来てください/00/03


(本当だ………)

ドクター生物学者とともに探査艇の外に出たキャプテンは、自分の見ている風景に驚きを隠せなかった。
ドクターの言ったとおり、外に出ても呼気はまったく問題がなかった。ヴェルダンディの解析によるとアルゴンやネオンなどの希ガスの成分が多いらしいが、おおよそ地球の大気と似た構造らしい。
探査艇が落下した場所は森の中だった。その森というのが、地球でよく見るような、まさに森と形容できるような森なのだ。落下地点は広葉樹林が密集しているような場所で、森を形成する広葉樹林の樹高は十メートル前後。二十メートル程度のものもあった。生物学者によると、ブナによく似ているらしい。地面の色は黄土色で、地球でいえば温帯付近の比較的土壌の豊かな地域に見られる土らしい。

「僕が見たのは、向こうからだね」ドクターが集落を見たという方向を指差す。「崖があって、そこからこの下の地表が一望できる。ここはだいたい下の地表面からは数百メートル程度の標高にある山の上みたいだ」
ドクターの指し示した方角へと向かう。ドクターが先頭で、次にキャプテン、最後が生物学者という並びだった。キャプテンは緊張のために拳銃を胸元に寄せる。これが探査艇に残っていた唯一の銃なのだ。他のものは不時着の際に投棄してしまった。もともと武器はほとんど積んでいないのだ。彼女が持っている拳銃も、実は彼女の私物である。
前方を歩くドクターの歩みはゆっくりとしたもので、白衣のポケットに手を突っ込んで歩くという余裕のあるものだった。それを見て、キャプテンは自分は緊張しすぎかもしれないと気持ちを整える。とはいえ、緊張しないのも問題だ。ここがどれだけ地球に似ていようとも、未知の惑星なのだから。
木々が少なくなっていき、遂に前が開けた。空が見える。青い空だ。ほとんど地球のような。
慎重に崖に近付く。ドクターは崖のそばで眼鏡型のIA(インテリジェンス・アンプリファイア)を目に掛け、遠くに目をやっている。
下方に見えるのはやはり森や草原などだったが、遠方に目を凝らしてみると均されたような土地が見える。
ドクターがキャプテンにIAを渡してくる。IAも不時着騒ぎで故障・投棄したものが多く、今現在使用できるものは少ない。
キャプテンはIAを掛けて遠方を望む。田園、それに確かに建物のようなものが見える。細かい造詣までは確認できないが、球形のドームのような形ではなく、直方体が連結した形状のものがほとんどのようだ。
彼女はIAを掛けたまま首を動かし、視点を移動させる。

ふと、目の端に何かが映った。崖の下の森で、動く物体。動物、地球外生命体だ。しかしその形状を目に留める前に、動物は木々の陰に隠れてしまう。

「あれ、エレナくんは?
ドクターの声に反応してキャプテンは頭をあげる。そのせいで動物がいた場所がどこであるかわからなくなってしまった。
後方を振り返る。ついてきたはずの生物学者がいない。急に頭から血の気が引いたような気がした。

「あ、来た来た」
しかしすぐに木々の裾から生物学者が顔を出した。表情は笑顔で、手に何か持っている。それが蛇だと気付いたキャプテンは後ずさりしかけて崖から落ちそうになる。ドクターに手を引っ張られてなんとか崖の上に踏みとどまった。
「いやぁ……、吃驚した」生物学者は蛇の喉下を押さえたまま歩いてきた。「どうみても、蛇にしか見えないね」
「確かに」とドクター。

生物学者の言うとおり、彼女の手にあったのは地球で見かけるような蛇そのものだった。色がおかしかったり、奇形だったりということもない。

「青大将に見えますね……。青大将だったら、近くに民家があるってことなんだけど」生物学者が顔を蛇に近づけて言う。
「毒とかは大丈夫なのかな」ドクターが言った。
「未知の毒物がなければ大丈夫ですね」生物学者は手に薄い手袋を嵌めていた。

キャプテンはついていけなかった。未知の宙域、未知の惑星、それにも関わらず存在している集落や、地球のものによく似た生物。いったいこの場所はなんなのだろう。
あまりにも出来すぎているようにしか考えられなかった。

生物学者
氏名 エレナ・サウラ
性別 女性
年齢 31歳
経歴 環境生態学に通じる生物学者だが、物理や化学分野にも通じている。宇宙開発興業団に身を置いているわけではなく、大学研究機関に勤めており、今回のSETIプロジェクトに参加したのは若く広い分野に精通した人材を求めていた知人筋から推薦されたためだが、本人は半ば長期休暇のつもりで乗船した。


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