21日目

セドは顔を洗った。
馬に飼い葉を与え、鬣を梳かす。今は小さいとはいえ隊商のリーダーとなったセドであるが、それでも自分の馬くらいは自分で世話をしたい。馬はその人の足であり、武器であり、容姿であり、性格だ。汚すべきものではない。

馬の世話が終わると、いつも使っているを構えて素振りをした。まだ朝早く、人は起きていないため、誰にも邪魔されることはない。
素振りを続けながら、セドが考えていたのは今後のことだった。

やりたいことはあるのか、と以前にカトリンに問われた。
ない、と答えた。そのときは。

旅をし、戦いを続けるうちに、これこそやりたいことではないかと思うようになった。武器を振るい、物を得る。馬を操り、人を殺す。非生産的な行為だが、自分の性には合っている。

皆が起きだしてきてから、セドはカトリンに相談しに行った。戦で功を立ててみたい、と。
なるほど、とカトリンは頷き、ナッラに行くことを提案した。以前酒場で、ナッラのべリール卿投獄された一族を救い出すための助けを必要としている、という話を店主から聞いたのだという。
「ちょっと無茶じゃないです?」
とセドは言った。いきなり一城の主のところへ、傭兵風情が手助けを申し出ても、追い返されるのがオチというものではないだろうか。
女の身分で一介の兵士から功を立てられるほど、戦場は甘くないよ」と数々の戦を経験し、体験し、俯瞰してきた女であるカトリンは答え、それに、と付け足した。「もしかしたらトンジュ卿から話を聞いているかもしれないし」

トンジュ卿、と急に名前を出されてもぴんと来なかった先日馬賊退治のときに協力したカーギットの武官であると言われ、思い出す。あのときはあまり良い印象を抱かれなかったようだが、しかし何もないよりましかもしれない。

「そういえば、フィレンティスさんも元カーギットの騎兵隊隊長ですもんね」
彼のコネを使えば、と言いかけたが、カトリンの顔が曇ったのでそれ以上は言えなかった。

(うーん………)

カトリンとフィレンティスはあまり仲が良くないようである。
カトリンは彼のことを、きょうだい殺しは運命に呪われているから、と公言して憚らなかった。
フィレンティスのほうでも、カトリンから魔物払いの呪いを向けられると嘆いていた。その場はセドが説得したものの、このままではふたりの関係が危ういことになりかねない。

(わたしがしっかりしてないからだよね)

戦で功を立て、出世すれば、そう、彼らも仲違いすることはなくなるだろう。セドは単純にそう思った。

ナッラの城へはフィレンティスの仲介もあり、簡単に入ることができた。ただし、彼以外は得体の知れない傭兵だということで、人数は3人までだと限定された。
入るのはリーダーのセドと仲介役のフィレンティス。そしていつもならばカトリンを選んでいたはずだったが、彼女はフィレンティスと仲が悪いということで、レザリッドかクレティで迷い、いざというときに頼りになりそうなクレティを選んだ。

「話すならとっとと話せ」
傭兵風情が、というのがナッラの主、ベリール卿の第一声だった。
「彼女は単なる傭兵ではありません」と顔見知りなのか、フィレンティスが言う。「彼女があなたの家族を助けることになるでしょう」
「フィレンティスよ、おまえも落ちぶれたものだな」ベリール卿は高圧的に笑う。恨まれているのかもしれない。「この小娘どもが、あれを助けるだと?」

とにかく話してみてください、とフィレンティスに促され、ようやくベリール卿は本題に入った。これ以上話を長引かせていたら、クレティに刺されていたかもしれない。
突き詰めれば、話の内容は簡単だった。彼のきょうだいであるブルラ卿ベージャー王国のラルカ卿との戦に負け、囚われた。この時代、貴族は待遇を保障し、家族に身代金を要求するというのが普通だが、ラルカ卿はそうはしなかった。ブルカ卿をベージャー王国、ブルガ城の地下牢に放り込んだのだという。
「もしあれを助け出せるというのなら、そうだな……、5000ディナル出そう。傭兵風情には十分な金額だろう?」
まさしくその通りだ。5000ディナルというと、隊の金と、あらゆる物資をすべて売り払った代金の倍以上の金額だ。

やってみせましょう、とセドは頷いた。金額には心動かされたが、金目的というわけではなかった。助けられる相手がいるのならば、助けよう、そう思っただけだ。それに今回の依頼は、出世のための足がかりになる。

早速隊へと戻り、皆にこれからの行動について説明した。
「馬鹿なことを」
そう言ったのはカトリンだった。
「なにが?」とクレティがむっとした表情で言い返す。
「ブルガ城の近くまで行くことは簡単。敷地に入ることもできる。わたしたちはどこかの国に属しているわけじゃないから。看守から鍵を奪うのもできるかもしれない。でも、追っ手を振り切って脱出するとなればそうはいかない
「そうだな」とレザリッドが頷く。「どんなに守備隊の動きが鈍くても、限られた空間で半ダース以上の相手と戦わなくちゃならなくなるだろう」
「やってみなくちゃわからないでしょ。半ダースくらい、なに、楽勝じゃない」
とクレティはあくまで胸を張る。
「相手は武装しているけど、こっちは忍び込むのだから、鎧も満足に身に着けられない」とカトリンが諭す。「しかもこちらはひとりじゃない。満足に食事も与えられていないかもしれない、疲弊している貴族さまが一緒なの。ひとりで逃げれば良いってだけじゃない。こんな依頼だとわかれば、話は断るべきだった
カトリンはそう言ってフィレンティスを睨む。

一触即発の状況だった。
やめてください、とセドは叫んだ。きっと成功させてみせますから、とセドはそう言って見せた。

策はないわけではなかった。
セドたちはナッラを出ると、北方のベージャー王国の領地、ブルガ城へと向かう。だが直接は向かわず、城の近くまで来て、進路を近隣の村、ウディエへ向けた。

作戦とはこうだ。まずウディエの村で火事を起こさせる。この動乱の時代、動乱のカルラディア、火事といえば直結するのが賊の襲撃だ。ウディエを治めるラルカ卿は、すぐさま賊の鎮圧へと向かうだろう。城の警備が薄くなる。その隙にブルラ卿を救い出す。
フィレンティスの考えた作戦だ。
そして火事を起こす段階までは上手く行った。セドたちは夜の間にウディエに入り、村長と話して300ディナルの金を渡し、早朝に火事を起こすようにと依頼をした。

現在早朝、ブルガ城傍、ウディエの村から煙が立ち昇るのが見えた。守備隊も編成を整え、出発しようという状況だ。

「道理は通っている」でも、と言ったのはカトリンだった。「だからといって、上手くいくとは限らない」
しかもひとりで、と彼女は心配そうな表情になる。
セドとカトリン以外の隊の人間は、いざというときに守備隊の注意をひきつけるために待機している。潜入するのはセドだけだ。
「ひとりのほうが都合が良いんです」
セドは巡礼者の変装をしながら答えた。できるだけ硬く長い杖と、身体にナイフを忍ばせる。
「もし戻ってこなかったら」装備を整え終えて、セドは言った。「みんなと仲良くしてくださいね」

カトリンが涙を見せたので、セドも泣きそうになった。
しかしその感情も、門を潜った直後、ベージャー王国とカーギット国が休戦条約を結んだことを聞いたときまでだった。戦争は休止になった。捕虜は解放される。つまり、セドのやることはなくなってしまったのだ。


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