来てください/00/02
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キャプテンは額を刺す明るい光と、頬に触れる冷たい感覚を受けて目を覚ました。
目を開けて最初に目に入ったのは若い男性の顔で、少々吃驚してしまう。だが見知った顔だったので、彼女はすぐに安心した。
「大丈夫?」サイバネティシスト兼コーディネイターである男は訊く。
「大丈夫……」キャプテンは身体を起こそうとし、そのとき自分がサイバネティシストに抱きかかえられているような体勢であることに気付く。
キャプテンである彼女とサイバネティシストは同じ大学の出身で、歳も二つしか違わない。もともと大学時代からの知り合いだったため、宇宙開発興業団に彼女が就職したときからよく世話をしてもらった。そのため他人よりは親しい関係とはいえるだろうが、ここまで近く触れ合ったことはそうはない。
どう切り出せば良いのか考えていると、サイバネティシストは彼女の足がつくように持ち上げてくれて、キャプテンはようやく自分の二本の足で立つことができた。
「ありがと」キャプテンは額にかかったブロンドをかきわけて礼を言った。
「状況、わかる?」とサイバネティシスト。
キャプテンは周囲に目を走らせて記憶を思い起こす。今いるのは高速深宇宙探査艇ノルン・セカンド・ナンバーツー内の中央通路のようだ。ブリッジから避難するとき、この一つ前のブロックの通路までは来た覚えがある。突入の際の衝撃でここまで飛ばされ、気絶してしまったようだ。
そういえば、大気圏突入は大丈夫だったのだろうか。不時着は成功したのか。自分が今生きているのだから、最悪の状況にはなっていないはずだが。
「わたしは大丈夫。覚えている。ノルンはどう?」キャプテンはまずそう尋ねた。
「いま、他の三人で調査中」サイバネティシストは心配そうな表情を見せた。「本当に大丈夫? 頭痛かったりしない?」
自分とサイバネティシストを除いた三人が調査中ということは、自分が最後まで気絶していたわけか。一緒にいなかった三人はともかく、ドクターとは一緒にいたのに自分だけがこうして情けない姿を曝していたというのが恥ずかしい。自分のほうが若く、鍛えているというのに。
キャプテンが恥ずかしさを紛らわすように後頭部に手を当てると、小さく瘤が出来ているのが確認できた。触れると少し痛い。
「瘤が出来てる……、けど、大丈夫。状況が知りたいからみんなのところに行くよ」キャプテンは言う。
「気分が悪くなったりしたらドクに言えよ。緊急事態なんだから、我慢は良くない」
サイバネティシストに心配され、キャプテンは素直に頷く。
他の三人がいるというのは探査艇中央の電算室だった。ノルン・セカンド形式の船の艦載AIのハードが乗っている場所で、通常はあまり立ち入らないところだ。そこでは中央の小型スライドモニタの前に技師が床に直接座っており、傍にドクターと生物学者が立っている。
キャプテンとサイバネティシストが狭い電算室に入ると、ドクターと生物学者は彼女らに注意を向けたが、技師は集中しているようで、座ったまま何かしらの作業をしていた。
「お待たせしました」キャプテンは声を振り絞って言う。この船で一番年下の彼女が、最後まで復帰できなかったという事実は厳しい。「状況をお聞きしてよろしいでしょうか」
「ちょっと不味い状況になったみたい」代表して生物学者が言う。「とりあえず、どこかの惑星に落ちたのは確かね。船内の破損状態は把握できてはいないけど、ブリッジの破損が酷い以外は致命的な問題はない。エンジンも、消火は完全に終わってる」
キャプテンは頷き、今何をやっているのか質問しようとして、技師が電算室で作業しているということに対する疑問に気付いた。コンピュータのソフト関連はサイバネティストの領域で、しかし彼はキャプテンのために傍についていてくれた。彼の代わりに電算室で、コンピュータのハードやもう少し原始的な機器が専門の技師が作業していたということは、コンピュータのハードが駄目になったということではないだろうか。ぞっとする。コンピュータの手助けなしでは航行はできない。
「それで、いまはなにを……」
キャプテンが尋ねようとしたとき、技師が声をあげた。「でーきたっと」
技師が言った途端、何も映っていなかったスライドモニタに光が灯る。『セルフ・テスト中』という表示が出ている。
「おぉ、直ったか」とドクター。
「予想外の負荷が掛かったから、安全装置が作動しただけみたいですね。さすがにハードが壊れたら対応できない」技師が半分丁寧語を活用する。彼女はこの船の乗員の中では最年少だが、敬語を使うのはドクターに対してだけだ。
技師は工具を片付け終えると伸びをし、それからようやくキャプテンの存在に気付いたようで驚きの声をあげる。
「あ、キャプ、おはよう」にっこりと技師は微笑んだ。「頭、大丈夫?」
彼女が悪意を持ってその言葉を発したわけではないということはわかってはいるが、表現を変えて欲しい、とキャプテンは思った。
「大丈夫」キャプテンは現状見聞きした限りで分析した内容を確かめる。「ヴェルダンディが機能しなくなっていたんですか?」
「そうだね。とはいっても、安全装置が働いただけみたい。もうすぐセルフテストも終わるよ」
『おはようございます』ヴェルダンディの電子合成音が響く。「修復ありがとうございます」
「船の状況はどう、ヴェルダンディ?」キャプテンは尋ねる。
『正確な把握にはもう少し時間がかかりますが、ブリッジとその手前の通路、及び右エンジンと周辺区画に損傷があるものの、それ以外には問題は生じていません。不時着は成功したようです。そちらは大丈夫でしょうか?』
「今のところは」
『ところで、船外は観測しましたか?』機械であるヴェルダンディが焦るように訊いてくる。
「いや、まだだけど………」
キャプテンが言いながら他の乗務員を振り返ると、ドクターが発言した。「ぼくは見たよ。呼気には問題がないことも確認した」
『見ましたか。あれは、わたしの観測間違いではないのでしょうか?』
「間違いないね」ドクターは頷く。「この惑星は大気成分なども含めて地球によく似た惑星で、しかも知的生命体が住んでおり、集落を形成している」
技師
氏名 プリシッラ・ファンファーニ
性別 女性
年齢 21歳
経歴 専門学校卒業後、宇宙開発興業団に就職し、技師としての経験を積む。ノルン・セカンドの技師に任命される以前に何度か宇宙開発関係の仕事に携わっており、最若年ながら経験の面では最も深い。
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