Azaleaは溜め息を吐いた。一週間前、Downtownで演台に座っていたときは、これから殺されるものだと思っていた。いや、死んでいたほうが良かったのかもしれない。
 だが舞台の主役ともいえる男、Princeが下した決断は、Azaleaを生かすというものだった。

「きみを生かした以上、きみのこれからの行動がわたしに非常に重要になってくるのだ」とPrinceは演台から下り、Azaleaとふたりきりになってから言っていた。「きみはこれからSanta Monicaに連れて行かれる。そこできみは、Mercurioという組織から派遣されたエージェントと出会うだろう。彼がきみの仕事に関して説明してくれるだろう。そこで良くやってくれ。さて、わたしがしてやれることはこれで終わりだ。なすべきことをなすが良い。では、良い夜を」


 仕事。その言葉に反応して、Azaleaの身体はびくりと震えたのを覚えている。Princeの物腰から想像する仕事というのは、2年前までやっていた身体を売る行為のほかないような気がしたのだ。
 あれから一週間。Azaleaは大人しくMercurioという男からの連絡を待っていた。逃げる気力も起きなかった。逃げられないのは解っていたから。たとえ警察に駆け込んだとしても、吸血鬼のことは信じてもらえないだろうし、Azalea自身がその御技を見せたところで、彼女が駆逐対象にされてしまうだろう。
 でなくても、警察に話せば、Masqueradeの掟を破ったとみなされて、恐ろしいヴァンパイアハンターに付回されることになる。その恐ろしさはDowntownからこのSanta Monicaにやって来る途中で、敵対する組織を排除する大男を見てよく知っている。



Tutorial: Masquerade
 Princeらが所属するSects (派閥)であるCamarillaが敷いている仮面舞踏会の掟。
 Cキーを押すとキャラクターシートに移行し、ここでFeatsやHumanityの確認や、AttributesやAbilitiesの成長を行える。右上に5つ表示されている仮面マークがMasqueradeを表す。
 強力なDisclipcines (血力)やFeedingといった吸血鬼だと判るような能力を人前で使用すると、Masqueradeの掟を違反したことになり、仮面マークに射線が入る。違反するたびにヴァンパイアハンターが出現しやすくなり、5回違反するとゲームオーバーになってしまう。

 Azaleaはコンピュータの電源を入れる。このアパートの部屋も、家具も、コンピュータも、すべてMercurioが用意してくれたものだ。だがAzaleaは彼に一度も会ったことがない。


Tutorial: Use
 ドアを開ける、人と話す、コンピュータに電源を入れる、といったあらゆる行動はUse で行える。
 Useするためには対象に照準を合わせ、アイコンが画面下部に表示されたところでEキーを押す。

 メールを確認するために、コマンドラインにmailと入力してから、sunriseとパスワードを打ち込む。新しいメールがあった。ひとつは『あなたの股間のものを大きくしたくはありませんか?』というスパムメールで、もうひとつがMercurioからだ。

Tutorial: Hacking
 コンピュータの操作は画面に表示されているコマンドライン上から行う。
 多くのコンピュータにはパスワードがかけられており、これを解除するためには2種類の方法がある。ひとつはパスワードをなんらかの手段で発見すること。もうひとつはHackingを行うことである。
 HackingはCTRLキーを押しながらCキーを押すことで実行できる。パスワードの暗号難易度よりもあなたのHackingのFeatsの値が高ければ、Hackingに成功しパスワードを解除できる。

 内容は、仕事をしてほしいのでアパートを出た通りの右手側にある、Mercurioのアパートまで来て欲しい、という旨であった。出向かないわけにはいかない。彼の主人であるPrinceの恐ろしさは、既に目の当たりにしている。
 Azaleaは引き出しを開けて財布を取り出す。自分のものではなく、Mercurioが用意してくれたものだ。100ドル入っている。ほかに、細々としたものの用意をする。

Retrieved: $100
Retrieved: Pill Bottle
Retrieved: Normal Watch

 特に重要なのは、冷蔵庫にあるBlood Packだ。これがあれば、血を吸えないような状況でもとりあえず血液を補充できる。


Retrieved: Blood Pack x3

 通りに出る。既に先ほど血を吸った物乞いはもういなくなっていたので、Azaleaはほっとした。
 Los Angels、Santa Monica。真夜中でも明るいその町には様々な人間がいる。足早に通り過ぎようとするビジネスマン、それを呼び止める売春婦、裏で操る極道の男、警棒を腰に威嚇する警察官、焚き火に当たる物乞いの男。
 だがそうした雑多な人々の中でも、痣だらけで、血を垂らしながら歩く男というのは珍しかった。男は身体を寄りかからせて身体を引きずり、とあるアパートの中に逃げ込んだ。


(あのアパートって………)
 そのアパートは、Princeの配下であるMercurioという男が住んでいるアパートであった。Azaleaが彼のあとを追うと、よろよろとした足取りで部屋の戸を開け、中のソファに倒れこむ男の姿があった。
 あとを追って部屋に入ってき存在に気付き、男は初め目を見開いて驚愕の表情を浮かべたが、それが武器も何も持っていないちっぽけな女であることを確認すると、安堵の吐息を吐き出した。
「糞っ、死にそうだ………。あんた、Azaleaだろ」
「もしかして……、Mercurio?」
「そうだ」と頷き、Mercurioは呻く。「糞、痛ぇ……、痛ぇよぉ………」

Experience Reward: +1


 Azaleaは恐る恐る部屋の中に入り、Mercurioの怪我を確かめる。全身痣だらけの傷だらけで、銃創まである。だが弾が当たったのは皮一枚だけで、重要臓器は傷つけられていない。どうやら殆どが打撲による傷のようだ。死にはしないだろう。
「糞っ垂れの爆弾屋どもだ。ビーチで爆弾の取り引きしようとしたんだが、おれの目の前で爆発させたやがった………。くそう、そのあとは殴られて蹴られて………」とMercurioはソファに寝たまま説明する。「あいつら、金とAstroliteを奪って逃げやがった……。どこへ行ったかは知らねぇ……」


「Astroliteって……?」
「だから、爆弾だよ。糞っ、あれがないと……」とMercurioはAzaleaを睨む。いや、その瞳は潤んでいて、懇願しているように感じる。「あんた、助けてくれ。Princeから、おれを補佐するように言われてるんだろう?」
「わたしは、仕事をしろって………」
「だから、仕事だ。あんた、本物の吸血鬼なんだろう? おれみたいな紛いもんとは違って………」

 本物の吸血鬼。
 Mercurioが意味するところは、この身体になって1週間の時間を得たAzaleaには理解できた。
 大の男にこんなふうに傷を負わせ、銃さえ撃ってくる相手だというのに、Azaleaの中に恐怖はなかった。いや、恐ろしさがあるとすれば、自分自身に対する恐怖で、敵に対するものではない。
 なぜなら彼らはただの人間であり、吸血鬼にとっては餌だからだ。

通りを出て右に行って、駐車場から階段を降りてビーチへいける。あとはあんたで探してくれ」
「わかった………」
 Azaleaは頷いて、部屋を出ようとしたが、ふと思いついたことがあって踵を返す。
「あの、大丈夫?」
「何がだ」
「えっと、傷とか………」
「痛ぇよ、畜生」Mercurioは悪態を吐く。「死にはしないだろうが、痛み止めが欲しい
「わかった」
 Azaleaがそう請け負ってやったのは、単なる親切心からだった。他人を見下して施すことが親切というのならば、だが。Mercurioという男は本当にちっぽけで、陽の光を浴びれぬAzaleaよりもちっぽけで矮小な存在に感じたのだ。


 アパートと同じ通りには、病院がある。痛み止めはそこで貰えるだろう。そう思いながら病院の玄関に近づいたときである。
「なぁ、あんた、吸血鬼だろう?」
 そんなふうに陽気な男に声をかけられたとき、Azaleaは無意識の殺意の塊を向けてしまった。男の表情が凍りついた。


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