アメリカか死か/10/03 Our Little Secret-3

 その子ども、Junior SumithはLynn、James、Rita、そしてDogmeatという来訪者を見て、喜んだ。


「知らない人と話したのは、初めてなんだ!」とJuniorは嬉しそうに言った。「父さんは、ぼくが知らない人と話さないようにしているから」
「まぁ、危ない人もいるからね」とLynnは相槌を打った。

 Juniorの言を聞く限りでは、彼の父親はRaiderではないものの、来訪者に厳しい人間のようだ。
 もっとも、この時代なら当然だろう。善良な顔をして近づくRaiderもいる。家族を守るためなら、仕方がない。

「このおねえちゃんは、どうしたの?」
 JuniorがサイドカーのRitaに近寄る。彼女はガレージを出て以来、一度水を飲むために起きた以外は、ずっと意識を失っていた。
ちょっと病気でね」とJamesが答える。「良ければここに泊めてもらいたいんだけど……、えっと、この場所は?」
Andaleだよ。とっても良いところだと思うよ。もっと同い年くらいの子どもがたくさんいてくれれば、もっと楽しいと思うんだけど……。ぼくとJennyしか子どもはいないから」
「うん、そうかそうか。それで、Andaleに泊めてほしいんだけど、お父さんとお母さんに、大丈夫かどうか訊いてくれないかい?」


 いいよ、と言ってJuniorは左手の家に入っていく。戦後では珍しいくらいの立派な家だが、そこが彼の家らしい。向かいの、同じく様相の整った家が、おそらく彼がJennyと呼んでいた少女とその家族が住まう家だろう。その奥にもうひとつ家屋が見えるが、これが対照的にみすぼらしい。

「入れてもらえますかね」
 とLynnはJamesに尋ねた。
「まぁ、駄目なら駄目で、その辺で野宿だね」Jamesが空を見上げる。「まぁ天気も良さそうだし、大丈夫だろう」

 やがて玄関の扉が開き、赤いチェックのシャツにジーンズというラフな服装の壮年の男が出てくる。四十代といったところであろう、頭が禿げかかっていたが、筋力逞しく衰えは感じなかった。Juniorの父親だろう。
 彼は手にピストルを持っていたが、こちらに向かっては構えてはいなかった。夕方になって急に訪ねて来た訪問客に対して、銃口を向けていないだけ、破格な出迎えといえる。急に撃たれても文句は言えなかったところだ。
「や、すいません」Juniorの父親はLynn、James、そしてサイドカーのRitaに視線をやって警戒を解いたのか、銃を腰元のホルスターに仕舞った。「最近物騒なもので……、いや、すいません
「いや、当然の対応ですよ」
 とJamesが柔和に返す。ここは同じ年代である彼に任せておいたほうが良さそうだ。

「Juniorから話は聞きました。Juniorの父の、Jack Smithです。お嬢さんが体調を崩されて、うちに泊まりたいとか」
「はい。James Walkerと申します。ちょっと持病で……、うつる病気とかではないんですが。あ、こちらがうちの娘のRitaで」とJamesがRitaを示し、次にLynnへと手を向ける。「こっちがうちの息子のLynnです」
 急なJamesの言葉に動揺したLynnだったが、とりあえず会釈をしておく。
「いやぁ、立派な息子さんですね。で、宿泊の件ですが、もちろん大歓迎です。娘さんをゆっくりと休ませてやってください」Jackは白い歯を輝かせる。「Andaleは小さな街ですが、Virginia州一良いところですよ。今日はうちのLindaの手料理を是非食べていってください」


 始めはこちらを油断させる演技かもしれぬと考えていたLynnだったが、家の中に入れてもらい、彼と彼の妻、Linda Smith、さらに外でも会ったJuniorと会話をしているうちに、そんな警戒は無用のものだと悟った。Jackたちに敵意はまったくなさそうだった。
(それにしても……)
 こんなに穏やかな一家がこうも豊かに暮らしているのは奇跡的なことだ、とLynnは思った。家屋はCapital Wasetelandでよく見られる、戦前の古い家屋を修繕しただけの安普請ではあるが、調度品は整っているし、今Lindaが料理をしているように食料にも不足はしていないようだった。

 いったい。


「Smithさんはお仕事は何をされてらっしゃるのですか?
 と、Lynnは気がつくとそう尋ねていた。
「いやぁ、赤い血の流れる模範的なアメリカ人だったら、誰もがするべき仕事ですよ」とJackは笑った。「家族を食べさせるためですからね」


 具体的にその仕事は何なのか
 そう尋ねようとしたときに、二階の客間に寝かせたRitaの容態を診ていたJamesが下りてきたので、会話は中断された。
「どうですか」娘さんは、とJack。
 ええ、おかげさまで、と頷くJames。「大丈夫そうです」
「あのおねえちゃん、変わった肌の色だったね」
 そう言ったのはJuniorだった。こら、Junior、とそんな彼をJackは叱責する。

 いや、とそんな様子を見てJamesは笑う。「あの子は妻の先祖の血を色濃く受け継いでいるんです。妻の先祖はインディアンで」
「なるほど……」そうだったのですか、とJackは何度も頷いた。インディアン、なるほど。
 インディアンって、なぁに、と疑問の声を発するJuniorにJackが講釈する。インディアンっていうのは、ぼくらアメリカ人がここに住む前にいた人たちのことだよ。彼らはとても優しかったから、ここに来たアメリカ人に、土地を貸してくれたんだ。お父さんやJuniorがこの家に住めるのも、みんなインディアンのおかげさ、と。

「インディアンにはこういう言葉があります」
 Jamesはそう前置きして、こう言った。成功した男とは、家族を守ることのできた男のことだ、と。


 なるほど、素晴らしい格言だ、とJackはJamesの言葉を褒め称えた。確かに男にとっては、家族こそが何にも代え難い宝ですからね。わたしも、妻のLindaと、子のJuniorのために生きているようなものです。
 そう笑うと、Lindaも笑った。つられてか、Juniorも笑う。

 幸せそうな家族に見えた。
 夕食は美味だった。家族ということになっているので、宛がわれた部屋はひとつのみだったが、3人が泊まるには十分な広さだった。Jamesは散歩をしてくるといって外に出て行き、Ritaは眠ったままだった。Lynnは、死んだと言われた家族について思いを馳せた。

 その夜、宛がわれた部屋のドアに気配を感じた。足音。出て行く足音。
 Lynnは起き上がった。Jmaesのベッドが空だった。Ritaは、と彼女のベッドを覗いてみると、未だ眠ったままだ。出て行ったのはJamesひとりで、ということはおそらくトイレか何かだろう。
 そう思ったが、なぜかLynnは彼の行動を不自然なものに感じて、彼を追って部屋を出た。


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