小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代3/Turn9《オルバランの軍議》


11-046R《オルバランの軍議》
「古の森の賢人いわく、知恵は力なりと。ならば、力はそのまま知恵でもあろうが。」
~オルバランの闘将 粉砕のアグム~



 馬鹿なことをした。
「厭になるな、まったく」
 ただ屋根が拵えているだけのがらんとした駅馬車停留所でひとり呟いて、〈ワイルド・ビル〉は煙草を吐き出した。いや、ただの呟きではなかった。傍らには長い銀髪の吸血鬼の子どもが座り込んでいたから、見ようによっては話しかけているようにも見えなくもない。とはいえあちらが言葉を発してくれるとは思えない。明らかに、怯えている。手足が拘束されているわけではないが、逃げ出す様子はない。特段手荒に扱ったり脅したつもりはないのだが、逃げれば即座に撃たれるということくらいは理解してくれているらしい。ありがたいことだ。
「ベルは来るかね。〈山賊女王〉だ。良家のお嬢さんだってのに、おまえより幼い頃から南軍とともに働いてたってんだから、あれの考え方はよくわからん。大人しく姫さんを連れてきそうな気もするし、真っ向から戦いを挑んできそうな気もする」

 元はといえば、悪いのはビルだ。まったくもって馬鹿な話だ。〈ヤンガース・ベンド〉でビルは逃げ出した。顔面を叩き割られ、腕を落とされ、銃を紛失し、そうしてこのレリーという子どもを人質に取って逃げた。
 ま、その場の判断としては悪くない。あのままぐずぐずしていたら、細切れに粉砕されて獣の餌にでもされていたかもしれない。そうなったら、いかに〈死に札(デッドマンズ・ハンド)〉とはいえ、生き返られなかったかもしれないのだから。
 だが、わざわざ交渉の宣言などしたのは馬鹿な行いだった。ただ人質を取り、腕が治って武器を調達できたところでまた襲い掛かれば良かったのだ――そうしなかったのは、あの男が恐ろしかったからだ。スウォードとか呼ばれていたか。オルバランの家臣である、《赤陽の大闘士 スウォード》だろう。

 死なない相手は恐ろしいな、と〈ワイルド・ビル〉は思った。なるほど、確かに恐ろしいな、と。くっくと喉を鳴らして笑ったせいか、レリーが怯えたような表情でビルを見上げた。
 ビルは調達した二挺の切詰散弾銃(ソウドオフ・ショットガン)を一度足元に向け、それから右肩に担ぎ直す。急調達の武器にしては悪くない。腕も――だがあのスウォードという男とまた相対したら、勝てる気がしない。こんなことを考えていること自体、笑えてしまう。また相対したら? あの男は死んだ。死んだはずで――だがビルはその死んだ男に怯えているわけだ。おれが。不死身のおれが。やはり笑える。あいつはゾンビか。いや、ゾンビは死んでいるが動くわけで、あいつは死んでもはや動かないはずなのに、脅かしてくる。ゾンビ以上だ。

 ビルは立ち上がった。

 一頭曳きの幌馬車が駅馬車の停留所に接近してきた。御者はおらず、馬はほとんど暴走状態にある。
「来たか」
〈ワイルド・ビル〉は散弾銃を手に立ち上がった。いまさら後悔しても仕方がないことだ。なるようにしかならない。
 無造作に構えた一射は一粒弾(スラグショット)で、馬の眉間を撃ち貫いた。馬は嘶いて足を縺れさせて転び、幌馬車は勢いのままに馬の胴体に乗り上げ、ほとんど直立する形で落ちた。
 しばし待つ。幌馬車に動きはなく、馬はしばらくびくびくと痙攣していたが、こちらも動かなくなった。風が吹いて砂埃を巻き上げる以外には、静寂だけが残った。

 静寂を切り裂いたのは軽い銃声。幌を突き破って伸びてきた金色の銃口が、ほとんど一発にしか聞こえない六連射を撃ち放った。幌越しで、おそらく相手には影しか見えていないであろうはずなのに、頭、胸、両手足に一発ずつ。
(〈山賊女王〉――やっぱり、姫さんを大人しく渡したりはしねぇか)
 最低二回は死んだな、と思いながら手に力を籠める。.45口径だ。衝撃はあるが、覚悟をしていれば銃を落とすほどではない。もう一丁の散弾銃――九粒弾を銃口の先に撃ち放つ。
(当たらねぇか)
 こちらは散弾銃なので無作法に撃っても多生が当たるかと思ったが、少なくとも幌に返り血はない。奇襲とはいえ、相手は全弾命中させているのだから、情けなくなる。

 両手の散弾銃の弾倉の中身はそれぞれ一発ずつ。幌馬車の中の〈山賊女王〉がどちらへ逃げたのかわからないうちは、弾倉を空にはできない。
「〈ワイルド・ビル〉!」
 縦になった幌馬車から飛び出した上方からの声に反応して、ビルは咄嗟に九粒弾の詰まった散弾銃を天に向けて撃ち放った。
 が、撃ってから気付いた。〈山賊女王〉の声にしては、声はあまりにも高く、可愛らしすぎると。

 高音が鳴り響く。銃弾はどうやら何か――盾だろうか――に弾かれたらしかったが、それを確認している余裕はなかった。天に向けた腕が突如として締め付けられた。馬車の切り裂かれた幌から飛び出した〈山賊女王〉の手には太縄が握られ、その先はビルの右腕に巻き付いていた。この女、投げ縄術まで心得ていたか。
「お嬢ちゃん、あとよろしく!」
「言われずとも――!」
 幌馬車の上から落ちてきた《黄金の宿命 アルマイル》が叫ぶのが聞こえた。魂石化、と。彼女が握るのは黄金銃。明らかなる危険なのは理解できたが、腕を拘束され、逃げられなかった。

 アルマイルの黄金銃が光り輝く。おかげでアルマイルの顔がよく見えた。輝きが収まる頃には、その顔が希望から絶望に変わっていた。
「さぁ、お互い役無し(ブタ)だ、〈山賊女王〉、お姫さん。次のゲームに行こうか」
〈ワイルド・ビル〉は両の手を広げて言った。いや、片手はない。残った一粒弾で、ビルは己の腕を吹き飛ばしていたからだ。縄の拘束から逃れ、死んだ馬の身体に隠れた――どうやら魂石化だという力は消滅能力のようなものらしい。馬の死体は消え、黄金だったはずのアルマイルの銃は夕陽と同じ色の塊と化していた。

「いや、あんたのそれは〈死に札(デッドマンズ・ハンド)〉だ」
〈ワイルド・ビル〉は見た。幌の隙間越しに、まるで猫のような金色の瞳が輝くのを
 幌馬車の中から機関砲(ガトリングガン)の巨大な銃身が伸びてきた刹那、ビルは切詰散弾銃を向けて構え、引き金を引いた。弾は出ない。当たり前だ。馬に一発、腕に一発。二連装なのでもう空だ。そして片腕では、素早い弾薬交換はできない。
 輝く銃口が〈ワイルド・ビル〉の身体が粉々に引き裂いた。





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