小説ラストクロニクル/『東京ローズ』/時代2/Turn6 《アリオンの騎士》


3-001C《アリオンの騎士》
一本の剣は折れても、ふたつの誇りで守られた魂は決して折れぬ。

Turn 6

 携帯しやすいように細く、軽くした剣だった。
 それでも騎士の剣として作られた剣だった。
 でなくても、それは騎士の一撃だった。

 だが、その騎士剣の一撃は、小剣ほども長く伸びた爪を擁する指の股で受け止められた。
「ドゥースどのは流石ですなぁ。ヒトの身で、成る程剣技の達人だ」
 ケルゲン城の細長い回廊に、わざと出しているのかと勘繰りたくなるような甲高い男の声が響く。
 《百の剣士長 ドゥース》がかつて切り落とした右腕に生える禍々しい義手も、何らかの機能があるのか単なる洒落なのか判然としない赤い髭も、いやに長く赤い舌も、何もかもがかつてドゥースがこの男を殺したときとは違って見えたが、間違いなく《狂魔技官 ギジェイ》であった。

 だが、ドゥースの剣を止めたのはこの男ではない。
 女。
「ですがこちらも、わたくしの自信作なのですよ。《クロノフォースメイデン》と申します」
 否。女の形をした機械。
 《クロノフォースメイデン》と呼ばれた機械は、あまりに白い顔色と異形の爪、そしてどこまでも空虚な表情さえ違えば、生きた人間にしか見えなかった。
「どうでしょう? 芸術的な造形でしょう?
 女で鋳型を取り、それを元にして作ったのですよ。ドゥースどのにも気に入っていただければ幸いです」

 ドゥースは答えない。これから殺す相手に、答える必要などないからだ。

 《百の剣士長 ドゥース》は聖王国グランドールの騎士である。
 だが元より騎士になりたかったわけではなかった。貧乏貴族の家に生まれたドゥースは、父親の情けない姿や母親の苦労は知っていた。こうはなりたくはないと思い、旅に出た。

 世界中を放浪していたドゥースが最終的に故郷のグランドールで大人しく騎士となったのは、たったひとつの単純な理由からだった。女だ。
 そしてその理由が失われた今でも、ドゥースは《百の剣士長 ドゥース》であり続けている。

「バストリア……」
 魔王国バストリア。《百の剣士長 ドゥース》にとって、その国はけして憎らしいものではない。ああ、かつて世界中を放浪したのだ。バストリアに逗留していたことだってある。リャブー族の村で子どもと遊んだこともあるし、ダークエルフの棲むベルシ森に入り、貴重な男ということで歓待されて鼻を伸ばしたこともあるのだ。
 だがドゥースは、バストリアが気に入らない。黒の覇王が。

 黒の覇王は、恐ろしい男だ。ドゥースはそれを知っている。精霊神の加護の無いバストリアが、他の四か国と渡り合えているのは、ひとえに黒の覇王の手腕に過ぎない。彼を中心にアトランティカが纏まれば、災害獣の撃退など簡単なことだろう。
 諸国を放浪中、ドゥースはバストリアに骨を埋めようと思ったことさえあった。彼なら、誰よりも立派な王になり、誰よりも素晴らしくアトランティカを治めてくれると思ったから。彼に仕えることこそ、騎士の誉だと思ったから。

 だが、彼は《狂魔技官 ギジェイ》を抱え込んだ。虐殺を繰り返しながらも、有用だからという理由で。
 ドゥースが黒の覇王を気に入らないと考えるただ一つの理由は、《狂魔技官 ギジェイ》の存在だ。彼を己が部下に置く限り、ドゥースは黒の覇王を、バストリアを、バストリアに関わるあらゆる物を、許せない。
 だからドゥースは、《百の剣士長 ドゥース》であり続けている。

「いやぁ、しかし実戦をさせてみると良いデータ収集になりますなぁ」拍手をしながら、《狂魔技官 ギジェイ》は笑った。「これもあなたがわたくしの《クロノフォースメイデン》と渡り合えているおかげです。
 これ一体作るのに、幾らかかっているか知っていますか? 国家予算級ですよ。そんな兵器と渡り合えるだなんんて、いやぁ、素晴らしい。よっ、国家予算級の男!」

 まぁそれも、相手が一体ならの話ですが。
 《狂魔技官 ギジェイ》がそう言い添えるとともに窓を破って出現した2体目の《クロノフォースメイデン》を、《百の剣士長 ドゥース》は見ていなかった。
 では戦闘中の1体目の《クロノフォースメイデン》を見ていたかといえば、そんなこともなかった。
 彼が見ていたのは、《狂魔技官 ギジェイ》だった。ギジェイの身体。ギジェイの首。剣を振るう軌道。その首を落とすための軌道。

 目の前と背後の《クロノフォースメイデン》が両の鉤爪を振るおうとしているということは、見ずともわかる。その爪が不可避であることも。
 であれば、避ける努力をしなくて良いだけ、気分は楽なものだった。
 《百の剣士長 ドゥース》は踏み込んだ。眼前の《クロノフォースメイデン》の突き出した腕の内側に入れば、既に道は開ている。切り伏せる必要はない。肘で殆ど突き飛ばすようにして、もう一歩。二歩、三歩。
 勢いそのままに、剣を薙ぐ。殆ど玩具のように、《狂魔技官 ギジェイ》の首は飛んだ。ああ、想定通りだ。ああ、型稽古のようなものだった。いくら2体になろうとも、《クロノフォースメイデン》の技量が《百の剣士長 ドゥース》と同じならば、その動きも予想できるのだ。ただ避けるのが難しいというだけで。
 このあとどうなるかはわかっていた。背後から迫る、2体の《クロノフォースメイデン》の刃がドゥースの首を落とすだろう。

 それで構わなかった。《狂魔技官 ギジェイ》を殺せれば、それで良かったのだ。
 思えば、過大評価され過ぎた。この任務についたのだって、そうだ。《聖女教皇 ファムナス》に見込まれるような手柄を立てたわけではないし、剣技の腕前も大したものではない。部下のほうが強いくらいなのだ。
 だから、きっと大丈夫だ。自分がいなくとも、グランドールという国は大丈夫だ。

「ドゥース、あなたにここで死なれてしまっては困るんだ」
 刃はいつまで経っても《百の剣士長 ドゥース》の身体を貫かず、代わりに声が投げかけられた。
 宿に置いてきたはずの《聖王子 アルシフォン》と《聖護の花》のレイラニが、《クロノフォースメイデン》の刃を受け止めていた。


 続いていた剣戟の音が止み、夜明け前らしく静かになったことで、シャルルフィアンは部屋の外に出るべきか迷った。
 ケルゲン城で、明らかなる事件が起きていることは間違いない。

(逃げられる……?)
 シャルは迷った。
 城の構造は概ね把握しているし、杖があれば手を引く者がおらずとも歩くことはできる。手枷や足枷があるわけでもない。
 だが、シャルの首には首輪が嵌められている。

 盲目のシャルには見えなかったが、その首輪には爆弾が取り付けられているらしい。どうすれば爆発するのか、どうすれば解除できるのか、そんなことは《狂魔技官 ギジェイ》は言わなかった。だが城から逃げようとすれば、爆発することは間違いない。
 ギジェイが死んだのならば、希望はあるかもしれない。彼にしか、爆発させる方法は知らない可能性がある。逆に、彼が死んだ瞬間に自動的に爆発するようになっている、という可能性も無いではないが、その場合のことは考えても仕方がない。

 ギジェイが死ねば、逃げられる。
 その希望は、つまりは絶望を意味していた。
 なぜなら、あの《狂魔技官 ギジェイ》が、死ぬはずが無いのだから。


「まさか助っ人がいらっしゃるとは思いませんでした」

 その声は、膝立ちになった首なしの《狂魔技官 ギジェイ》の腹から聞こえてきた。
「いやぁ、驚いた驚いた。おふたりともお綺麗な方で、良い素材になりそうでわたくしは嬉しいです」

 首無しのギジェイが言い切る前に、《百の剣士長 ドゥース》はその身体に向けて切りかかった。だがアルシフォンやレイラニと戦っていた《クロノフォースメイデン》が殆ど身を投げ出すようにして立ち塞がり、ドゥースの剣を防いだ。
「あなたとの戦いは勉強になりますが、とても疲れますね。今日のところはここまでです。それでは、また会いましょう」
 そう言うなり、《狂魔技官 ギジェイ》はまるでブリッジでもするように背中を折って両手を地面につけ、しゃかしゃかと遁走を始めた。

 ドゥースはすぐさま追った。追おうとした。
「待っ……」
 待て、と言い切る前に、ドゥースは言葉を止めざるを得なかった。何かにぶつかったからだ。

(壁……!?)
 その壁は、触れることができるのに、目には映らなかった。
 まるで白魔術。
 まるでグランドールの《ラーンの護り》のようなその壁は、突如として《狂魔技官 ギジェイ》を追いかけるドゥースの道を塞ぐかのように出現したのだった。


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