日誌/銀世界より~北極旅行記~
2015-09-23, 10:00, 成田
危なかった。朝は問題なく7時半に起きたうえ、3時間余裕を持って空港近くのホテルから出発するシャトルバスに乗ったのだ。チェックインと手荷物預けを済ませ、搭乗カウンター近くのサブウェイでローストチキンのサンドと野菜果物のジュースという朝食を取り、保険だの両替だのの手続きをしてから手荷物検査に向かったのだが、そこでパスポートを紛失した。奇妙な話で、その手前では係員にパスポートと搭乗券を見せたのだから、どこかで落としたというのはありえない。鞄を下ろし、中からpcだのこの記録をつけているiPadだのを取り出し、財布や携帯を取り出し、ベルトコンベア(いや、ローラーコンベアか)に荷物の乗った籠を置こうとしたら消えていた。パスポートは何処にも無かった。
さて、現在搭乗口前。出発まであと1時間半ほどあるが、飛行機の中で寝られるかどうかが不安である。記録終わり。
-, 11:05, 成田
搭乗したが、だいぶんまだ余裕がある。とりあえず通路側の席なのは幸いである。トイレ行くときとか。機内モードで記録終わり。-, 14:02,機内
昼食は小さい黒パン、チキン、ブロッコリー、薄い人参、タイ米っぽい米、豆のサラダ、ストロベリーソースの四角いスポンジケーキ、クラッカー二枚。マッドマックス怒りのデスロードを途中から見る。機内放送に適した作品ではない。ミュージシャン野郎が登場するだけで笑ってしまう。
-, 21:43, 機内
夕食は四角い固いパンにバター、葉もののサラダ、チキンと玉ねぎとレーズンのカレー和え、リンゴジュース、あとチョコバー。なんとも洋風だ。食後、隣のご婦人からガムを渡された。歯磨き代わりに、とさらに隣の老婦人から渡されたもの。この二人はたまに喋っているが、どういう関係なのだろう。間に空席があるから、たまたま乗り合わせただけか。
あと一時間もせずに到着予定だが、疲れた。子どもの頃の経験のせいか、狭い乗り物に長時間拘束されることに大きなストレスを感じる。しかもあと2回乗り継ぐ必要があるのだから、やれやれ。記録終わり。
-, 16:16, コペンハーゲン空港
書き忘れたが、時刻は最終現地時刻である。なのでこの場合、ここからコペンハーゲン時刻で、日本との時差は−7時間、つまり現在は日本では23時過ぎで、少々眠くなってきた。予定ではここからオスロに飛び、そこからさらにトロムソに行く。オスロへの出発時刻が18:05なので、2時間近く余裕があるわけだ。まぁ国際線の乗り換えなので、このくらいの余裕が無ければいけないのは致し方ないところ。オスロでは一度預けた手荷物を受け取って再度預けなければいけないそうなのだが、いまいち理由がよくわかっていない。なんにせよ、ああ、移動が疲れる。
-, 19:56, オスロ空港
外国だと対応がぞんざいだとかいう話をたまに聞くがむしろ親切な部分もなかろうかという気がする。オスロで迷っていたら係員に声をかけてもらったし、カフェでクレジットカードの使い方がわからなかったら笑顔で対応がしてくれたし。まぁともかくとして、お腹が減ったのである。時差は7時間だっただろうか。日本は現在午前三時ごろか。寝ていれば腹は減らないが、起きていれば腹が減る。そこでカフェでサンドイッチ的なのとオレンジジュースを注文した。合計100なんとかくらい。なんとか、というのが、単位がわからないのである。ノルウェークローネだろうか。だとすれば1クローネ17円なので1700くらいか。空港価格としても高いな。物価の差を感じる。
サンドイッチは黒ゴマパンにベーコン、チーズ、野菜を挟んで、さらにクランベリーソース的なのがかかっているあたりが外国テイストだ。肉に甘いものを合わせるというのは海外的だ、と思うが、まぁ日本でもすき焼きのたれみたいなものがあるから、結局古今東西似たようなものか。
最後の乗り継ぎまで2時間ほど。まだ先は長い。肩が凝った。記録終わり。
-, 21:17, オスロ空港
どうやら搭乗が35分ほど遅れるらしい。眠い。2015-09-24, 08:13, ノルウェーのホテル
ホテルに着いたのが午前1時近くで、6時半ごろには起きなくてはいけなかったのだが、意外と眠くないのが不思議である。ホテルは空港からタクシーで200クローネほどなので、3500円くらいか。多少ぼられた可能性は無いでもないが、いや、まぁだいたい真っ直ぐ来てたし、いちおう信用したい。部屋は異様に広い。というかツインだったか。浴槽はなく、シャワー。北欧はサウナの国だったっけ。ベッドが意外なくらい狭く、小さい。北欧人は丸まって眠るらしい。
朝食はビュッフェで、トマトとパンとクラッカーとサーモンとチーズとか。シリアルとか。ホールにエスプレッソマシーン的なのがあって、コイン大のカプセルを入れるとコーヒーが抽出される仕組みだった。似たようなのはあるけれど、カプセルがしっかりしているのがなんか欧米感。今日から学会。9時から。記録終わり。
-, 18:23, ノルウェーのホテル
学会1日目終わり。あとディナー。こっちには知人がほとんどいないので、こういう会食は難しい。以前に2回だけ会ったカイザーという男がいるのですが、この人がちゃんと自分のことを覚えていたので驚いた。最後にあったのが1年前の福岡なんだけど、よく東洋人の顔を覚えているなぁと感心する。
暇な時間に会場近くの科学館的なところに行ってアザラシや魚を見たが、自分はもしかすると水族館が苦手かもしれない。なんか水槽が壊れて水が出てきたら嫌だなぁ、とか考えてしまう。それはともかく、アザラシの中には「舞さん」という名前のやつがいて、固有マークもそれになっていたのが印象的でした。
2015-09-25, 21:29, ノルウェーのホテル
学会発表終わり。万歳。まぁ結果は可もなく不可もなくか。カイザーには最後まで世話になりっぱなしだった。確か年齢は1-2こだけ上と聞いたような気がするけど、人間ができておるなあやつは。イタリアンレストランで会食。これがもう、なんていうか、もう店員がイタリアンで、一例を挙げると、
「ご注文は……、えっと、スパゲティ・ピノキオだっけ?」
えっと、そうだったかな。
(後ろからパスタ皿を取り出しながら)「残念、きみはスパゲッティ・チキンナントーカだね」
とか、
「やぁ、ジェラートはどうだった?」
食ったよ。
「味はどうだった? ぼくのオススメはマンゴーだね」
美味かったよ。
「そりゃ良かった。良い夜を!」
とか。おまえはイタリア人か。イタリア人だそうです。
明日はお休みなので観光。さて、どこへ行こう。
2015-09-26, 11:06, カッフェ・Klo
寒いのでカフェでコーヒーを飲む。いや、寒いというかなんというか、濡れたので体調大丈夫かなぁ、とかいろいろ。トロムソの唯一の観光日なのだが、残念ながら雨が降っている。まぁわりと珍しくない。アメリカでも観光できる日は雨だった。
ぱらぱらと降る冷たい雨だが、傘を差す人は少ない。道行く人の1、2割くらいだろうか。残りは上半身だけの合羽か、子どもならすっぽり覆うような合羽を着ている。しかし半分以上は雨などまったく気にせずに普段着で特に急ぐ様子も無く歩いている。どうも欧米人は日本人とは雨に対する感覚が違う気がする。単純に体温が高いというのもあるだろうし、湿度の差が衣服に現れていて、乾きやすかったり濡れにくかったりするから傘をささなくてもよいのかもしれない。
とはいえこちとら日本人で、雨には弱い。折り畳みでは十分とはいえない。なのでカフェで暖まる。コーヒー29クローネ、チョコレートのわりとでかいマフィンが32クローネ。1クローネ17円くらいなので、1000円くらいか。やはり物価が高い。昨日の会食の際は奢ってもらったのだが、これはラッキーであった。
北極圏博物館に寄ったのだが、真夏以外は11時からで、オープンしていなかった。そろそろ行ってみたい所存。
2015-09-27, 17:33, スバルバール、ロングイヤビーエンのホテルロッジ。
スバルバールである。もとロシア領の現ノルウェー領だったか、歴史と地理には詳しくないが、いちおう分類上は独立政府というか、特殊な場所らしい。トロムソからは飛行機で2時間くらいだったか。もと炭鉱の町であっただけ、そこかしこに土が露出している。左右に威圧の氷山を構える谷にあるこの町は、ロングイヤービエンの中心地なのだが、もちろん人の数は少ない。とはいえ人が少ないながら施設は立派で、このホテルも清潔・快適・白熊と三拍子揃っている。壁のシロクマの写真が無ければ完璧だ。
時間があったので歩いて観光に回ったが、日曜なので多くの店が閉まっているか、営業時間が短く、あまり多くは観光できなかった。とりあえず目につくのは白熊で、店のロゴだったり、剥製だったり、人形だったり、写真だったりと白熊の何がしかが無い施設を探すのが難しいくらいだ。それ以外だと目につくのは赤や緑といったカラフルな家屋だろう。雪で覆われても目に付きやすいように、ということかもしれない。さて、少し休んだらスバルバー(スバルバール・バー)という店で夕食だ。あとは明日に向けて英気を養う。
2015-09-28, 09:22, ロングイヤービエン空港のルフトハンザ待合室
空港。ニーオルスンへは通常の旅客機は出ておらず、小さい飛行機が出ているのみである。今回乗るのはドルニエという双発機で、出発は10:15の予定だったが、10:45になったので待機中。昨日のホテルロッジは空港からバスで向かってひとり75クローネだったのだが、こちらに来るときはタクシーで120クローネほど。なので2人以上だとタクシーのほうが安かったりする。ノルウェーは物価がほんと高い。
昨日のロッジは浴槽があり、久しぶりに風呂に入ることができた。シャワーだけだとやっぱり足りない。浴槽に浸かったぶんだけ、しかし体力を使ったような気がする。まぁ旅程も半分ほど来ているので、そろそろ疲れが出てくるか。これから行く場所はあまり人が多い場所はではないため、たいして病気も流行ってなさそうだが、それにしても疲労でダウンということはありえるので、体力では気をつけたいところ。記録終わり。
-, 13:39, ニーオルスン、キングベイ、日本基地
日本研究者2人とイタリア人研究者2人、それに操縦士2人を乗せたドルニエ双発機で何十分か。到着したのは小さな空港で、そこからバスに乗り継いで5分もかからないくらいのところにレセプションセンターがある。朝食、昼食、夕食はここで食べられる。極地とは思えないほど、というかだからこそ清潔で設備が整っているという印象。昼餉はロングイヤービエンやオスロのホテルと同等か1ランク上かもしれない。センターに置かれている車に乗って3、4分か。空港とは反対方向に向く細い道に沿って進んでいくと、日本の基地Rabbenがある。ほかの国の基地はだいたいレセプションセンターの近くにあるのだから、日本だけ離れているという印象。まぁそのぶん観測機器と宿舎が近接しているのだが。
昼餉を食べて明日の予定を決めてドイツ基地に置いてある旧MPL(NIPRサーバーやMPLNETに提供しているもの・非偏光)を確認したあとは、今日は特にやることはない。といっても、だらっとできるわけではないわけで、この記録をつけている。のだが、まぁ、記録終わりで。
-, 20:13, キングスベイ、ニーオルスン、ラベン基地
風呂上がり。昨日は湯船があったので風呂につかれたが、さすがに基地には浴槽は無い。日本基地なのであってもいいとは思うけど。税金の関係か、ニーオルスンはビールが滅茶苦茶安い。ただし買うときには制限があって、ロングイヤービエンまでのボーディングパスを見せなくてはいかず、また一ヶ月で28本だかまでしか買えない……、らしい。ワインとかだとそのぶん制限は無いのだけれども、そのぶん高い。
明日はツェッペリン山に登る。ロープウェイで行けるらしいのだけれども、多少は運動したいところ。歩くのは好き。特に知らないところ。
余談だが、日本基地の宿泊者名簿のメモ欄(実質、自由記入欄)に「処女」と書いたツワモノがいた。公的というわけではないけれど、わりとまともな人が見るノートに観光地の記帳に書くみたいな内容を書くなどというのはちょっと真似できない。
もうひとつ余談だが、先の記録で書き忘れたこととして、着いて早々、部屋の火災報知器の電池を交換しなくてはならなくなった。前回のアメリカでの学会のときもホテルの火災報知器の定期的な電子音に悩まされて寝られず、ホテルの者に尋ねたら「自力で交換してくれ」と設置を任されたわけだが、よくよく火災報知器のには縁がある。今回は同行の方が火災報知器のバッテリー切れだとは気づいてなかったようなので、気付けて良かった。ほんと。あれ1分ごとにわりとでかい音が鳴るから、めっちゃ寝にくいのだよ。
みっつめの余談だが、今日はスーパームーンで皆既月食らしい。しかし残念ながら曇り空で、月は見えそうにない。そろそろ記録終わり
2015-09-29, 14:07, キングスベイ、ニーオルスン、ラベン基地
午前中、ツェッペリン山という山まで行って融雪装置の取り付けを手伝ってきた。ツェッペリン山は海抜480mくらいの山で、上までは一機しかないロープウェイで向かう。恐ろしいことに上にはトイレが無い。寒いとトイレに非常に行きたくなるので、この状況は非常に非情であった。とりあえず2時間半ほどの間、耐えられた。さすがに上は寒い。ちょっと霙のあとで晴れ間が見えた。景色が良く、氷河や凍土地形が見えるが、生き物の姿は無い。昼はタコス。基地に来てひとつ新しい知識が増えたのだが、少なくとも日本基地には一般人からの手紙が郵送されてくる。どういう内容かというと、「自分はスタンプ(or切手or消印)コレクターなので、よろしければ同封の封筒にそちらの基地のスタンプなどを押して送付してほしい」というもの。なぜかみなドイツからで、ドイツ人はそんなに切手が好きなのか。答えてくれアルフレッド。ドイツ基地もあるのに、なぜ日本基地に送ってくるのだ、ミカエル。郵送先が書かれておらず切手が貼っていない絵葉書がひとつ紛れ込んでいたが、これはプレゼントということでいいのかアルベルト。あ、アルベルトはイタリアだった。
-, 19:48, キングスベイ、ニーオルスン、ラベン基地
午後、余裕があったのでちょっと観光。といってもそれほど見て回るところがあるわけではないが。シロクマも怖いし。殆ど生き物を見ないニーオルスンだが、いちおうの痕跡はある。たとえば一週間ほど前に対岸で何かを食しているシロクマが撮影されている。また一部の地帯にはハムスターのペレットに似た円柱状の物体が大量にあるのだが、これはトナカイの糞らしい。この時期にはいないので、夏に排出された(婉曲表現)もののようだが、それが形を残していることから、この辺りでの微生物活動は殆ど無いらしい。海の近くでは一匹だけ、白っぽい鳥を見た。鳩より少し大きいくらい、カラス程度の大きさ。夏にはクリオネも見られたとのこと。
ラム肉と芋の夕餉ののち、レセプション・センター2階の遊戯室でビリヤードに興じる。8ボールを2回プレイして2勝。昔取った杵柄である。十うん年前に近場にダーツ・ネット・ビリヤードがプレイ可能な漫画喫茶的なものがオープンして、可愛い中学生であった自分は友人とルールもわからないままに「9ボールってあったよな」「1から順に落としてきゃいいらしいぜ」「ラシャ傷つけると罰金とか書いてあるぜ」というノリでプレイしていたのだ。8ボールのルールなんて、今日初めて知った。不利になるほどチャンスが増えるので、良いルールである。
2015-09-30, 10:49, キングスベイ、ニーオルスン、ラベン基地
ラベンというのは丘という意味で、ニーオルスンというのは新しい鰻という意味らしい。強風、極寒、暗雲。
数度のところを保っていた気温だが、今日より零下。風がとても強く、日本でいうところの西高東低の気圧配置。幸い、昨日で仕事を終えてしまったため、この強風の中で作業をしなくて済む。記録終わり。
-, 16:03, キングスベイ、ニーオルスン、ラベン基地
ノルウェー、ドイツ、イタリア、インドの基地を訪問。観測機器などの見学をさせてもらう。共通していえるのは、施設が立派。特にノルウェーは休憩室が立派で、ミニシアターがあって、夜にはみんなで映画を見たりもするとのこと。日本の場合、そんなものはなく、研究室でも寝室でも倉庫でもトイレでもシャワー室でもない部屋はひとつあるが、小さなキッチンと四人掛けテーブル、あと何の変哲も無い椅子があるだけで、これで休憩室とは呼べまい。こういう言い方はアレだけど、インドでさえ立派なソファやテレビセットがあったのだ。ただでさえこの状況なのに、さらに基地を縮小しようとしてくるのだから、日本政府はあんまりこういうのがアレなアレであるということがアレ。あれがアレなのでアレ終わり。2015-10-01, 13:34, ロングイヤービエン空港
ニーオルスンから脱出。するとみるみるうちに天気が良くなるのだから、天気の悪かったニーオルスンでの3日間は何だったんだという気になってくる。さてこのままオスロへ行ったあと、明日はNILUで話をする。そこで失敗しなければ、あとは観光できる。最後のひと頑張り。記録終わり。
2015-10-03, 14:00, コペンハーゲン空港
日本へ帰る日。昨日はNILU訪問で集会にて発表ののち見学。担当者がめちゃくちゃ積極的で、2時間以上説明に費やしてくれた。そんなに頑張らんでもいいのに、と思ったのは秘密。午後はオスロの大通りをまず西へ。ぶらぶらと港のほうへ足を向け、フェリーに乗船。フェリーはビッグドイ地区という、博物館が複数ある地区に向かうための船で、陸路でも行けなくもないけど、まぁせっかくなので乗船したのでした。で、乗ったはいいんだけど、降りるところを間違えて、博物館に行くまでに大回りすることに。
まずコンチキ号博物館へ。コンチキ号って、学説上の民族の移動を証明するために20世紀に実際に帆船を造って航海をしたときの船なのですが、いやぁこれ知らなかった。コンチキというのは太陽のなんとかという意味らしい。土産物のセンスがなかなか素晴らしい。地階に行くと暗い中に海洋生物とか出土物の模型が置かれているのだが、いや、こういうのほんま怖くて苦手。恐怖心を抑えて巡る。
次はフラム号博物館へ行きたいなぁ、などと思っていたらいつの間にか17時近くなっていた。北欧の博物館は、夏場以外は16時を過ぎると閉まってしまうのである。無念。帰りのフェリーを待っていたとき、地元民らしき子どもと遊んでいた男性がものすごい美声で歌い始めた。オペラっぽい。フェリー時刻が近くなると「Show is over. Ship is coming!」で手を広げて終わり。面白いおっさんだった。
さて、観光はいまひとつ多くは回れなかった気がするが、(喉が若干痛いものの)特段体調は崩さずにここまで来れた。あとは帰るだけだが、ああ、それが長いのだよなぁ。記録終わり。
-, 15:00, コペンハーゲン空港
飛行機の出発が2時間遅れになってしまった。どうやら日本から来る飛行機が何らかの理由で遅れたらしい。ので、暇を持て余している。昨日、NILUに行ったおりのこと、かつて日本のJAMSTEC(日本海洋研究機構)で働いていたという方がいて、その人が「極度乾燥しなさい」とか書かれた服を着ていた。英語での表記がSuperdryとあって、たぶん速乾ということなのだろう。こんな服、どこに売ってんねん、と思っていたら、オスロ空港に売ってた。なんてこったい。ものすごく欲しかったけれど、「乾燥します」のタグは付いているのだけれども、服自体に書かれているものが見つからず、泣く泣く見送りにという次第であった。
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