし、まぁ安全だろう」
すぐに先ほどの女性がジョッキとコップを持ってやってくる。ジョッキの中の飲料は、キャプテンが知るビールに比べ、やや赤茶けて見えた。

飲み物をテーブルの上に置くと、店の女性はテーブルの空いた席に座った。
「料理が出来上がるまでもう少しかかるんだけど……、その間、ちょっとお話を聞いてもよろしいかしら? あなたたちは、世界樹の迷宮を探索しに来たの?」
キャプテンはどう答えて良いか迷う。彼女はなぜここまで腰を据えて話をしようと思ったのだろうか。何かを知っているのか。横目でドクターを見やると、彼は平気な顔をしてビールを飲んでいた。生物学者と小声で話をしているが、大丈夫なのだろうか。
そうですけれど……、どうしてですか?」答えたのはサイバネティシストだった。
「明らかにこの町の人じゃないし……、それに、エトリアにわざわざ来るなんて迷宮目当ての人たちだけだからね」女性は一人ひとりの顔をじろじろと見ていく。「ふぅん……、久し振りだなぁ。もうギルドの登録はした?」

(ギルド?)
世界樹の迷宮の探索に関しては何か制度があるのだろうか。

「ギルドって、なんですか?」サイバネティシストが素直に訊いている。「迷宮について、よく知らないんですけど……、なんか、凄い宝が眠っているってことくらいで」
「ギルドっていうのはね、執政院に正式に登録された、迷宮を探索する冒険者のパーティのこと。迷宮の探索をするには既存のギルドに加入するか、新しくギルドを立ち上げる必要があるの」
「その、ギルドを作るには何か条件があるんですか?」
「いいえ、基本的にはないわよ」女性は座ったまま振り返り、奥のカウンターの隻眼の男性に手を振る。「ガンリューさん、ちょっと来てぇ」
ガンリューと呼ばれた隻眼の男が立ち上がりこちらのテーブルにやって来て言った。
「あんたら、冒険者か」
「そんな感じです」とサイバネティシスト。
「五人か……、ギルドには最適な人数だな」ガンリューは女性に言った。「サクヤさん、ビールを一つ」
「あ、私もお願いします」生物学者も手を挙げて言った。
(大丈夫なのかな………)
既に呑んでいるドクターが平気そうなので、普通のアルコールだったのかもしれない。しかし、キャプテンは自分で飲んでみる気はしなかった。もともとアルコールを飲むほうではない。
「はいはい」サクヤという名の店員の女性は椅子から離れる。「ガンリューさん、ギルドについての説明、お願いね」
「はいよ」ガンリューは低い声で言い、手元にあった書面をテーブルの上に置いた。「これの記入欄に適当に記入してくれ。それでギルド成立だ」
キャプテンは書面に視線を移す。翻訳機と連動したヴェルダンディのカメラ・アイが文章を捉え、翻訳を開始する。
活版技術もきちんとあるようですね……。上の大きな欄がギルド名、下の二つの欄がギルド所属者の名前と職業とあります。リーディングは可能ですが、ライティングは問題ですね。地球語で書かざるを得ませんので、何か訊かれたら適当に誤魔化してください』
「まだギルドを作るってわけじゃあ………」キャプテンは書面を見たまま発言した。
「その人数だったら、新しくギルドを作るのにぴったりだろう。それに、今のところあんたら五人を全員受け入れられるようなギルドは、ベテランのギルドを除いてないぞ。ベテランからは断られるだろうさ」ガンリューはにべなく言った。「別にギルドに登録したからといって、不都合があるわけじゃない。支給品も出るし、簡単な試験があるだけで迷宮には潜れる。さっさと書いちまえ。だれがリーダーだ?」
キャプテンは最年長のドクターに視線をやったが、彼はキャプテンに対して手を差し出していた。「彼女」
このお嬢ちゃんが?」ガンリューは鼻から息を吐いた。「最近では珍しいというほどじゃないが……、まぁ、良い。じゃあ嬢ちゃん、どうだ。ギルド名は考えてあるか? ないなら適当につけちまうぞ」

「ガンリューさん、あんまり脅かしちゃ駄目ですよ」
ビールジョッキ二つと、さらに料理のトレイを持ってサクヤが戻ってきてくれた。料理が並べられる。見た目も匂いも食欲をそそる様な美味しそうなものだった。たぶん、食べられるのだろう。早速技師やドクターは食事に手をつけ始めている。
「実際、ギルド作るのにぴったりな人数じゃないか。作っておいて損はない。善は急げ、だ」
書面とペン(筆先にインクを直接つける必要のあるタイプのものだった)を受け取り、キャプテンは考える。ギルド名なんてまったく思い浮かばないし、そもそも職業の欄はなんと書けば良いのだろうか。
とりあえず全員分の名前を書く。英語で。
「あんた、これ、どこの文字だ?」書面を覗いていたガンリューが怪訝そうな声で言う。
キャプテンが言葉に詰まっていると、サイバネティシストが助け舟出した。「ずっと北のほうから来たんです」
「あんたら、あの山を越えて来たのか?」ガンリューが驚いた表情を見せる。
キャプテンらは頷く。
「あら、珍しい……」サクヤも言った。
「この前あそこの山に隕石が落ちただろ、あの辺、大丈夫だったか?」
「ちょっと焼けたみたいなところはありましたが、山火事とかはなかったですよ」サイバネティシストは何事もなく答える。
「あの山を越えてなぁ……。字は読めてるのか?」
『どうやら発声部分では言語は広い地帯で同じになっている代わりに、文字にすると地域ごとに大いに異なっているようですね』ヴェルダンディが囁く。
「読むほうは問題ないんですが、書くほうがちょっと………」キャプテンは言った。
「そうか。まぁ、構わん。とりあえず書類ができていれば、執政院も特にチェックはしない」
「あの、職業っていうのは………」
「わからなけりゃ、まぁアルケミストカースメイカー以外は適当に書いてくれ。アルケミストかカースメイカーはいるか?」
『翻訳不可能です』とヴェルダンディ。
とりあえずキャプテンは首を振っておく。
「なんだ、バランス悪くなるなぁ……。メディックは?」
『翻訳不可能ですが、今日までの解析結果から、医師に近い職業だと思われます』
「僕が」ドクターが手を挙げる。
「メディックはいるか……。それならまぁ、どうにかなるだろう。じゃああとは適当に書いておく」ガンリューはキャプテンから書面を取り上げ、筆を滑らせる。「ギルド名も適当に決めおこう。ご苦労さん。手続きは終わりだ」
「え? もう終わりですか?」キャプテンは驚いた。
「明日にでも執政院に出向いてくれ。そこで試験がある。まぁ、簡単なもんだ。執政院の場所がわからなきゃ、誰かに訊け。達者でな」
ガンリューはビールを飲み干し、店を出て行く。

「とりあえず良かったわね」サクヤが微笑む。「でも、気をつけてね。迷宮で命を落とす冒険者も少なくないんだから」
「え?」声を挙げてしまう。「なにかあるんですか?」
「あそこにはね、見たこともない財宝や植物がある代わりに、得たいの知れないモンスターもたくさんいるの。気をつけたほうが良いわ。迷宮に出かける前にシリカちゃんの武具店に寄っていくと良いわね。執政院で正式登録すれば、買い物できるから」
「ご忠告ありがとうございます」とサイバネティシスト。「ところで、この辺で質屋のようなものはありませんか? 恥ずかしながらこの町に来たばかりで、碌にお金がなくて………」
「シリカちゃんのところがやっているけど……、執政院の登録を受けないと無理ね。あ、でもお金なら執政院の登録を済ませれば少しは支給されるわよ」
「あの、すみませんが、そのお金が入るまで、ここの代金つけておいていただけますか?」おずおずとキャプテンは尋ねる。
「わかったわ」意外にもあっさりサクヤは頷いた。それから小さく笑う。「お金もなくて酒場に入ったのね?」
「はぁ………」キャプテンは頬が紅潮するのを自覚する。「すみません」
「良いの良いの。長旅で疲れているんでしょう? 宿も近くにあるから……、あとで店の子に案内させるわ。それより、早く食べないとそっちのお嬢さんに全部食べられてしまうわよ?」
テーブルを見ると、ギルド登録をしている間まったく喋らなかった技師によって、料理はあらかた食べつくされていた。


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