かくもあらねば/00/08


Must Be Dreaming
これはきっと夢なんだ


 声が出なかった。
 ただSilasは弾装が空になるまで、少尉から譲り受けたLuckyを連射していた。
 1発、2発、3発。弾丸は頭に、喉に、眼球に突き刺さる。
 4発、5発、6発。撃たれても悲鳴さえあげないのは、彼に撃たれている相手が既に絶命しているからだ。
「Silas、もうやめて」
 そんなふうに言う必要はなかった。既に弾装は空だ。Silasは死体の頭を踏みつけて、頭蓋を砕いた。

 彼が人を殺したのは、初めてではなかった。NCRの兵士という立場である以上、Caesar's Legionとの戦闘は避けられなかったし、Legionの勢力が弱い南部ではRaiderとの小競り合いは日常茶飯事のことだった。人を殺さなくては生きていけなかった。
 それでも、これまでは降りかかる火の粉を払ってきたようなものだ。刃物を、銃を手に手に襲い掛かってくる相手を、半ば仕方がないというふうに打ち倒してきただけなのだ。

 今回は、違った。
 殺された男はCaesar's Legionだ。だからSilasが彼を殺す理由はある。理由はあるが、しかし殺す必要はなかったのだ。既に彼は武装を解除していたし、利き腕の側の肩も撃ち抜かれていたために抵抗もできなかった。
 彼は、Caesar's Legionの中でも、奴隷の収集や移送を担当していた。
 だからSilasは尋ねたのだ。
「8年前に奴隷にされた若い女を知らないか?」
 と。
「情報を教えたら、多少は甘く見てやっても良い。勿論、嘘を吐かなければ、だが」
 と。

「ああ、グリーンの目の………」
 と死んだ男が言ったので、Siは食いついたのだ。「ああ、そうだ、そうだ。何処へ行った? 知ってるなら、逃がしてやってもいいんだぞ」
「あの女なら………」
 Caesar's Legionの男は言いかけて、しかし口を噤んだのだ。
 その反応を見て、Sumikaは悟った。Aniseの身に、単に奴隷にされた以上の、何か良くないことが起こったのだと。取り返しのつかないことが起きたのだと。
「どうした」
 と、しかしSilasはまるで気付かないように、あるいは気付かないふりをして尋ねる。男の肩にSilasの手が食い込む。どうした、どうした、言ってみろ、と。
 観念した男が言った。「あの女なら死んだ」その瞬間である。
 Silasは間髪間を置かずに撃った。足を弾丸に貫かれ、Legionの男が倒れる。その倒れた男の腕に向けてもう一発撃つ。男が仰け反る。
 嘘を吐くな、嘘を吐くな、とSilasが言う。傷口を抉る。
「死んだわけがない。Aniseが、死ぬわけがない。おまえたちは何処へ隠したんだ。彼女を、何処へ」
「本当だ。自殺したんだ! 奴隷にして移送する途中だった。刃物を奪って、自分の喉に刺した。止められなかった! ああ、ほら、見ろ、これだ」
 Legionの男が懐から取り出したのは、Aniseが髪を結んでいた布だった。見間違いようもない、ベルベットの布地は、まさしくAniseが髪を結ぶのに使っていたもの。

 そしてSilasはLuckyに弾丸を篭め直し、撃った。殺した。


 Sumikaはかける言葉が見付からなかった。

「おれは」
 ぽつりとSilasが言った。おれは、これからどうすれば良いんだ、と。何のために生きていけば良いんだ、と。
「Aniseをこの手で取り戻すためだけに生きていたんだ」
 それなのに、それなのに。
 Silasは再度、Caesar's Legionの死体を踏みつける。砕かれた頭蓋から目玉が飛び出た。
「Silas、もうやめて
「取り戻せないなら、あのとき教会で……、襲撃があったときに死んでいれば良かった。あのときに終わっていれば良かった。為すべきことを為せないなら、終わりで良かったのに」

 Sumikaが、もうやめて、と言ったのは、死体を踏みにじる行為に対してではなかった。勿論それも厭だったが、彼の目指すものを突き進めるその姿勢に対して嫌悪感のほうが勝っていた。
 全ての物事は上手く行くわけではない。
 そのことをSumikaは身を以って知っている。Sumikaは、何も悪いことをしたわけでもなかった。Vaultで、ただ家族や友と共に生きてきた。だがその平穏は突如として破られた。
 Sumikaを改造したEnclaveが悪くて、悪人さえいなければ世の中はなべて善くなるのだ、という考え方もできるだろう。だがSumikaはそうは思わない。もしEnclaveがやってこなくても、事故や病気などで死んだり、不幸な目に遭ったりすることはありえただろう。原因が問題なのではない。結果の話だ。何某かの悪い出来事は、どんなに気を付けていても、努力しても、避けようがないのだ。
 だから大事なのは、その先のことだ。
 
 努力すれば実るわけではない。
 願えば叶うわけではない。
 ならば、何をしても無駄なのか?

 そうではない。そうではないのだ。
 想いは簡単に打ち砕かれてしまう。願いは簡単に引き裂かれてしまう。大事だと思っているものは、いつも手に入らない。
 それでも、そうだとしても、立って前に向かって歩くことが大事なのだ。
 いつまでも失った思い出を引き摺るのではない。諦めて、前に進むこともときには重要なのだ。Silasはそれを知らない。


 そしてそれは、Sumikaも同じだった。
「あのときに、諦めていれば良かった」
 Sumikaはベッドで眠るSilasを見て思う。
 あれから10年。Silasは諦めなかった。Aniseを取り戻すという夢を、諦めなかった。死んだ女は取り戻せないというのに、彼はまさしく夢を追い続けたのだ。
(それに、わたしも………)
 Silasが己の姿を認識しているということを知ったとき、Sumikaはそこに希望を見出した。だから、自分がふつうの人間と同じように過ごせるようになるかもしれないと、元に戻れるかもしれないと、そんな夢を抱いてしまった。既にその夢は絶たれているのだということを理解していたはずなのに、夢を追い求めてしまった。その結果が、Vertibirdの破片を受けて傷だらけになったこの姿だ。

 諦めれば良かった。
「そうなんだよ、Silas」
 もう、諦めなくちゃ駄目なんだよ。
 Sumikaがぽつりと呟いたとき、Silasが目を開けた。

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