展覧会のページで書いてはいるが、念のためもう一度。
この展覧会で取り上げる作品というのは面白い、楽しい、好きだという作品である。嫌いな作品だったらわざわざエネルギーを費やして文章を興す気は起きない。好きな作品だから宣伝したいのだ。前置きはこれくらいにして。

■サイレント・アイズ
 
ディーン・クーンツ/講談社/田中一江

パスタはふたつに折ろうとすると、たいていみっつに折れてしまうという現象をご存じだろうか?
試しにやってみるとわかりやすい。一本のパスタ(もちろん茹でる前のやつだ)の両端を掴み、ふたつに折ろうとしてみてほしい。たぶんみっつに割れる。
なぜみっつにパスタが割れるのか、これは長年解明されない物理学的な謎だった。

量子力学の雄、リチャード・ファインマンはこの「パスタがみっつに折れる現象」(ちゃんとした名前もあった気がしたが忘れた)を解明するために心血を注いだ人間のひとりだ。彼はパスタを折りまくった。

物理学というのは学問はこの世の現象がどのように起きているのかを解明する(つまり真実を解き明かす)学問だと誤解されがちだが、実際はそうではない。物理というものはあくまで観測が本分であり、観測に観測を続けて推測を立て、仮説を、法則を、理論を作り上げる。もっともそれらしいものこそが採用される。

もちろんそれは古典物理学だけに留まる話ではない。量子力学でも同じだ。黒体放射のスペクトルを観測したり、電子銃で実験を行った結果、現在の量子力学は築かれている。

量子力学の説明をしようとすると、不思議だという話になることが多い。たとえばシュレディンガーの猫というのは好例で、しかし実際これは「こんなことありえるわけがねぇ」ということを言うために作られた話なのだから当然だ。表現するものと現象そのもは違う。
量子力学における量子性は観測によって確かめることができない。
しかしそれは物理ならば当たり前のことだ。物理現象がどのような論理で起きているのかは物理学者は絶対に解き明かすことができない。数学や哲学ではないのだから、証明しようがないのだ。可能なのは推測するだけでしかない。

にも関わらずしばしば物語において、量子性が引き合いに出されるのは「不思議だ」と強調されている分野だからかもしれない。
「サイレント・アイズ」では量子性と関わるキャラクタが存在している。しかしわたしは正直この設定は蛇足だと思った。ぶっちゃけ、いらない。なんとなく冷める。どれくらい冷めるかというと、普通に作ったパスタを食べて「なんて美味しいんだ! ひゃっほぅ!」と叫ぶのを見ている感じに似ている。世界は不思議なものなのだ。わざわざ無理して量子力学を取り寄せて取り繕わなくとも、すぐそばに不思議はあるし、バーディやエンジェル、ヴァナディアムもいる。
そう、彼らはとても魅力的だ。

「M&Mはお菓子だよ
「そうよ、あなたは食べちゃいたいくありかわいいじゃない? それに、外側は真っ赤で、そのなかにはミルクチョコレートがはいってるんだもん」をういって、セレスティーナはエンジェルの日に焼けた鼻を軽くつまんだ。
「M&Mよりミスターグッドバーのがいいな」
「だったら黄色の服を着なきゃ」

しかし『サイレント・アイズ』でもっとも魅力的なのは彼らではない。彼らは明るいが、超常の力を備えた彼らはまさに超人だ。バーディはひたむきだし、エンジェルは可愛らしいが、それだけだ。『サイレント・アイズ』のもっとも象徴的で魅力的なキャラクタは最弱の化け物、ジュニア・ケインだろう。
クーンツの作品において、敵役が純粋な悪であることは珍しくはない。基本的に主人公たちは美麗で賢く、人に好まれる性質をしている。敵もやはり美形であることが多いがそうではないときもあり、しかし容姿よりも際立っているのが悪の面だ。

ジュニアの悪としての存在感は、これまでのクーンツ作品でも群を抜いている。

悪は基本的に強いものだ。
悪が弱かったら、正義は簡単に勝利できてしまう。正義と悪の戦いの構図にはならない。たとえば『雷鳴の館』の悪は圧倒的な恐怖と対処不可能な状況で主人公をスーザンを苦しめ、『ウォッチャーズ』の悪は強靭な能力と一途な信念でアインシュタインたちを追い詰める。悪が圧倒的な強者であるがゆえに、正義の立場にある主人公らが必死で頭を捻り、できる限りのことをして戦う様は見ていて面白い。

ジュニアはウェイトレスを押しのけて急いでブースのほうへ行き、その三人全員をしらべたが、むろん、どの客も死んだ刑事ではなかった――どころか、ジュニアが見たこともない顔ばかりだった。いったい、おれはなにをさがしていたんだ? 幽霊か? しかし、化けて出る最中に食堂でミートローフのランチとしゃれている執念深い幽霊はいなかった。

しかし怪物であるジュニアはか弱い存在だ。彼は人を殺すと激しい感動に身を突かれ、酷いショック状態に陥ってしまう。その激しい感情は身体を揺さぶり、吐血するほど内臓を痛めたり、容姿が変わるほど皮膚がかぶれたりしてしまう。
ジュニアは決して不死身の化け物ではないし、闇夜を失踪するモンスターでもない。だが彼は怪物だ。怪物であるがゆえに、人を殺すのに理由はいらない。それが恐怖の源であり、バーソロミューたちと戦う。しかし彼は超人ではないがゆえに、力が今一歩足りない。殺すことに何ら抵抗がないにも関わらず、彼は時に弱者の立場に回る。

バーディがささやく。「良き冒険者北極会を開会します」
「メンバーはそろってるわ」
「これは秘密なんだけど」
「当会のメンバーは秘密厳守よ」アグネスは保障した。
「ぼく、こわい」

弱いがゆえにジュニアは恐ろしい。弱い人間というのは、すなわちこれまでの主人公たちのことだ。バーソロミューの名に追い立てられ、安寧を探すジュニアはさながら主人公のようだ。そう、残忍な性格さえ除けば、ジュニアは主人公になれたかもしれない。
一方で今回の主人公たち、バーディ、エンジェル、ヴァナディアムらの能力は圧倒的だ。彼らは超人であり、その力を駆使してジュニアを追い詰める。強者対弱者というのはクーンツ作品において珍しくない構図なのだが、『サイレント・アイズ』その構図の中で悪と正義が入れ替わっているのだ。
ゆえに絶対的な悪であり、負けなくてはならないジュニアが何を仕出かすのか予想がつかない。これまでの主人公たちのように、決して諦めず、知能を絞り、恐ろしきバーソロミューに一矢報いる可能性があるのではないかと思えてしまう。

(引用は「サイレント・アイズ」(Dクーンツ/講談社))

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