決戦前夜/時代4/Turn9 《邪悪なる召喚》


4-080C 《邪悪なる召喚》
ゴズは大陸の秩序を乱すべく、クロノグリフを改竄し魔力で作り上げた英雄を送り込んだ。呪疫の獣の力の一部すらも捨て石とし、世界により巨大な混乱をもたらすために……。


 《滅史の災魂 ゴズ・オム》は考えていた。
 アトランティカを我が物にするにあたって、最大の脅威となりうるのはほかでも無い、バストリアの黒の覇王であった。
 精霊力に守られていないはずなのに、バストリアが他国と同等以上に戦い続けられているのは、あの男の存在があるからだ。黒の覇王は、災害獣や《滅史の災魂 ゴズ・オム》に対しても、同等以上に戦うだろう。負けるつもりはなかったが、勝てるかどうかというと悩ましい相手だった。

 バストリアに勝つためには《疫魔の獣 イルルガングエ》だけでは足りない。何かほかの手立てが必要だ。
 そんなふうに考えながらクロノグリフを捲っていたときに、《滅史の災魂 ゴズ・オム》はとあるアトランティカの頁から強い思念を感じた。いまにも尽きんとしているその思念を抱えた生き物は、バストリア極北の奈落、常人ならば一刻と持たずに死を迎えるはずのその場所で、全身真っ黒になりながらも生きながらえていた。

「生きなければ」

 その思念が、《滅史の災魂 ゴズ・オム》には可笑しかった。生きたい、ではなく、生きなければ、とは。何があったのかは知らないが、面白い考え方をする男だ。
 《滅史の災魂 ゴズ・オム》は、その男を引き上げるや、クロノグリフの彼の項の改竄を始めた。身体能力、魔力、武器、呪力。さまざまなものを付与した。

 最後に《滅史の災魂 ゴズ・オム》は、その拾い物に名前を付けた。彼がぶつぶつと唱えていた名を。《黒騎将 ウーディス》という名を。



「フィーは何処だ!」
 バストリア王都、城の真ん前の広場で、男の叫び声が響いた。

 叫んだのは、漆黒の鎧に身を包んだ男。知ってはいるが、直接は見たことが無い男だ。
 彼は同じく漆黒の鎧を纏った男を踏みつけていた。こちらは知ってはいるし、見たこともある。

 踏みつけられている黒はバストリア帝王、黒の覇王。
 踏みつけている黒は、《黒騎将 ウーディス》。

 《傭兵女帝 ベルスネ》をバストリア王都に呼び出したのは、黒の覇王だった。本来迫害されているはずのダークエルフに対し直々に声がかかったのは、《疫魔の獣 イルルガングエ》に関してのことなのだろう。
 都合の良いときだけダークエルフを利用しようとする黒の覇王に腹が立たないでもなかったが、状況が状況である。ベルスネは《盗賊王 ギルスティン》に声をかけて同行を頼み、王都にやってきた。
 しかし時既に遅く、王都はイルルガングエの襲撃を受けたあとだった。
 《廃都の生き残り》を撃退しながら進んだ先に、倒れ伏す黒の覇王と、《黒騎将 ウーディス》の姿があったというわけだ。

 黒の覇王の背中からは巨大な剣が突き出ており、顔色はどす黒く、口からは舌が飛び出している。《黒騎将 ウーディス》の手によって殺害されたことは明らかだ。
「フィルメリア姫は何処に居る!?」
 と、もう一度《黒騎将 ウーディス》が叫ぶと、ここまで案内してくれた少女が怯えたようにベルスネの脚にしがみついた。
「おい」と《盗賊王 ギルスティン》がベルスネに囁きかけてくる。「フィルメリアってのは、誰だよ」
 ベルスネは答えなかった。答えても無駄だからだ。交魂能力を持たない彼には。

「おまえ……、おまえ、ダークエルフだな!」視線は見えなかったが、《黒騎将 ウーディス》の視線がベルスネに向いたのがわかった。「フィーは何処だ!? フィルメリア姫は何処だ!? おまえは知っているだろう、教えろ!」
「あなたのフィーはこの次元にはいない」
 ベルスネがそう答えると、「嘘を吐くな!」という叫びとともに《黒騎将 ウーディス》が跳びかかってくる。

 ベルスネは足にしがみついていた少女の首根っこを掴むと、《盗賊王 ギルスティン》に向けて放り投げる。それから自分も飛び退りながら剣を抜いたが、行動がやや遅かった。《黒騎将 ウーディス》の伸ばした手が首筋に触れた。
 触れただけだ。だがベルスネには、そこから呪力が体内に侵攻してきたのが察知できた。《疫魔の眷属》と同じ呪力が。

「触れた! 触れたな!」けたけたと《黒騎将 ウーディス》が狂ったように笑い出す。「おまえはこれで《疫魔の眷属》になる! すぐに別の物になる! それが厭なら、教えろ! フィルメリア姫は何処に居る!?」
「何になるって?」
 《傭兵女帝 ベルスネ》は心の臓から外側へと向かって、《女帝の呪雷》を撃ち放った。アロンドから習ったばかりの、疫魔を払う力。

 いや、正確にはその知識を彼から受け取ったのは、このベルスネではない。別次元のベルスネだ。だが《傭兵女帝 ベルスネ》は、確かに彼から知識を受け取ったのだ。

 プレインズウォークではない。己が身体ごと次元を超えられるわけではない。
 だが知識と想いを他の次元と共有することができる。
 それが交魂能力。《傭兵女帝 ベルスネ》の力。

「おまえの呪力はもう効かない。おまえ自身が教えてくれたから」
 同じように、目の前の《黒騎将 ウーディス》はウーディスではなく、しかしウーディスなのは同じだ。彼のためにも、ベルスネは彼を滅さなくてはならない。
 《傭兵女帝 ベルスネ》は上段に構えた剣を振るった。《女帝の呪雷》が疫魔の呪力ごと《黒騎将 ウーディス》の身体を薙ぐ。

 《黒騎将 ウーディス》の身体が焼き切れる直前で、しかし彼の姿は掻き消えた。
(次元転移か………)
 もとは時空魔術師だ。それくらいのことはやってのけるだろう。とはいえ、負傷はさせた。回復には時間がかかるはずだ。ベルスネは息を吐いてから剣を鞘に納め、《盗賊王 ギルスティン》に向き直った。
「おまえ、あんなことできたのか……」
 と彼が嘆息するように言ったので、「ついさっきできるようになった」と正直に答えてやる。
「さっきって、なんだよ」
「さっきはさっきだ。言ってもわからん」

 受け答えをしながら、《盗賊王 ギルスティン》の頭から爪先まで《傭兵女帝 ベルスネ》は眺めた。さすが盗賊王と呼ばれるだけはある。呪力に対する抵抗が強い。問題無さそうだ。
 一方こちらはどうだろう、とベルスネがギルスティンに放り投げた少女に目をやると、彼女は目を輝かせていた。
「おねえちゃん、凄いね!」
「うむ。凄いぞ」
「綺麗なだけじゃなくて、強いんだね!」
「うむ。美人で強いぞ」
 《傭兵女帝 ベルスネ》は少女の身体を抱きかかえ、己の視線の高さまで持ち上げた。そして自分の額と、少女の額をくっつけ、彼女の内部に根付いた呪疫を焼く。アロンドから受け取った呪雷で。

 少女の身体には2種類の呪力が影響していた。これでとりあえず、片方の呪疫は焼けた。
 そして幸い、もうひとつの呪力も治してやれそうだ。アロンドから受け継いだ知識で。

 一瞬のことで、何をやっているかわからなかったからだろう、少女が不思議そうな顔をしていたが、やがてぼろぼろと大粒の涙を流して泣き始めたので慌ててしまう。
「ご、ごめん。痛かった?」
「え?」と少女は不思議そうな表情のまま、己が頬に手をやる。そうして初めて、涙に気づいたようだった。「あれ……、変なの。なんか、急に、よくわからないけど、涙が………」

 ベルスネは、涙の理由に気づいた。
 凝縮した呪雷に籠められていたのは、世界を救わんとした悲しみと、永年の魂の孤独。それが彼女の病を取り除くために、身体中を駆け巡ったのだ。

 《傭兵女帝 ベルスネ》は少女の額を撫で、髪についた灰を払った。灰を除けてみれば、彼女の髪はダークマテルのように艶やかな鴉色だった。

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