14日目

カトリンとレザリットが宿酒場に駆けつけると、奥のテーブルでは包帯を頭と肩に巻いたセドが苦笑いをして座っていた。
傍らに一組の男女の姿があった。
ひとりは短い髪の若い女だった。農夫のドレスを着たその女は、少女と形容しても良いような年齢だが、どこかしら鋭い雰囲気があった。隊商の人間にはなかなかこういったタイプはいない。商隊の護衛などではない、純然たる飢えた傭兵隊には、しばしばこういった人間がいる。
のほうはその対極だ。着ているものは粗末であるが、農民ではないだろう。くすんだ色の髪や伸び放題の髭は、身体の内側から発せられている気品さを隠せていない。おそらくこのカーギット国の騎士団の兵士、しかもある程度の位を持つ人間だ、とカトリンは検討をつけた。

カトリンとレザリットの姿を見つけると、セドは手を振った。「やられちゃいました」
「いったいなにがあったの?」カトリンは駆け寄り、セドに問うた。
「矢が5本くらい一度に飛んできたので」
セドは笑っていた。手には包帯が巻かれていたが、彼女の怪我はそれだけだった。5人の弓矢に対し、これだけの怪我で済んだのは上出来だろう。

彼女が説明したところによると、夜盗に急に矢を射掛けられて腕を怪我してしまい、逃げ回っていたセドはこのふたりの男女に助けられたらしい。
フィレンティスさんと、クレティさんです」
とセドがふたりの男女を紹介した。

「あんたが大将?」とクレティという名の少女がカトリンのことを頭から爪先まで、じろじろと値踏みするような視線を向けてくる。
「リーダーはあっち」
カトリンがセドを指すと、そうだったの、とクレティは驚いた表情になった。レザリッドには、見向きもしなかった。
「ちょうど良かった。あんた、わたしのことを雇わない? 手付金は200ディナルで良いよ。腕前は知ってるでしょ? ナイフの扱いは、刺すだけじゃなくって投げるのも得意だし」
「えっと……」セドはカトリンに視線をやる。「どうしましょう?」
「リーダーなんだから、あなたが決めてね」
「う……、それもそうですね」

「それで、あなたは?」
カトリンはフィレンティスという名であると紹介された青年に視線をやった。彼もこの場にいるということは、何かしらの事情を抱えているのだろう。
「わたしは……」
フィレンティスが初めて口を開いた。貴族だ、と僅かな言葉遣いの違いから、カトリンは見抜いた。
わたしは罪を犯しました。マダム、もしお厭でなければ、懺悔を聞いていただけませんか?」


かつてトゥルガで騎兵隊の隊長を務めていた、とフィレンティスは語った。
騎兵隊といえば、相当なエリートだ。その中でも隊長といえば、かなりの家柄なのであろうと推測される。
彼は兄弟とともに軍隊に入っていたが、あるときひとりの女性を巡って諍いになってしまい、兄弟を殺してしまったのだという。
「わたしの利き腕には兄弟の血が染み込んでいます」ぽつぽつとフィレンティスは言った。「わたしはどうすれば良いのでしょう? これから、更正への道を辿れるのでしょうか? それとも悪霊とともに墜ちていくしかないのでしょうか?」

わたしのことを助けてくれたじゃないですか」
セドは勇気を振り絞って言った。腕を負傷し、動けなかったところを助けてくれたのはフィレンティスとクレティだ。彼らがいなければ、はした金を取られるくらいでは済まされなかっただろう。
「わたしは盗賊たちに切りかかろうとしただけです。あなたを助けようなどとは思っていなかった………」

セドは言葉に詰まった。沈黙が流れる。
静寂を破ったのは、遠慮がちな男の声だった。
「あのぉ、すみません」
遠慮がちに声をかけてきたのは、みすぼらしい格好をした中年の男だった。農夫であろう、手は豆と土で汚れ、服は泥と汗で汚れている。
「お忙しいところすいません。御寮人さまがた、けっこうな腕前かと存じ上げます。よろしければ、おらたちの村を救ってはくれませんでしょうか

セドは他の面々と顔を見合わせた。フィレンティスは変わらず暗い顔、レザリットとクレティは農夫の話に興味がありそうな顔をしている。
しかしこういった話にいつもはもっとも関心を持つはずのカトリンは、なぜか俯いていて視線を合わせようとしなかった。
「どういうことですか?」と代表してセドが尋ねる。
「おらたちの村は、盗賊の隠れ家になっています。連中は悪逆非道の限りを尽くしていて、逆らうものは容赦なく殺されます。おらぁ、助けを求めるために抜け出してきたんですが、領主さまは何かとかこつけて、おらたち農民を助けてくれようとはしません。途方に暮れていたところで、あなたがたのお話が耳に入りました。そちらの方は騎兵隊の隊長さまだというじゃありませんか。どうかおねがいします、おらたちの村を救ってください

農夫の言葉を受け、場の一同の視線がフィレンティスに注がれる。
「わたしの剣は兄弟殺しの剣です」フィレンティスは首を振った。
しかし農夫は、彼の言葉など意にかえさない。「おねがいします。おらぁ、もう頼れるところがないんです」
当然だろう。農夫にとっては、頼る人物の剣が血に塗れていようとそうでなかろうと、悪人だろうと善人だろうと、それは大事ではないのだ。彼らにとっては、寄り木が太く、丈夫なものでさえあれば良いのだから。

「良い機会ではないですか」
セドがそう言うと、今度は彼女に視線が集まる。恥ずかしい。
「あなたがこれからどうなるか、それはこれから戦っていく中で自分自身で見出せば良いんです。行きましょう、フィレンティスさん」

「あなたは……」差し伸べた手を、フィレンティスは躊躇った後に握った。「まるで天使だな」

彼の言葉を聞いて、セドは自分の顔が赤くなるのを感じた。実際に触れてみると、耳まで熱い。
「さぁ行きましょう」
恥ずかしさを誤魔化すために勢い良く立ち上がり、出発する。

農夫の村、ドゥストゥリルに蔓延る盗賊団総勢21名は、セドたちの隊によって瞬く間に壊滅した。
ドゥストゥリルでは報酬は貰わなかった。隊の会計役であるレザリットは渋い顔だったが、この戦いがフィレンティスの贖罪だと思えば、これで良いのだ、とセドは自分に言い聞かせた。

勝利を収めた。
仲間も増えた。
それなのに、トゥルガに戻るまでの間、カトリンがやはり暗い表情をしているのが不安だった。


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