Azaleaは一度深呼吸をしてから、血力を解放して”Blood Buff”を使い、ピッキングツールを鍵穴へと向ける。

Discipline: Blood Buff (Dexiterity, Stamina, Strength→Min. 5)

 血力で高めた集中力は、繊細な鍵穴も容易に抉じ開ける。Azaleaはそっと扉を開け、血液銀行の内部に忍び込む。
(絶対、あいつは何か隠してる)
 脅しても賺しても効果はなかったが、血液銀行の受付の男の態度は明らかに不自然だった。だからAzaleaは、不法侵入を決意したのである。強行突破よりはいくらかマシだろう、と己に言い聞かせつつ。

 人の気配は殆どない。血力をさらに解放し、Auspexで壁越しに人がいないことを確かめつつ進んだ先の部屋に、コンピュータがあった。

Discipline: Auspex (Wits+1)

 Auspexで強化された知覚で、Azaleaはハッキングを試みる。なんとか成功し、セキュリティの解除に漕ぎ着けた。


 コンピュータに収められていた記録はふたつ。ひとつは冷凍庫の管理関係で、冷凍庫の温度状態が表示された。
(ひとつだけ温度が高い冷凍庫がある……)
 ほかは-10度以下なのに、ひとつだけ-2度で、冷凍庫としては異常に高い気がする。何かあるのだろうか。
 もうひとつはパスコードで、1969と表示されていたが、何処のパスワードなのかは不明である。

 冷凍庫に気になるところがあった。Azaleaは、兎も角と冷凍庫に向かってみる。温度がひとつだけ低かった冷凍庫に行って探索してみると、壁にパネル型の入力装置があった。そこに先ほど見つけたパスワードを入力してみると、壁が扉のように開いた。隠し扉だ。


 恐る恐るその先に進んだAzaleaが目にしたのは、信じられない光景だった。

 歯医者のような、いいや、それを何倍か禍々しくしたような機械の椅子に、女が縛り付けられていた。女は身動ぎひとつしないが、その姿に見覚えがあった。


「Lily? Lilyでしょ?」
 幾分頬がこけ、顔色が悪いが、E.の探しているLilyで間違いない。
 Azaleaの声に反応し、Lilyがゆっくりと瞼を開ける。そして死人のような声を発する。
「お願い、この拘束を外して……。死にそうなの」

 Azaleaは言うとおりに解放してやろうとして、ふと立ち止まった。
 Lilyが死にそうになっているのは、血を飲んでいないからだろう。渇いているのだ。Azaleaも同じような状態に陥ったときがある。そのときは、目の前にいた人間を衝動的に襲ってしまった。
「ねぇ、外して………」
 そんなふうにLilyは囁くが、いま拘束を外してしまったら目の前のAzaleaを襲うのではなかろうか。そんな恐怖に囚われた。


「外せ!」
 その言葉は一種の血力だったのだろう。気付いたときには既にAzaleaの手は動いていた。


 Azaleaが拘束を外した瞬間、Lilyは跳びかかってきた。
 予想通りのことではあったが、おそらくAzaleaが人間だったら、避けられなかっただろう。いや、吸血鬼の知覚をもってしても、AuspexとBlood Buffがなければ知覚することすら叶わなかったかもしれない。
 だがAzaleaはかわした。兎に角、避けられた。だが次は危うい。

 いまのLilyはBlood StrikeやPurge程度では怯みそうにない。もしそのまま相対していたら、たぶんAzaleaはLilyに完全に倒されていただろう。そして干からびるまで血を吸われていただろう。
 だがそこに入ってきた者がいた。吸血鬼ではない。人間だ。Auspexで強化された知覚で、それが判る。おそらくは、物音がしたので不審に思って確認しに来たのだろう。

 入ってきた人物目掛けて、Lilyが跳びかかったのは、こちらのほうが仕留めやすいと踏んだのかもしれない。


 一方で、入ってきた男はといえば、まさか中でこんな戦闘行為が行われているとは思っていなかったのだろう。無防備というしかなかった。受付の男ではなかったが、院内着を着ていたので、この血液銀行の職員なのだろう。
 一撃で押し倒された男は、Lilyに首に噛み付かれた。一瞬、短い叫び声が聞こえたが、抵抗はそれだけだった。
 しばらくの間、聞こえてくるのはLilyが喉を血で潤す音だけだった。
 
「殺しちゃった……。わたし、殺しちゃった………!」
 やがて喉を満たしたLilyは血を吸った男から離れ、泣き出した。血を吸われ尽くした男は、木乃伊のように干からびている。


「わ、わたし、盗みに入ったの……。ここで血液を売ってるって知ってたから……。でも捕まって……」
「あなた、Lilyでしょう?」とAzaleaはLilyの言葉を遮って言った。
「あなたは………?」
わたしはAzalea。E.に頼まれて、あなたを探してたの。あなたと同じようなものだから」
「E.に頼まれて………?」
 LilyはAzaleaの言葉の後半を殆ど聞かずに、E.について問うた。Azaleaには彼女の気持ちが痛いほど理解できたので、頷いてやった。
「うん。あなたに会いたがってる。あなたがしたことは気にしてないって。ただ、酷いこと言ってしまったから、謝りたいって」
「わたし………」Lilyは涙ぐむ。「わたしは彼を吸血鬼にしちゃった………。ふつうよりは力が弱いけど、それでも、人間じゃない」
それがThin Bloodだね」
「うん……。それもE.に聞いたのね。わたし、Rolfに捨てられて……。彼は酷いひとだった。でも、わたしもE.に同じことをした……。だから、もうE.には会えない」

 そう、もう会えない。
 だからAzaleaはArthurに別れを告げてきた。
「そんなことないよ」
 だがAzaleaの口から出てきたのは、己の行為を否定する言葉であった。
「言ったでしょ。E.はあなたに謝りたいって思ってるの。会いたいって。だから、行ってあげて」

 Lilyはしばらく迷っていたが、Azaleaに後押しされて、決心を固めたらしい。E.に会いに行くと言って血液銀行を出て行く。
 安堵の息をひとつ吐いてから、彼女を追いかけようとしたAzaleaだったが、後ろから呼び止められたのでぎくりと身体を硬直させた。
「おい、あんた面倒臭いことやってくれたなぁ……。貴重な献体が逃げちまった」
 と言ったのは、受付をしていた茶髪の男だった。
「おまけにひとり殺してくれちゃって。まったくよぉ、ふざけんなよな。あんたにはもう血は売ってやらねぇぜ」
「あんたから血を買う気はない」
 とAzaleaは血の昂りを隠さずに言った。血力を解放し、殆ど心をねじ伏せるつもりで威圧する。


 だが受付の男は、風に吹かれた程度の表情しかしなかった。
「後悔しても知らねぇぞ。あんたらは所詮、化け物なんだからな」
 と彼はAzaleaに背を向けた。その背中はあまりにも無防備で、Azaleaが本気になれば血液の弾丸で幾らでも撃ち抜けるはずだった。

 だがAzaleaは動けなかった。彼から感じたのは、人間という存在の恐ろしさだった。

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