アマランタインに種実無し/06/02 Elizabethan Rendezvous-2

 夜の眷属となって身体は丈夫になったが、治癒速度が向上しただけで、皮膚や骨そのものが硬くなったというわけではない。Blood Shieldを張ると、血が滴って隠れることができなくなってしまう。
 だからAzaleaは銃弾に対しても抗う術は無かった。ただ立って痛みを堪え、銃弾が身体から抜けるのを待つのが精いっぱいなのだ。


 その身に銃弾を受けながらも、Azaleaはコンテナの陰へと跳んだ。銃弾が金属製のコンテナで弾け、煌めく。
(どうして………?)
 見知らぬ人物が船に乗っていれば、不審に思うだろう。声をあげるだろう。人を呼ぶだろう
 だが、撃ってくるのが早すぎる。ましてやAzaleaは武器を構えておらず、小柄な女だ。最初は警告で済ませるというものだろう。

 あのAnkaranの石棺が、それだけ重要なものなのか。
(それに………)
 Azaleaは鍵の掛かっていた扉をロックピックで抉じ開けて、中の小部屋で落ち着いたところで、己の両手をじっと見る。今は大丈夫。ああ、大丈夫だ。テーブルに置かれていた船の積み荷記録を摘み上げるときも、手が勝手に動いたりはしなかった。

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 だが先ほどまでの自分はおかしくなかっただろうか。何か、自分が自分でないような気がしていなかっただろうか?
 どうして自分は見つかるとわかっていながら、あんなふうにAnkaranの石棺まで近づいてしまったのか?


お伽噺みたいな代物だ。古代の血族が眠っていて、それが目覚めたらあらゆるものを食い尽くすっていう、そういう話で子どもの躾に使うんだよ」
 Last RoundでJackが教えてくれた、Ankaranの石棺に関する話を思い出す。
 あの石棺には、本当に恐ろしい力が籠められているのだろうか? だが触れた限りでは、血力は感じなかった。ただ……、ただ、何か惹きつけられるような奇妙な感覚があっただけだ。

「動くな」
 背後からの男の声に、Azaleaは飛び上がりそうになった。
本船の調査に来たLos Angeles市警だ。現在船内に銃を持ったハイジャック犯の女が逃げ込んでいるという情報を受けている。きみがそうなら、抵抗せずに投降しなさい。そうでなければ、両手を挙げてこちらを振り向きなさい」
 男の声は落ち着いたもので、Azaleaはほっとした。少なくともAnkaranの石棺の近くで警備を行っていた男たちのように、問答無用で撃ってきたりはしないようだ。理性的に話せる、警官。
 Los Angeles市警?

 両手を挙げて振り向いたAzaleaは、息が止まりそうになった。
「Arthur………」
 Arthurだ。Arthurが立っていた。恋人だった、Arthurが。

「うん? きみは……」Arthurが目を細めて、Azaleaのことを頭から爪先まで眺めまわす。「どこかで会ったことがあったか?」
 Azaleaは涙を堪えた。嗚咽を押し留めた。
 Arthurは、Azaleaのことを忘れた。忘れさせた。Azaleaが、血力を使って記憶を消したのだ。だからAzaleaのことを知らないのは、当たり前のことだった。
「レストランで……」Azaleaはゆっくりと首を振る。「ウェイトレスをしていて」
「ああ、ぼくが客として行ったことがあるってことね。そうか」とArthurは納得してくれた。「それで、きみは……、なぜこの船に乗っているんだい? まさか本当に、きみみたいな女の子がハイジャック犯ってわけじゃあないだろう?」
「わたしは………」
 Azaleaは回答に迷った。ハイジャック犯というわけではないが、Azaleaがこの船に忍び込んだことは本当だ。それに、夜の住人たちのことは、表の人間である彼には話せない。

 ええい、こういうときは血力だ、とAzaleaはTranceの血力をArthurにかけた。
 だが青白い血力は、Arthurの周囲でくるくる回ってから消し飛んだ。
(な、なんで………?)

 まさか前回Tranceを受けたときに、耐性ができたとでもいうのだろうか。病気のように、免疫がついたと。そんなこと、あり得るのだろうか。もっとJackやNineから、血力について話を聞いておけば良かった。
 そんなふうに後悔している間に、船室のドアが開いて警備の男が2人、入ってきた。Azaleaを追いかけていた、銃を持った男たちだ。Azaleaを見つけるや否や、よくやった、その女を渡せ、とArthurに向けて言い放つ。

「いや、待ってくれ」とArthurは警備の男たちとAzaleaの間に割り込む。「この子はどう見てもハイジャック犯には見えないし、どうもぼくの知り合いらしい」
「何を言っている。そいつで間違いない。あんた、おれたちに逆らうのか?」
「ぼくはこの船が積荷を載せているという密告を受けて来た、Los Angeles市警の人間だ。きみたちの指図を受ける理由は無い。でなくても、女性が不正な尋問を受けようとしている状況は見逃せない」
 一対二の不利な状況ながら、Arthurはそう言い放った。どうやらArthurとAnkaranの石棺の近くにいた警備の人間は、べつの部署なのか、でなければそもそも警備は警察ではないのかもしれない。
 やはりArthurはArthurだ。変わらない。優しい。Azaleaはそう思った。
「だいたい、ハイジャック犯がいるというのは本当なのか?」とArthurは警備の男たちに言葉を連ねる。「それならその狙いはなんだ? タレコミがあったことも含め、この船には不審な点が多すぎる」

 ふたりの警備員は顔を見合せたのち、頷きあうと、ほぼ同時に拳銃の先をArthurからずらし、Azaleaへと向けた。
 男たちが拳銃を発射するのと、ArthurがAzaleaを庇うように覆い被さったのはほぼ同時だった。
 2つの拳銃が2連射され、計4発の弾丸が発射された。
 1発は外れて壁へ1発はAzaleaの太腿に当たった。そして残りの2発はArthurの胸と腹に突き刺さった。

 血を噴き出して崩れ落ちるArthurの向こうで、警備のふたりが大量の血を吐き出した。AzaleaのPurgeである。


 警備の人間に見つかるな、危害を加えるな。LaCroixにされたそんな注意は、頭から吹っ飛んでいた。

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