13日目

財布はずっしりと重く、気分が良い。
シャリズを出て以来の行商は大成功だった。立ち寄ったナッラやアーメラッドの街では用心棒賞金稼ぎ紛いのこともやり、さらなる収入となった。

身体はくたくただが、それでも懐具合が豊かだと心も落ち着く。賞金首を退治して、アーメラッドのギルドマスターから賞金を受け取った後、セドは隊の中で特に気心の知れたカトリンとレザリットとともに酒場で呑んでいた。

「気分良さそうね」とけっこうな量の酒を飲みつつも、ほとんど態度の変わらないカトリンが言う。
「それはもちろんです」酩酊状態のセドは、あまり制御のできなくなった声で応じる。「お金も十分ですし、馬の手入れもしてやれますし、お酒も飲めますし、幸せです」
ちなみにレザリットは酒に弱いのか、テーブルに突っ伏して寝ていた。カトリンに潰されたというのが正しいかもしれない。

「それで、これからどうするの?」
「そうですね、トゥルガへワインを届けて欲しいって依頼がありますから、とりあえずそれを………」
「そういう目前のことじゃなくって、だよ。何を目指しているのかってこと。隊商をして食っていけることは身をもって証明したでしょう? こうやって隊商をしてカルラディア中を練り歩くって選択肢もあるし、ひとところに身を落ち着けて商売するって選択肢もある。用心棒や賞金首になることもできるし、傭兵っていう選択肢もあるかもしれない。そう、それに、どこかで良い旦那さまを見つけて、結婚するっていう選択肢もあるね。せっかく若いんだから、選ばなきゃ。すぐにおばちゃんになっちゃうんだから

カトリンの言葉は冗談めかしたものだったが、しかし表情は真剣だった。彼女には、こうすれば良かった、ああしておけば、という葛藤があるのかもしれない。
しかしセドは、元はただの猟師だ。今こうやって馬に乗って行商をできるようになっただけで、大躍進といえる。これ以上の理想は思いつかない。

自分の思ったことを言おうと口を開きかけたセドは、頭を仰け反らせて頭部に向かって振り下ろされた物体を避けた。
避けてから、その物体が両刃の剣であるということに気付き、攻撃に気付かなければ、今頃、頭と首がさようならしていただろう。頭は丈夫なほうだから、意外と大丈夫かもしれないが、それでも痛いのは確かだろう。

セドに攻撃を仕掛けてきたのは薄汚れた金髪の中年男だった。明らかに素面ではないのがわかる顔色だ。
何かセドに恨みがある人物、たとえばシャリズの警備隊長だとか、かと思ったが、見知らぬ人物だった。
「な、なんですか………?」セドは立ち上がり、警戒しつつ問うた。
「うるせぇ」
男はそれだけ言って、切りかかってくる。セドは素手だった。

「セド!」
カトリンが放り投げてきたのはセドの短バルディッシュだった。
柄で刃を受け止めたセドは、頭が回らなかった。たぶん酒のせいだ。いきなり切りかかられたからかもしれない。手もちょっと震えているし、足もふらついている。いちばん簡単な反撃しかできなかった。
バルディッシュの一撃を受け、男は血を噴いて倒れた。

役人に突き出されるかと思ったが、そうはならなかった。襲い掛かってきた男が重傷だったものの死んでいなかったためか、あるいはもともと嫌われ者だったのか。酒場の店主の態度を見る限りでは、後者のような気がした。礼まで言われてしまったくらいだ。

騒動が終わって宿へ戻るとき、カトリンがじっとレザリットを背負うセドのことを見ていたのに気付いた。
「なんですか?」
「あなた、本当にただの漁師だったの?」
「そうですけど……、どうしてですか?」
戦い慣れてるから」
「それは女の一人旅だった時期もありますし……、あとは隊商にいた時期はいろいろ戦い方とか教わってましたから」
武器の扱いや馬の乗り方を教えてくれたのは、主に隊商長だった。とはいえ彼は女が戦うのが気に食わなかったのか、教えてくれる機会はあまり多くはなかったが。
「隊商団の名前は?」
「名前……? さぁ」
とんと聞いたことがない。そもそも隊商に名前などあるのだろうか。

翌日から、セドたちはトゥルガへ向かった。


騎馬の大群を見ると、久しぶりに心が沸き立つ。対決しているその軍団の一方が、たとえ賊だとしても。
カトリンらの隊商隊は、カーギット・ハン国の軍馬賊団の戦闘に巻き込まれた。

戦いを余儀なくされたわけだが、その中でもセドの戦果は群を抜いていた。普通の革と毛の衣服と槍、それに斧だけで、カーギット国の重騎兵を越える戦果を挙げてしまった。

戦闘後、先ほど軍を率いていたカーギット国のトンジュ卿なる人物が野営地を訪ねてやってきた。彼もセドの戦いを見ていたらしい。
「救援に感謝する。お名前は?」
彼女の生まれ故郷とは遠く離れているものの、相手は貴族だ。セドは緊張して声も出ないようだった。
代わりにカトリンが答えてやる。「セドナ・オーディンです」
「ノルドの方かな。高名な武家のお嬢さまとお見受けするが」

カーギット国の武官にそう言わせるほど、セドの馬術と武術に対する練達ぶりは凄まじかった。
彼女は戦いの才がある。カトリンにもそれはわかっていた。
しかし彼女は正直に答えることにした。「ノルドの寒村の猟師だそうです」
貴族ではなく、下賎な農民であることを知り、トンジュ卿はそれきり去っていってしまった。

「あぁあ………」セドは悲しそうな声をあげる。「貴族って言っておけば、軍に入れたかもしれないのに」
それはないだろう。彼女の日頃の態度からみれば、彼女が貴族ではないことは子どもでもわかる。
それに彼女の力があれば、すぐにでも軍に入ることはできるだろう。問題はどこの軍に属するか、だ。
「軍に入りたいと思ったの?」とカトリンは尋ねた。
「そういうわけじゃないですけど……、ああいうのもかっこいいかな、と思って」
「なりたいと思っていれば、すぐになれると思うよ」

カトリンの言葉は嘘ではなかった。彼女には力がある。
嘘ではなかったからこそ、その直後、トゥルガの街で彼女が盗賊に襲われて怪我をさせられたと聞いたとき、耳を疑った。


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