《エルビン・フォン・ベルクマン/Erwin von Bergmann》の旗のもとに集まった戦士たちは叛逆ともいえる革命を選択することになりましたが、彼らがそのような選択に追い込まれた理由は10年前の戦争にありました。
 危機を機会に変え、絶望を希望に変えるために戦い、そして最後には絶望の最中で死ぬしかなかった人々。これは屍を乗り越えて大陸アルカディアを牽引した英雄たちによる、のちに第三次大陸戦争と呼ばれる戦いの物語。



■《ミケイラ/Mikhaila》、己の子を取り戻すために火種に点火すること


「正気か? 本当に戦争をするつもりなのか?」
「何か問題があるのか? どんな戦争でも、結婚生活よりは何倍もマシだろう? 元はといえば、おまえの瑣末な感情が原因なのだから、余計な口を出すな。やつらには死でもって償わせなければならん」
 カイデロンでは開戦のムードが高まっていました。その発端は、《アルゼン家の1代目当主/First Head of Ahreujen》の愛でした。

2-007EL《アルゼン家の1代目当主/First Head of Ahreujen》

 カイデロンの権力者たちの討議の場で《死の花 ミケイラ/Mikhaila, Flower of the Dead》を見初めた1代目当主は、最初の出会いを罵詈雑言で彩りました。二家は犬猿の仲であり、それが当たり前のことでした。
 常に互いに批難と暴言を撒き散らしていた彼らでしたが、いつしか1代目当主はミケイラのことを忘れることができなくなっていました。椅子に座っていても、血を飲んでいても、命令を下していても、脳裏には常にミケイラの姿がありました。彼女の美貌が原因なのだと考えた1代目当主は、《夢の吸血鬼 アリス/Alice, the Dreamvampire》に彼女の存在を忘れさせてくれるように頼み――そして失敗しました。忘れようとすればするほどミケイラは彼の頭の中を――そして胸の中を支配しました。

5-1-57EP《夢の吸血鬼 アリス/Alice, the Dreamvampire》

 最終的に彼が取った行動は、権力者たちの会議の最中にミケイラに愛を告白するというものでした。

 衝撃的という以外にない事件でした。ふたりは同じカイデロンという国に属しながらも、その覇を競う二大勢力の首長であり、友好的というよりは敵対的な一族同士だったからです。この話は長い事、笑い話になりました。1代目当主の最初の告白はにべもなく跳ね除けられたからです。

 1代目当主は諦めずアリスを訪ね、今度はミケイラに夢を植え付けてくれと頼みました。アリスは幾つかの要求をし、最終的にふたりは合意しました。翌日、ミケイラの邸宅に赴いたアリスは彼女の夢の中に1代目当主の姿を植え付けました。
 己の夢の中に1代目当主の姿が現れるようになってから、最初ミケイラはそれを取るに足らない事のように思うようにしていました。しかし夢の中に何度も彼が現れるようになると、慌てました。感情というものを知らなかったはずの彼女は、己の中に初めて芽生えたものに戸惑いました。誰かに助けを求めようにも、それは彼女の家族とは共有できない想いでした。途方に暮れて、アリスを訪ねてもみましたが、彼女も助けにはなりませんでした。いつしかミケイラも1代目当主を愛するようになり、ふたりの愛が始まりました。

 しかしありふれた恋物語のように、彼らの愛は祝福されることはありませんでした。《血の女王 プシケ/Psyche, Queen of Blood》らは、アルゼン家とミケイラの一族は彼らの恋に強く反対したのです。彼らの愛は単純な愛ではなく、今後カイデロンの内部で魔王の権力争いに問題を起こしうる愛であったため、周囲の反対はとても激しかったのでした。しかし彼らの胸の内に愛がある間は、その時は永遠であり、ふたりは祝福されないままで愛を交わしました。その愛の頂点は子どもを授かったことでしたが、その頂点を境としてふたりの愛は崩壊を始めました。

5-1-16U《呪われた血/Cursed Blood》

 ミケイラは己の子に死霊術を教えたいと思っていましたが、アルゼン家の1代目当主はアルゼン家の子どもである以上は己の跡を継がせたいと考えていました。こうしたすれ違いによって、愛によって鎮められていた二家の争いが再勃発することになりました。

 この一触即発の状態から戦争へと移行することになった原因はアリスでした。夢の支払いを求めて1代目頭首のもとを訪ね、何かを受け取っていくアリスの姿を見たミケイラは、アリスを疑い始めました。きょうだいたちとともにアリスを訪ねたミケイラは、1代目当主が己をコントロールするためにアリスに夢を植え付けてもらったことを知りました。ミケイラの中で怒りが込み上げましたが、アリスには何もできず、子どもを連れて実家に戻るためにアルゼン家に向かいました。しかし――

5-2-2EL《血の女王 プシケ/Psyche, Queen of Blood》

「アルゼン家の子を勝手に連れていくことを許しません」
「この子は確かにアルゼン家の子ですが、わたしの子だ。わたしが連れて行こうとしているときに誰にも邪魔をされるいわれはない」

 彼女の前にプシケが立ちふさがりました。ミケイラは怒りに震えましたが、血族を代表する存在であるプシケから力ずくで子どもを奪うことはできず、感情のない血族には説得も通じませんでした。

 ミケイラがメイドから衝撃的な知らせを聞いたのは、それからしばらく経ってからのことでした。
 メイドと邸宅の外で遊んでいた彼女の子が魔術師に拉致されたというのです。メイドの証言によれば、その魔術師は青い髪に蝶の形の髪飾りをした女性だということでした。

5-1-15C《誘拐/Abduction》

 蝶。それは〈夢の道標〉の象徴です。
 ミケイラとプシケはアルゼン家までベリアルを訪ねていきました。そしてアルケンとの戦争を行う必要があると説きました。明らかに無理があるその主張はあっさりと受け入れられ、ベリアルは開戦に踏み切りました。彼に開戦を説いた誰もがベリアルの不審な点に気づかず、ただただ〈夢の道標〉への怒りに震えていました。



■《アニル・ルーレシ/Anil Luleci》、森の混乱を収めるために火種に点火すること


 木の枝に腰掛けて、《アニル・ルーレシ/Anil Luleci》は苦悶のままに悩みに陥りました。長い眠りから覚め、種を食べることができることは素晴らしいことでしたが、シエナの森は混沌の最中にありました。
 ナーガが森が壊されると考えているドライアドと、シエリオンの仲でもっとも優れた種族であると主張するナーガの争いは森に混乱をもたらすばかりでした。ふたつの種族が互いに忌み嫌ってしましたが、それでも戦いに発展するほどではありませんでした――幼いナーガの死体が発見されるまでは。
 そのナーガの死体は蔓によって首を絞められていました。シエリオンで蔓魔法を使う種族はドライアドしかありえません。当然ドライアドが犯人に違いないと誰もが考えましたが、ドライアドたちは反発しました。

「そいつをわたしたちが殺したという証拠はあるのか?」
「蔓による傷、全身に巻きつく蔓。これ以上確実な証拠がどこにある?」
「だから、それはわたしたちの蔓ではないと言っている。何度言わねばならない? そもそも魚一匹が死んだところで何の問題がある?」
「魚? 魚だと?」
「おまえたちの魚が死んだのはおまえたちの問題だ。わたしたちは何も知らない」
「ああ、それでいい。おまえたちをずたずたに引き裂いてやるだけだ」

 その後、森の中では毎日のように小規模な戦争が起こるようになりました。アニルが止めようとしても効果はなく、その他の種族たちは森の中で隠れるように過ごすしかありませんでした。戦いが長引くに連れて、森は悲鳴をあげていました。《アイカン/Aikhan》のことが懐かしく感じました。

「アイカンがいてくれたら、こんな諍いなんて起こらなかったはずなのに………」

5-1-25C《パイプ煙草/Smoke a Bamboo Pipe》

 アイカンの煙草の匂いと暖かな毛が思い出されました。戦争を止めるために双方の首長の間を往復ことに疲れていたアニルは、友人のドライアドの背中に乗り、その手のひらで横になって眠りたいと思いました。疲れて目を瞑っていたアニルに、彼女の名を呼ぶエルフの声が聞こえました。
「アニルさま、大変です! カイデロンの軍隊が森の入り口に集結しています!」

 アニルは飛び起きて駆けていきました。いまこの一瞬だけが、森の混乱を止めることのできる唯一の瞬間だと判断したのです。カイデロンの軍隊は二の次でした。



■《フローレンスホワイト/Florence White》、シエリオンの救援要請を受け火種に点火すること


「この程度か!? これでは〈イエバの翼〉さまの爪先にさえついていけないぞ! もっと集中しろ! 集中だ!」
 《イエバン・ナイト/Yevan Knight》の訓練場。すでにほとんどのイエバン・ナイトは倒れ、たったいまひとりが倒れたからには、残った数字は2でした。しかしひとりの背中には羽根がついており、つまりは結局残っている人間は《エロン・ホワイト/Eron White》ひとりだけでした。満たされた表情でエロンを見守っていた聖騎士副団長は、訓練相手の天使に声をかけました。

5-1-31R《最年少イエバンナイトエロン/Eron, the Youngest Yevan Knight》

「エリザベスさま、この子の相手は骨が折れるでしょう? もう止められてかまいません。訓練を終了させましょう」
「どうしてですか? イエバン・ナイツは最後のひとりになるまで使命を全うするものといいます。わたしが大変だからだなんて理由で訓練をやめることはできません」
「そうですね。ですが、エリザベスさまはわたしたちと違い、〈羽〉です。イエバンナイツで残ったのはひとりだけですよ」
「……わかりました」
「イエバン・ナイツよ! 倒れた50人は明日から再訓練だ! 日が昇るまえに訓練場に終了するように! 残りは解散する。解散!」
 解散の号令とともに、エロンはその場で座り込み、他のイエバンナイツは引き潮のように去って行きました。最年少イエバン・ナイツ入団。入団後の訓練でも、一位を逃したことがない、しかしまだほんの子ども。
「鼻が高いでしょう? あの子の才能は母親譲りですね」
「それは違います。エロンはわたしに似たのではなく、あの子自身の努力で成し遂げたのです。だからこそ、わたしは自分の息子を誇りに思います。さて、起きなさい、エロン。休むのは家に帰ってからですよ」
「羨ましいですね。〈羽〉の中にも、エロンほどの子はいませんよ」
「エリザベスさまがいれば大丈夫でしょう。大天使アイリンさまが羨ましいくらいですよ」

 イエバン・ナイツの聖騎士団副団長《フローレンスホワイト/Florenve White》の息子、エロン・ホワイトは幼い頃から母に憧れを抱いていました。父というもうひとりの親はエロンが産まれるまえに妻を捨て、家を出て行ったため、フローレンスは女手ひとつで息子を育てました。たとえイエバン・ナイツという人の目と無縁では生きられない忙しい身であり、共有できる時間は決して多くはありませんでしたが、エロンはフローレンスを理解し、愛しました。

5-0-4EL《フローレンスホワイト/Florenve White》


 《エリザベス・ブランドリー/Elizabeth Brandley》は己の翼を広げ飛んでいきました。フローレンスは家に帰るまえに報告をしに、騎士団長の部屋へと向かいました。到着すると同時に、アイリンの使者が飛んできました。
「シエリオンの伝令が到着しました。カイデロンがシエリオン攻撃のために軍を率いてシエナの森の入り口に到着したそうです。突然の攻撃ですが、その理由は不明とのこと。至急シエリオンへ向かい、支援を行うようにとアイリンさまの命令です」
「わかりました。聖都セノトを守る人員を残し、準備が整い次第出発します。フローレンス、一、二、三番隊を率いて出発の準備を」
「わたしも行きたいです。わたしも同行させてください」
「エロン、すべての騎士団員の中でも、きみの実力が最も優れていることは理解しているよ。だが、我々はシエリオンを支援する兵と同時に、セノトを守る兵も必要としている」
「……わかりました。先に行きます。気をつけてください、騎士団長、母上」
「わたしたちがいない間、イエバンナイツとしてセノトを守るのですよ」
 エロンの声には物足りなさが滲み出ていたが、騎士団長と副団長のふたりはそれに気を留める余裕はありませんでした。



■《メリナ・エモンス/Melina Emonce》、敵対者の妨害のために火種に点火すること


 アルケンの会議場は人々の声で満ちていました。

「魔術師としての能力だけで連合長官を選ぶことはできません。他国との外交力や国を導く指導力こそが必要なのです。そして、そのような面で見れば、ピエトロ・フリゴ以上に連合長官に相応しい人物はいないでしょう」
「政治的な執務能力は結構ですが、彼の魔術師としての能力は最悪です。それに、〈夢の梯子〉の研究をしてもいないような人間にある県の連合長官としての適性があるでしょうか? 考えてご覧なさい、〈夢の梯子〉で絶え間なく研究を続け、アルケンの魔法歴に多大なる貢献をしたメリナ・エモンスは誰よりも強大な魔力と責任感を持ち合わせています。彼女なら誰よりも誠実に責務を遂行するでしょう。今度の連合長官に最も相応しいのは、メリナです」
5-2-98C《星砂の魔法研究員/Starsands Magic Researcher》

 現在のアルケン議会場の最大の論争の種は「連合長官に誰が就任すべきか?」で、議員たちの舌戦がそこら中で繰り広げられていました。片や魔術師としての能力は落ちるものの、政治的な執務能力ではメリナより遥かに高いピエトロ、片や魔術師として優れ、〈夢の道標〉の資格さえ持つものの、政治的な力は不十分なメリナ。論理的にはメリナのほうが相応しいことを理解している者は大勢いましたが、ピエトロの政治的な「友人」の協力による買収工作によって、メリナを支持する者は徐々に少なくなっていきました。場内は騒々しく、互いに互いを批判し続ける舌戦は、しかしシエリオンから到着した使者によって中断されました。

「たったいまシエリオンから到着した使者によりますが、カイデロンが軍を率いてシエリオンへと北上しているということです。このため、シエリオンは援護要請を発しています。しかし現在、連合長官が空席の状態のままで軍事行動を起こすことはできません。そこで連合長官選出投票を二日と定め、決を取るべきだと思うのですが、いかがでしょうか?」
 この提案がなされたときを、《メリナ・エモンス/Melina Emonce》は絶好の機会と考えました。
「失礼。申し上げたいことがある。多くの方々がわたしの能力とミアさまに対する信頼、責任感を疑っているご様子。でしたらわたしはわたしの能力をお見せするために、今度の満月の夜に〈月の梯子〉を登ってみせましょう」

 ざわざわと議会場がこれまで以上に騒がしくなりました。静粛に。静粛に。「静粛にしてください」

「ちょうど今月の十五夜は明日です。準備は特に必要ありません。タティアナの月魔女数人のほか何人かとわたしとともする魔術師だけで入口を準備し、梯子を昇ることにいたします」
 そしてメリナはドアを蹴飛ばして議会場を出て行きました。

 これまで〈夢の道標〉になっても新しい層に上がらない案内人もいました。50%という成功確率と、失敗すれば永遠に夢の中を彷徨うことになるというのは大きな負担であり、梯子を登らないからといって他の魔術師たちに批難されるということはありませんでした。しかし、成功しさえすればアルケンの魔術師として多大な貢献をしたことが認められ、あらゆる魔術師から尊敬の念を受ける魔術師になることができます。成功さえすれば、メリナが連合長官として認められることは間違いないでしょう。
 星砂の学舎で教鞭を執るのを辞め、魔法の研究をするために〈月暈〉に入ってきたかつての彼女にとって、連合長官に誰が就任するかなどというのはどうでもいいことで、関心はすべて己の魔法だけに向いていました。天才と呼ばれていたメリナはあらゆる先代の道標たちよりも早く夢の道標として就任しました。
 そんな彼女を足がかりに、己の政治的立場を建てようとしたピエトロのことが嫌いで、メリナは〈月暈〉を脱退しました。しかしこの日、ピエトロがどんなにか危険かを知った彼女には、もはやピエトロを放置することはできなかったのです。だから、彼女は梯子を昇る準備をしていました。
「入口をよろしく、マリー」
「わかりました。お気をつけて行ってきてください」

5-0-60EP《星砂の逸材 マリー/Marie, Jewel of Starsands》

 愛弟子であり、後継者でもある《星砂の逸材 マリー/Marie, Jewel of Starsands》〈月の梯子〉の入口を任せ、メリナは新たな階段に向かって歩いて行きました。マリーはメリナが星砂の学舎で教えているときに、最も注目していた子でした。その才能は他の子どもたちと比較できないほどのものであり、最終的には星砂で最も輝く子どもとなっていました。「帰ってきたら、魔術師に最も必要なものは経験だとマリーに教えてあげなくてはな」とメリナは思いながら、階段のドアを開けました。

 このとき、暗闇の中でその様子を観察している者がいることに、メリナは気づきませんでした。




■《リハルト・フォン・シュバルト/Richard von Schbart》、未来を担う子どもたちを背に火種に点火すること


「握りが違う! そんな甘い握りでは剣が飛んでいってしまうぞ! レア! ステップが違う! そんなふうに剣を振り回すだけでは自分が倒れるだけだと何度も言っただろう!」

 《リハルト・フォン・シュバルト/Richard von Schbart》は王宮内の演舞場で《エルビン・フォン・ベルクマン/Ervin von Bergmann》皇太子と己の姪である《レア・シュミット/Leah Schmid》に剣術を教えていました。彼の現在の職責は大将軍でしたが、皇帝の要請でエルビン王子の相手をさせる適切な人物を探していた時に、彼と同じ年齢の姪に剣の才能があったことに気づき、ともに稽古をさせていたのです。この場面を見ていた《レオン・クラウゼ/Leon Krause》は演舞場に飛び込んできました。


「リハルトさま、緊急会議の招聘です。騎士団長と他の将軍の全員が集まっています。詳細は不明ですが、シエリオンからの伝令とのことです」
「わかった。わたしが戻ってくるまで、レアと訓練を続けるようにお願いたします、エルビンさま」
 足早に去っていくリハルトの後ろ姿が消えてから、レアとエルビンはどすんと座り込みました。
「あーあ……きみの叔父上が指導してくれるときがいちばん大変だよ。レア、きみはどうしてこんなことが好きなの? ぼくには理解できないよ」
「素敵じゃない。鉄と鉄がぶつかり合う音も、胸をどきどきさせながら戦場でマントを翻させて、軍隊を指揮するのも。あなたはどうして剣術が嫌いなの? 鉄血王国エスファイアの王子ともあろう人が」
「人が死ぬから戦争は嫌いだ。こんな戦争狂いの国の皇帝になるのも厭だ。どうせ兄さんが王になるんだから、ぼくには関係ないけどね」
「男なのに、情けない……さぁ、十分に休んだでしょ。訓練を再開しようよ」
「リハルト大将軍より、きみのほうが厳しい」
「王子なら不満は――」
「だから、ぼくには王だとか王子だとかは関係ないよ」

5-2-63R《赤鉄剣に選ばれたもの/Chosen by Crimson Iron Sword》

 会議室には《初代騎士団長 ベン・クローゼ/Ben Klose, the First Knight Captain》、皇室魔導師のマヤ、そしてトルステン一世がリハルトを待っていました。その他にも多くの将軍たちが座していましたが、どうせ彼らから意見が出ないことはわかりきっています。会議中に意見を発するのはこの4人だけでした。
 会議はすぐに終わりました。シエリオンを助ける必要があるとは思わないが、強力なアゼルの残滓で武装したカイデロンの力を削ぐ必要はあるという意見が支配的でした。カイデロンさえいなければ、大陸最強はエスファイアというのが当然の話であり、この機会に他の国々とともにカイデロンを滅亡させるべきというのが会議の結論となりました。

 会議が終了したのち、将軍たちは戦争の準備を始めました。もちろんリハルトも。しかしその前にレアとエルビンが駆け寄ってきました。
「エルビンさま、現在シエリオンにカイデロンが侵攻しており、我々の救援を必要としております。そのためエスファイアの軍はシエリオンへと向かいますが、その間わたしが剣術を見て差し上げることは不可能となります。申し訳ありません」
「それは構いません。これからは、同じように訓練を?」
「はい、レアと同じように、これまで通り。レアはわたしがいなくとも剣術の練習を続けるでしょうから。警備兵にも話は通しておきます」
「叔父さま! この前、訓練が終わったら戦場に連れて行ってくれると約束したよね? じゃあ、わたしも連れて行ってくれるんじゃないの? そうでしょ? ねぇ、そうでしょ?」
「レア。戦場はおまえが考えているほど素晴らしい場所ではない。人が死に、同盟を結んだ相手でさえも信用することができない。お互いがお互いを騙し、騙される場所だ」
「それでもいいから連れて行って! 約束したじゃない」
「おまえがもう少し成長して、戦争を理解することができるようになったら、必ず連れて行くだろう。そんなに連れて行け連れて行けと言っていると、剣術ではなく、おまえのお母さんに魔法を習わさせるぞ」
「わかったよ……。降参降参。でも、ちゃんと、もっとわたしが成長したら連れて行ってね」
「わかっているよ。わたしがいなくても練習を怠らぬよう」
 レアの頭を撫でたあと、リハルトはエルビンに丁寧な挨拶をし、演舞場を出て行くのでした。




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