アマランタインに種実無し/05/02 Fun With Pestilence-2

 Last Roundの二階にはNineのほか、ふたりの男がいた。


「Camarillaの手下が何の用だ?」
 ひとりはそんなふうにAzaleaに突っかかって来る、禿げ頭の巨体である。
「おい、Skelter餓鬼相手にそういう言い方もないだろう」
 とNineが窘めると、Skelterと呼ばれた禿げ頭の男は鼻を鳴らして椅子に座り、Azaleaのために道を開けた。

 もうひとりの男は総髪で、髭の長い、浮浪者か、でなければ清廉な聖人に見えなくもない格好の男であった。見覚えのある顔だ。
Jack……」
 とAzaleaは彼の名を呼んだ。
「おぉ、あんた、生きてたか」
 と髭だらけの顔を歪めてJackは笑った。知らない男ではない。吸血鬼になったばかりの頃、Sabbatの襲撃を受けたときに、AzaleaをSanta Monicaまで逃がしてくれたのがJackだった。
「いやぁ、Santa Monicaではいろいろやったんだって?」Jackは黄色い歯を剥き出す。「見かけによらず、よくやるなぁ。それでDowntownでも目ぇつけられたんだろうが」
「あぁ、うん、Jackも知ってるんだね」Jackに対して頷いてから、AzaleaはNineに向き直る。「さっきはありがとう」
「なんだ?」
 とNineは怪訝な表情。
Sabbatから助けてくれたときのこと」

 Santa MonicaからDowntownにやってきた直後のことである。
 AzaleaはSabbatの暴漢に襲われた。いきなり頭を殴られ、意識が朦朧として血力も安定せず、まさしく危機一髪だった
 そこに現れて助けてくれたのが、Nine Rodriguezである。彼はAzaleaがPrince LaCroixの命令で動いていることを知っていた。


「あぁ……、そのことか」は、とNineは馬鹿にしたように息を吐く。「それはそのときにもう礼を言っただろ。いちいち引き摺る女だな。面倒臭ぇやつだ」
 わざわざ礼を言ってやったのに、この対応は何なのだろう。腹が立つが、いちおう礼を言っている手前、何も言えない。
「で、LaCroixには会えたのか?」
「いちおう。でも………」

 禿げ頭のSkelterがグラスに赤紫色の液体を注ぎ、Azaleaに手渡してきた。
 飲酒制限21歳なんてものを律儀に守っているやつは、少なくともAzaleaの周りにはいなかった。だからワインだと思って口をつけたのだが、葡萄ジュースだった。

 甘い液体で口内を満たしてから、Azaleaは言葉を紡ぐ。紡ごうとした。
「でも………」
 言葉は出てこなかったが、Jackが引き継いだ。「おおかた、LaCroixにほかにいろいろ命令されたんだろう? おおかた、Nineを訪ねてきたのもあれの命令なんじゃないか?」
「う」
 ずばり言い当てられて咄嗟の対応ができるほど、Azaleaは場馴れしてはいない。
 NineもSkelterも、どうやら同じ予想をしていたらしい。

「あなたたちは、彼と敵対しているの?」
 腹を括って、Azaleaは男たちに問うた。Last Roundに集うものたちが夜の住人であることは確かだ。そしてNineの言動から、Sabbatと敵対していることも知っている。だというのに、Prince LaCroixとは敵対しているというのか。
「敵対ね」とNineが肩を竦める。「少なくとも、LaCroixのことは気に食わん。こそこそと金儲けして、裏で悪巧みしてやがる」


「あななたちは、Camarillaじゃないの?」
「違う」
「じゃあ、何?」
「何って言われてもなぁ……。おれたちはAnarchだよ」
「何、それ? どういう組織? Nineがリーダーなの?」
 とAzaleaが尋ねると、Jackが噴き出した。
「聞いたか、Nine。あんたがリーダーなんじゃないかって」
 Jackはそんなふうに言いながら、両手を叩いて笑う。
「何がおかしいわけ?」
 とAzaleaは唇を尖らせる。Jackが返して言うには、「まぁな、Nineは良い男だ」とのことで、それ以上は笑い涙で言葉にならない。

「Anarchは、べつに組織っていうほどのもんじゃない。Anarchは、Anarchだ。わからんなら、Camarillaじゃないってだけわかってりゃいい」と言ってNineはグラスに口をつける。
「Princeに反対するひとたちってこと? わたしも……、Anarchになれるの? なったら、Princeから守ってもらえるの?」
「馬鹿」とNineはにべもない。「誰も守ってくれやしねぇ。自分の身は自分で守れ。だいたいおまえは、生き方を知らん」
「じゃあ年長者として、アドバイスでもしてくれるの?」
 と皮肉を言えば、Nineは真面目な顔で指を折りながら詩でも諳んじるように言う。
「一、血力を過信するな。暴走させずに、制御できるようにしろ。
 二、食事のために人を殺すな。血の力に暴走させやれやすくなる。
 三、Camarillaは糞だ。
 四、背後には気をつけろ。
 五、戦い方を学べ。てめぇのケツの穴を守れるのはてめぇだけだ。最後に頼れるのは銃でも血力でもねぇ。自分の身体だけだ。以上だ」

Tutorial: HumanityとFrenzy
 戦闘エリアでもないのに自分から好戦的な行動を取ったり、食事の止め時を逃したりして、無害な一般人を殺すと、Humanityを失う。
 Humanityが低くなると、ダメージを受けたときにFrenzy状態に陥りやすくなる。
 Frenzy状態になると、一定時間操作を受け付けなくなり、無差別に攻撃を行うようになる。

「おまえはどうせTremereだから、Sabbatと戦うときも血力頼みなんだろう。それでも、身体は日頃から鍛えとけ」
 そう言うだけあって、Nineの体格は見惚れてしまうほどに見事だ。JackやSkelterにしても、服の上からでも鍛えているのがわかる。

「そんなこと言われても、素手での戦い方なんてわかんないよ」
「拳握れ」とNineは己の拳を握ってみせる。そしてその拳を突き出す。「体重乗せてぶん殴れ。やってみろ」
「え、やだ………」
「なんでだよ」
「恥ずかしいから」
「五月蠅ぇ、やれ」
 ごつごつした手によって、無理矢理に拳を握らされる。そして殴る練習。

「これでいいの?」
「うん、まぁ、ぜんぜん駄目だが……、まぁ駄目だな」
「駄目なんじゃん」 

Stars: Increasing

 はぁと溜め息を吐いて、AzaleaはNineに向き直る。
「もう戦いのことはいい。ところで、Elizabeth Daneって聞いたことある?」
「Elizabeth Dane?」
 船の名を復唱し、NineはJackに視線を送る。どうやら思い当たるところがあったらしい。
「あー……、あんた、それなんだが……」とJackが白いもののついた頭を掻きながら、苦笑いして言う。「その名前出すの、Princeは黙ってろって言われなかったか?」
 言われたかもしれない。少し、油断していた。
 だがJackがそのような答えを返してきたということは、やはり彼らはElizabeth Dane号の積荷について何かしら知っていることがあるということだ。
 ええい、毒食らえば皿までだ、とAzaleaは情報を公開することを決意した。

「Ankaranの石棺っていうのが運ばれている可能性があるから、それを調べて欲しいって言われたの」
「Ankaranの石棺か」Jackが口笛を吹く。「LaCroixがElizabeth Daneについて動いてたのは知ってたが、ずいぶんと大物だな」
「そうなの?」
「Ankaranの石棺が何なのか、LaCroixは言ってたか?」
 とNine真剣な表情で問うてきたので、Azaleaは首を振った。


「お伽噺みたいな代物だ。古代の血族が眠っていて、それが目覚めたらあらゆるものを食い尽くすっていう、そういう話で子どもの躾に使うんだよ」
 とJackが笑う一方で、Nineの表情は険しい。
どうせパチモンだとは思うが……、LaCroixが動いてるってのが、臭いな。まぁ調べに行くんなら、気を付けるこったな」

 少なくともAzaleaはAnkaranの石棺を開けるつもりはないわけで、だから本物であれ偽物であれ問題は無い。
 ただ、もし本物だと思っている者がいるのなら、そのような相手と衝突するかもしれない。Azaleahは気を引き締めた。

 Nineたちに別れを告げ、Last Roundの一階に降りる。すると入ってきたときにも声をかけてきた、Damselという名の少女が近づいてきた。
 一歩下がって身構えかけたものの、目つきの悪さは相変わらずだが、表情は穏やかなものになっている。警戒を解く。
「あの、さっきはごめん。わたしはDamsel」と赤毛の少女はしおらしい声で謝罪をした。「最近変なのが流行ってて……、吸血鬼関係のものみたいだから、気が立ってた。LaCroixの部下だって聞いてたし。でも、Nineと仲が良いなら、信頼できるひとなんだよね。ほんとにごめんなさい。許して」
 Azaleaは頷いて返した。昔の職業柄、恨まれることは慣れているが、謝罪されることには慣れていない。なんと言葉にすれば良いのか判らなかった。
「あの……、急にこんなことを言うのは厚かましいと思うんだけど、頼みたいことがあるの。伝染病のことで……」
「伝染病?」
 急に出てきた物騒な単語に、Azaleaはぎょっとする。
「うん、あの……、街で防護服を着たやつらを見なかった? いま、変な伝染病があって、それで……」


「おい、Damsel」と上から声が降ってくる。二階からNineが降りてくる。「何やってんだ」
「Nine……、あの、彼女に協力を頼もうと思って……」
「こいつはおまえとそう変わらん餓鬼だぞ……。いや」とNineはAzaleaの胸や腰の辺りをじろじろ見て言う。「おまえより餓鬼だな」
 Azaleaは習った通りに拳を突き出してNineを殴った。さすが、効いたようだ。

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