かくもあらねば/00/06
これはきっと夢なんだ
Must Be Dreaming
6
Silasは今日も訓練だ。彼が訓練している間、Sumikaは彼の部屋の掃除をしたり、服を洗濯したり、繕い物をしたりしている。おかげで彼の部屋は、ずぼらなわりには綺麗だ。
NCRに来てから3年目。
Silasは14歳になっていた。
この3年間、取り立てて大きな事件はなかったが、SilasとSumikaにとっては激動の3年だった。
まず生活の場所が変わった。これまでの孤児院ではなく、NCRの基地がSilasとSumikaの家だ。NCR基地は部屋が余っているらしく、あるいはSilasの特殊な事情もあってか、狭いながらも個室が与えられた。
それに関連して、生活をともにする相手が変わった。今までは年下の子どもたちか、年上でもせいぜい5,6歳年上のAniseしかおらず、それ以上の年上というと近隣の村に住む人々か、たまに訪ねてくるJohnyしか年上の人間はいなかったが、基地内だと逆にSilasのような子どもは珍しかった。
さらにそれに関連して、生活のペースが変わった。NCRは軍隊であり、軍隊のペースというのは規律が作り出すものだった。孤児院でももちろん規律というものはあったが、それを定め、執行していたのは甘いAniseだった。破っても碌に怒られるということはない。しかし軍隊ではそうはいかない。規律を破れば、罰せられる。SilasとSumikaはそれを体験して知った。
変化は外から訪れるものだけではなかった。Sumikaにとって大きかったのは、Silasの変化だった。
まず見た目は、手足が伸びて筋肉がついた。まだ歳相応の幼さはあるものの、少し大人びた顔つきをするようになった。
口数が少し減った。もともと明るい子で、暗くなったというわけではないが、たまに頑なに口を閉ざすことがあった。
人を憎むようになった。Aniseを連れ去ったLegionの兵士たちを殺すために、毎日欠かさず訓練をしている。
明日、初めての実戦だと言い渡された。
もちろんこの荒れ果てたWasteland、若くして銃を取る人間も少なくない。だが若干14歳で正式に軍隊に所属し、実戦に出るという兵士はそう多くはないだろう。
夕暮れの時間だというのに、Silasはまだ射撃場で訓練に励んでいた。
もう止めろと、Sumikaがそう声をかける前に、彼に近づく人影があった。彼をNCRの兵士として迎え入れる決断をした、あの少尉だった。
「Silas、あんまり訓練しすぎると、筋肉がつきすぎるぞ」
「筋肉がつくと」Silasは射撃練習を止めずに応じた。「なにが困るんですか?」
「若いうちから筋肉をつけすぎると、背が伸びなくなる。背が低いと、もてないぞ」
少尉はSilasに近づき、リヴォルバーの上に手を置いて訓練をやめさせた。
「背が高ければもてるってわけじゃないけどな」
そう言うと、少尉は片づけをするよう促した。銃を仕舞い、薬莢を片付け、使った拳銃弾の数を記録し、それから宿舎へ向けて歩き出す。
「Tinkerは明日のこと、なんて言ってる?」と少尉が赤い空を眺めて言った。
彼の言うTinkerとは、Sumikaのことだ。
SilasとSumikaを軍隊の道に引き摺り込んだ彼のことを、Sumikaは嫌いにはなれなかった。
もちろん彼の行為は許せるものではない。彼のせいで、Silasは危険な戦いに身を投じることになってしまったのだ。
だが彼がSilasを誘わなくとも、SilasはLegionと戦う道を選んでいたように思う。彼がどれだけAniseのことを好きだったかということを、Sumikaは知っている。
もし彼が独力でLegionと戦おうとしていたら、おそらく1ヶ月ともたなかっただろう。そもそもLegionと戦うまでに至らず、そのへんのRaiderやFiendsに殺されていたに違いない。NCRが迎え入れ、戦い方を教えてくれたからこそ、Silasは生き延びられた。
「いつもどおりむくれています」と肩に乗っているSumikaを見て、Silasが答える。
「そんなにむくれてないもん」
「そんなにむくれてない、ってむくれてます」
Silasは少尉に対して敬語を使うようになった。彼も少尉のことを嫌ってはいないのだろう。
「心配しているんだろう」少尉は笑う。「羨ましいな、そんなに心配してくれる女の子がいて」
Silasの目にだけ映る妖精のような生き物が映るということは、この基地中の誰もが知っていることだった。
だがほとんど人間は、Sumikaのことをその名で呼ばない。そもそもSumikaという名を覚えようとしない。彼らにとってSumikaは、Silasの見ている幻想に過ぎず、馬鹿らしい幻覚なのだ。覚える価値もない存在なのだ。だから名を呼ばれることはない。
しかし少尉の場合はそうではない。彼はあくまでSumikaのことを、Silasを通して認識していて、その上でSumikaのことをTinkerと呼ぶ。
「少尉は、どうしてSumikaのことをTinkerと呼ぶんですか?」
宿舎で食事をしながら、Silasは少尉にそう尋ねた。
基地にSilasの友人はいない。たいてい食事はひとりで食べるか、そうでなければ少尉や、ごく一部の心を許せる人物とともにとる。そうでなければ、Sumikaの存在が邪魔になるからだ。
少尉はすぐには答えず、フォークで小皿を突き、「今、この小皿に乗ってるものを、Tinkerは食べてるのかな?」と言った。
「今は手を止めて、話を聞いてます」
「そうか、それじゃあ言うのが少し恥ずかしいな……。Si、良かったら、きみの絵の中から1枚をくれないか? Tinkerが書かれているやつ」
Silasは頷き、「それで、Tinkerって呼ぶのはなんでですか?」
「おれにとっては、妖精っていうのは子どもの頃に見た、あの映画の可愛いTinker Bellだからさ」
食事を終えたのち、少尉はSilasを部屋まで送り届けてから、絵を一枚受け取って自分の部屋へと戻っていった。
Silasは明日の初の実戦に向けて、緊張も特にないのか、.44口径リヴォルバーの分解清掃を行った後、すぐに寝てしまった。
Sumikaも最初は寝ようとした。初の実戦だというのは、Sumikaにとっても同じだ。
だがなぜか寝付けず、専用の小窓から廊下に出た。
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