かくもあらねば/00/07


Sumikaは少尉の部屋を訪れた。
Silasの部屋以外にはSumika用の小窓はないため、彼の部屋に入れるわけではない。しかし彼のことがふと気になったので、来てしまった。

幸運にも、Sumikaが訪れると同時に少尉の部屋の前に来ていた者がいた。その人物は、南部NCR駐屯地のドクターだった。怪我を負ったSilasの治療をしてくれた人物だ。
彼に続いて、少尉の部屋に入る。
少尉は机の前で銃の分解清掃をしていた。その銃は軍用ライフルではなく、Silasの使っているような回転式拳銃だった。Silasの44口径より、一回り小さい
「少尉」とドクターが言った。「やはり明日の出撃に、彼を同行させるつもりですか?」
「相手は小規模のFiendsだ。心配ない」少尉は手を止めて応じる。「彼も十分に強くなった」
「わたしが言っているのはそういう意味ではない。あの子を、あくまで兵士に仕立て上げるつもりなのか、ということです。心に傷を負った、あの子を」 

ドクターがこの3年間、ずっとSilasがNCR兵士になることに対して反対し続けてきたことを、Sumikaは知っていた。明日の参戦にも、彼は真っ向から反抗の意を示していた。

少尉は静かに頷く。
そしてこんなことを言い出した。
「ドクター、あなたは自分のルーツを知っているか?」
「ルーツ?」
「自分の……、たとえば先祖だとか、血筋だとか、人種だとか、そういうことだ」
急な話の転換に訝しい表情をしつつも、ドクターは首を振って応じた。
「おれのじいさんは変わった人で、子どものときにおれによくこう言っていた……」少尉が語る。「『Didi、おまえの中には1/16のインディアンの血が流れていて、1/8のアイルランド人の骨が埋まっているんだ』と」
「おじいさんは……、Vaultの出身で?」
「いや、そういうわけじゃない。だから言ってたことも、出鱈目だったんだろうさ」少尉は小さく笑う。「でも、おれは信じた。自分の血と骨を作っているものが何か知りたくて、NCRに入る前はScavengerをやっていた。主に戦前の文学資料を探していた。その中にこんな話があった……、アイルランドの話だ。あるアイルランドの村で、ある女が妖精に攫われた、という噂話が流れた。その女の夫を調べてみると、やがてその夫が暴行し、殺害した妻の遺体が見つかった。夫は裁かれたが、彼はこう主張した。死体は妻ではなかったあの死体は妻と入れ替わった妖精で、自分はこれから、妖精に攫われた妻を取り戻さなくてはいけないのだ、と」
「御伽噺ですか?」
「いや、19世紀末の話だよ。近代化も十分に進んでいた時代だった。だが、その男には妖精が見えていた……。Silasは彼と同じだ。彼には妖精が見えている。大事なのは、おれたちには見えず、彼にだけ見える、ということだ。本当に、Tinkerは存在しているのかもしれない。そうなのかもしれない。だがそれは重要ではないんだ。彼には妖精が見えていて、それを否定することは誰にもできない。信じはしない。そして簡単に行動に移す。おれたちにそれを止めることはできない。できることは、彼ができるだけ死なないように努力をすることだけだ。彼が自分を冷静に見つめられるようになるまで」
「戦うことで、冷静になれるというのですか?」
「わからない、が、軍隊の中にいれば、自分を見つめずにはいられない。妖精だけを見てはいられない。冷静になるまで、おれたちが守ってやれば良い。明日はおれも戦闘に出る。いざとなれば守ってやれる」

少尉の言葉を、ドクターは頷いて受けた。彼もいちおう、納得したようだ。
「ドクター、頼みがある」と少尉が続けて言い、手紙をドクターに渡した。「おれに何かあったら、これを渡してくれ
死ぬ気満々ですね」
「そういうわけじゃないんだが、そう見えるよな」少尉は破顔した。「まぁとにかく、頼むよ」
ドクターは頷いて、手紙を受け取った。

翌日の作戦中、彼は行動で自分の言葉を実証した。
Fiends討伐を完了して帰還中のところで、Ceaser's Legionの小規模部隊に襲撃された。NCRの兵士たちは概ね上手く立ち回ったが、Silasは頭に血が昇って突っ込んでいった。
Silasは無事だった。少尉が彼を守ってくれたから。
だが彼を守ろうとして、少尉は撃たれた

Sumikaは警告した。敵の射線にいる、と。だが彼には伝わってはいなかった。Sumikaが空を飛べ、感知されない存在であるからといっても、その索敵能力が有効に活用できるのはSilasに対してだけだ。
少尉は撃たれた。Silasと同じく、頭を

帰還した翌日、SilasとSumikaは医務室を訪れた。ベッドのひとつに、少尉の姿があった。可動式のベッドごと半身を起こした姿勢で、Silasの軽い足音に気付くと、片手を挙げて出迎えた。
「やぁ、Silas」
彼の目には包帯が巻かれていた

ドクターの必死の治療の甲斐あって、彼の命は助かった。
だが傷ついた眼球は、現代の技術では修復しようがなかった。もはや彼に視力はなかった
Silasのせいだった。彼が激昂して突撃しなければ、少尉も敵の射線に身を投げ出すことはなかった。
彼は謝った。
わかれば良い、と言って少尉は笑った。
ふたつ、頼みごとがある」と彼は言った。「まず、ドクターから手紙を……」
「あの手紙ですか?」とドクターが白衣のポケットから昨日の手紙を取り出す。
「あ、いや、ちょっと待って」少尉が慌てて止める。「それ、きみがこれを読んでいるとしたら、おれはここにはいないだろうとか、そういうことが書いてあるから、読まないでくれ。えっと、中に金庫のナンバーを書いたメモが入っている。それだけ受け取ってくれ。おれの部屋の金庫のナンバーだ。中にプレゼントが入っている」
Silasは頷く。

「ふたつめ、これからはよくドクターの言うことを聞いてくれ。彼はインテリぶってるが、まぁ頼りになる。だが戦闘員じゃない。これからは冷静な自分の判断ができるように。Tinkerとも仲良く」
Silasがもう一度頷く。

「みっつめ……」
「頼みごとはふたつでは?」とドクターが横から突っ込む。
「今、思いついたんだよ」少尉が口をへの字にする。
それから、優しい表情に戻って、いつも訊くように言った。
「今、Tinkerはここにいるのか?
Silasは頷き、それでは伝わらないと悟ったのか、「いるよ」と答えた。
「どこにいる?」

Silasが答える前に、Sumikaは彼の肩から降りて、少尉の腹の上に降りた。
「今……、少尉のおなかの上にいる」
「どのあたりだ?」少尉がSumikaを潰さぬよう、ゆっくりと手を動す。
彼の手が、Sumikaの目の前で止まった。
Sumikaは彼の指を両手で握った。彼の手は、動かなかった。

「おれの目は見えなくなった」
と少尉が言った。咎めるような口調ではなく、謎かけをするような、穏やかな口調だった。
「もう何も見えない。きみも、Tinkerのことも、同じく見えない。それなら、おれにとって、Tinkerは今、存在しているのだろうか? Tinkerのことが、見えているといえるのだろうか?」


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