「動いたら撃つ」背後の声が言った。「動くな。怪しげな動作は一切するな。攻撃の意思ありと感じた時点で撃つ」


 声の主は女のようだった。頭に押し付けられている銃口の大きさ自体はわからないが、押し付けられている銃が安定していることはわかる。そんなに口径の大きな、重い銃ではない。女の細腕で扱える程度の軽い銃だ。強力なものではないだろう。恐らく撃たれてもLynnのスーツは貫通できない。


 問題は目前にいる少年の存在だった。Lynnを狙った弾丸がLynnにダメージを与えられずとも、狙いが逸れて子供に当たるかも知れない。一発目は確実にLynnに当たるので問題はなかろうが、二発目以降が撃たれると不味い。一瞬で反撃して、相手の戦闘能力を奪う必要がある。できるだろうか。

 逡巡しつつも自分の武装を確認する。両手にナイフが一本ずつ握られている。背後の人物の頭の位置に検討をつけて叩き込めば良い。一秒の五分の一もかからない。後は相手の隙をつくだけだ。Lynnは呼吸を整える。

Bryan、大丈夫?」
 背後の声が聞こえた瞬間に、Lynnは頭を固定したままで右手を振った
 相手のおおよその位置に向かってナイフを振って、振ってから今発せられた言葉の内容に気付く。気付くが、止まらない。

 ナイフは振り切られた。

「Rita!」
 少年が叫んだ。
 Lynnのナイフは空を切っていた。その理由は振り返ってみて気付いた。Lynnの背後に立っていた人物は想像していたよりも小柄だった。しかもその人物はLynnの知っている人物だった。赤い肌に金髪、それに緑色の瞳という珍しい容姿。Jamesの娘、Rita。彼女はナイフを避けようとしたのか、ガラス玉のような目を見開いて拳銃を構えたまま地面に腰をつけていた。

 武装解除をさせるためにRitaに声をかけようとしたとき、目の前の銃が爆発して弾丸が発射された。弾はLynnの額に当たった。
 もちろん10mm口径の拳銃弾はLynnに傷を負わせることはなかったが、Lynnは驚いて一瞬硬直した。
 彼女はLynnの姿を知っているはずではないだろうか。会話を交わしたわけではないが、スーツを纏ったLynnがSuper Mutant Behemothと戦う姿を見ているはずである。なのに、なぜ撃った。
 彼が考えている間にRitaは動いていた。彼女はVaultのジャンプスーツを改造したようなジーンズパンツを履いた赤い肌の足をLynnの腹に叩き込んだ。痛みも衝撃もなかったが、Lynnは混乱した。

「Bryan!」手を地面について立ち上がりながら、Ritaが叫ぶ。「さっさと逃げろ!」

(そうか……、襲われたと思っているんだ)
 当たらなかったとはいえ、彼女を狙ってナイフを振ってしまった。あるいは少年をLynnが襲おうとしたと思ったのかもしれない。どちらにせよ、それは誤解だ。まずは話を聞いてもらわなくては。

 Lynnはナイフを仕舞ってRitaの両手首を掴む。
「待ってくれ」とLynnは言った。「おれは敵じゃない」
「どの口でそんなこをと言うんだ」Ritaは振り切って数歩退き、10mmピストルを構える。「攻撃してきたのはあんたが先だ」
「あれは危険だと思ったからで………」
「だからっていって、ナイフで切りつけてくるやつがいるか。こっちは警告で済ませたのに。仮面を被って……、Ridarか、あんたは」
 だがその後は撃ってきただろう、という台詞を堪えてLynnは両手を挙げた。「こっちもいろいろ考えることがあったんだ。悪気はなかった。きみを殺そうとしたわけじゃない。攻撃する気はない」
「攻撃の意思がないのなら、まずそのスーツを脱げ。着脱は一瞬でできるんだろう」とRitaは銃口をLynnの頭から逸らさずに言う。Brotherhood of Steelの兵士に聞いたのか、Lynnの装備についてある程度知っているらしい。

 Lynnはスーツを脱ぐために気分を落ち着けようとしてみる。しかし身体に変化はない。

「脱げない」
「なんでだよ」
「たぶんきみが狙っているからだろう。先に銃口を下ろしてくれ」
「なんでだよ」
緊張していると脱げないんだと思う」
「乙女みたいなことを言うな」
「こうして睨みあっていても仕方がないだろう。どうせその程度の銃はおれには効かないんだから、さっさと銃口を下ろしてくれ」
「なんであんたが優位にいるような言い方になっているんだよ」
「そんなことはどうでも良いだろう。事実なんだから」
「気に食わない」
「状況を認識しろと言っているんだ、こっちは」

 なぜこんな言い争いをしているのか、とLynnは今の状況を馬鹿馬鹿しく感じ始めていた。このままでは状況がさっぱり進展しないが、進展させようにもLynnは実際スーツを脱ぐことができないでいるのだ。おそらく現在の状況が危険なものであると心の奥底で認識しているためだろうと思う。

 後方から叫び声が聞こえた。

「Bryan……!」Ritaが声の聞こえたほうに視線をやる。
 Lynnは反転して叫び声のほうへと向かった。建物の角を曲がったところだ。
 そこにいたのはBryanとRitaに呼ばれていた少年と、犬ほどもある巨大な赤い蟻の姿だった。
 あまりの異形の姿に、Lynnは判断に迷ったが、蟻が少年を襲おうとしていることはわかった。Bryan少年の前に立ち塞がり、蟻を蹴りつけようとする。

 視界が真っ赤に染まった。



 血ではない。そもそも蟻の血はこんなに赤くはないだろう。全身に熱さを感じる。Lynnの身体は炎に包まれていた。信じられないことに、目の前の蟻が口から炎を吐いたのだ。
 Lynnは熱を感じながらも足を振り抜いた。蟻は吹っ飛んだが、地面に落ちた後もまだ動いていてLynnに向かって口を開いた。また炎を吐きかけてくる。

 そう身を強張らさせたが、目の前で蟻の頭が銃弾によって吹き飛ばされる。蟻を打ち抜いたのはRitaだった。


「Bryan……、大丈夫?」Ritaが駆け寄ってきてBryan少年を引き寄せる。「こっち来なさい」
「ぼくは、大丈夫」とBryanが怯えた表情で言った。「Ritaは?」
「わたしも大丈夫」RitaはLynnに視線をやってきた。Lynnの身体についた炎は既に消えていた。「あと、あっちもな」


 Lynnは身体を叩き、無事であることを確認する。スーツが元の服へと戻っていった。今まで変身が解除できないでいたのは、Ritaの銃が向けられていたためではなく、あの蟻の存在のせいかもしれない。
「あれは……、なんだ?」Lynnは2人に尋ねる。
 Ritaは無言で首を振る。
「あいつらは………」とBryanが言った。「あいつらは、急にやってきたんだ。急にやってきて、Grayditchを滅ぼしたんだ」



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