アメリカか死か/13/05 Trouble on the Homefront -5

「終わったよ。全部、終わった。Allen Mackは死んだし、閉じ込められていたBrotch教官も助けた」
「Overseerを、また殺したのね………」
 震える声で言ったAmataに、Ritaはただ軽く両手を広げて見せた。


「殺したのは……」
 おれだ、とLynnが言い切る前に、Ritaは足を踏んづけてやった。彼は殆ど跳び上がらんほどに痛みを表現して、おかげで言葉が止まった。

 RitaとLynnのやり取りを、驚いた様子で見つめていたAmataだったが、やがて己を取り戻して、「みんなに、わたしにOverseerをやれって言われた」
「良いんじゃないの?」とRitaは肩を竦めた。「あんたがOverseerになっても、わたしは殺しはしないよ。
 ただ、一応言っておく。あんたはVaultを開きたいみたいだけど、外の世界はそんなに良いもんじゃない。論理的には、Alan Mackのほうが正しかった」


「それは……、わかってる。最初はできるだけ限られたところだけ動くようにするし、外との取引は最小限に留める。このVaultを守りたいから」
「あ、そう」
 Ritaは軽く頷いて、踵を返す。

「Rita、あなたは悪くない」と、背中越しにAmataの声が聞こえた。「あなたがやらなければ、わたしたちの誰かがやってた」
 Ritaはその言葉に返答しなかった。ただ前を向いたまま、手を軽く挙げた。
「じゃあな」

 Vaultの通路を歩けば、誰もがRitaのことを避けた。Overseer殺し。混乱の主導者。Ritaに残された称号は、それだけだった。


「Rita」とあとからLynnが追ってきた。「あの………」
 何か話したそうだったから止まってやったが、Lynnは黙ったままだった。仕方がなく、訊いてやる。「なんだよ」
「いや、その、ごめん。おれのせいで……」
 どうやら、Allen Mackを殺したことについて詫びているらしい。
 だが彼は殺さなければ止まらなかっただろう。それだけ、Ritaのことを憎んでいた。Vaultを脱出したときもそうだった。それに、Vaultのいざこざは改革派と保守派のリーダーどちらかを殺すまでは終わらなかっただろう。
「べつに」
 Ritaはそっぽを向いて、Vaultの外へ出るための歩みを再開した。


 Ritaもひとり殺した。Officer Wilkinsだ。あのあと、また彼が襲ってきたから。
 仕方が無かった、というほどでもなかった。努力をすれば、殺さずにはいられただろう。だから、Lynnのことは攻められない。
 何よりRitaは、助けてもらえたのが嬉しかった。
 絶望的な状況だった。あの一瞬、何もかもを諦めかけた。だが彼が飛び込んできて、助けてくれた。それが、本当に嬉しかったのだ。

「おまえ、まだついてくんの?」
 と問えば、「駄目なの?」という言葉が返ってくる。
「なんでおまえ、わたしの行くところについてくるんだ? べつに理由は無いだろ」
「だって………」
 どうせ、Ritaが世話になったJamesの娘だから、と言うのだろう。
「友だちだろう?」
 Lynnが言ったのは、それだけだった。それだけというのが、嬉しかった。


 Vault 101に住まう人々から話を聞いて、LynnはRitaが自分を嫌う理由がわかったような気がした。
 RitaはVaultを脱出する際、Overseerを殺していた。その人物は、親友であるAmataという女性の父親でもあった。
 Ritaは、Amataを助けようとしたと言ったのだという。RitaがVaultを脱出した日、その日はVault中が大きな混乱に包まれていて、多くの死傷者が出た。彼女も命の危険に曝され、だからそう思うのも無理も無かった。
 だがAmataはそれを理解してやれなかった。彼女を責めた。そしてそのまま、RitaはVaultを出て行った。

 RitaのことをLynnに話してくれたのは、Amataだ。Ritaに謝ってほしい、とまでは言われなかったから、Ritaには何も言わなかったが。
 Ritaは、Marigold駅で己が価値観を以てLeskoを殺したLynnに、Vault 101でOverseerを殺した己と重ね合わせていたのだろう。だからLynnに怒りを覚え、Lynnを嫌うのだろう。


 いまもRitaは口をへの字に曲げ、むっつりとした表情で歩いている。やはり、怒っているらしい。余計なことを言ったかも。
「結局、収穫は無かったな」
 と不意にRitaが言ったので、Lynnは咄嗟に反応ができなかった。
 彼女が言いたいのは、G.E.C.K.があるかもしれない、ほかのVaultの情報のことだろう。Overseer用のコンピュータにデータがあるかもしれないと考えていたのだが、残念ながらVaultの情報は発見できなかった。代わりの情報は手に入ったが。


「ああ、えっと、おれのほうで当てがあるんだけど」
「あんたのいたVaultか?」
「いや、そっちの場所はわからないけど……、BOSでちょっとした情報を貰ったんだ。行ってみる価値はあると思う」
 通路を抜ければ、鋼鉄製の扉が多くなる。もうすぐ、Vaultの出口だ。出れば、もうこのVaultに戻ってくることはないだろう。RitaはVault 101では疎まれ過ぎた。


 コントロールパネルを操作してVaultの入り口を開いていると、背後から駆けてくる者がいた。
「Rita、行くのか」
 Officer Gomezだった。彼ひとり、見送りに来てくれたようだ。
「Officer Gomez……、ありがとう。もう行くよ」
「Rita……、Rita。すまない」Gomezは視線を下げて、頭を振った。「あのときも、今回も、わたしは何もできなかった」
「そんなことない。Gomezがいてくれて良かった」
 それと、とRitaは言って、ホロテープをGomezに向けて投げた。
「これは?」とホロテープを受け取ったGomezが問う。
「Overseerのコンピュータから回収した記録。Vault-Tecの通信設備を使って、Vault 101に通信を取ろうとしてきた集団がいる。Enclaveっての」
「Enclave?」
「父さんを殺したやつら」
「きみたちが戦おうとしている敵か」
「うん……、今後Vaultを開放してWastelandに出るんだったら……、やつらには気をつけて。Vaultの位置は悟られないように」
 わかった、とGomezは頷いた。「最後まで、すまない。いや、ありがとう。Lynn……、Ritaのことを、どうかよろしく頼む」
「ありがとうございました。Officer Gomes」
 一礼して、LynnはVaultの扉を潜る。あとは洞窟が続くだけ。その先には光が漏れる木製の扉があるだけだ。

 外の光へ向かって、歩いてゆく。背後では、ゆっくりと、ゆっくりと、Vaultの扉が閉まりつつあった。


「待て! おれも一緒に行く!」
 背後で声がした。振り返れば、Officer Gomezを押しのけて、蛇模様のジャケットを着た若い男が立っていた。Butchという、Ritaの友人だ。
「Amataの下で細々とやってくなんて、真っ平御免だ! G.O.A.T.で美容師に適性があるなんてのは知ったことじゃねぇ!」
「Butch」とRitaが静かな声で言った。「外は危ないよ。出歩くにしても、Vaultのみんなと一緒に出たほうがいい」
「おれはもう、Vaultなんてのには縛られねぇ! おれはTunnel Snakeだ!」
 RitaとButchとの間で、やはりVaultの扉は閉まり続けていた。

 Amataという女性によれば、彼女は改革を進め、Wastelandと交流を行うつもりらしい。だから一度この扉が閉まっても、また機会があれば開くかもしれない。開かないかもしれない。
 何よりこの扉は、Wastelandに飛び出すための、心の扉だった。


「Butch、誰も止めやしないさ。勝手にしな」
 Ritaは彼に背を向けて、木製の扉を開く。洞窟が太陽の光に包まれた。
「ギャングになるんだ! タフで、クールで、Wastelandいちワルのギャングだ! 理容師もやってやる!」
 Butchの言葉が洞窟の中で反響した。
 やがてVaultの扉が完全に閉じられ、蓋がされた。静かになった。

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